先日、演劇界に対する、とある投稿が話題になった。「どんなに面白くても1万円超えたら、平均的な収入の若い人はおいそれと見に来れない」。この投稿にあるように、いま演劇のチケットが高騰している。今年上演された、あるミュージカルでは、最も高いチケットが1万8500円と、3年前から4000円値上がった。いまや1席1万円超えは当たり前だ。

【映像】演劇界のお金事情(キャパ200人の場合)

 演劇界のチケット高騰には、物価の高騰(劇場費、美術費、衣装代など)と、劇団の崩壊(出演者のギャラ、スタッフの人件費など)の2つの要因があるというが…。劇団自体も人手不足になる中、演劇界はどこへ向かうのか。『ABEMA Prime』では、当事者やファンと考えた。

■生で演劇を見る楽しさもファン「最近の値上げはすごく影響がある」

 演劇ファン歴20年、年間100本公演を鑑賞する江原薫さんは、演劇は「出かける前の服選びから、終演後に友達と感想を言い合うところまで楽しい」と語る。しかしながら昨今の値上げで、「『なんとなく面白そうだから見よう』と感じた作品より、どうしても見たい作品を優先するようになった」と、お金の使途は変化した。

 新規開拓が減った背景に、「最近の値上げはすごく影響がある」という。「1万円を超えるなら、好きな作品の再演や、ダブル・トリプルキャスト版を見たくなる。年齢的にも既存のものを好むようになったのかなと思いつつ、ふと見に行った作品を好きになる気持ちは忘れないようにしたい」。

 値上げについては、「いまS席は1万7500円。土日祝日はダイナミックプライスで1万8000円になる。急に跳ね上がった」と嘆く。最近はネット配信も普及してきたが、やはり劇場でリアルに見るのとは異なるようだ。「生で見ていない作品を配信で見ると、ある意味新鮮で楽しめる。ただ、実際に足を運んだ作品を見ると、映像とのギャップを感じてしまう」と、配信の物足りなさを指摘する。

■初心者にはハードルが高すぎ!マニアが決めた“観劇ルール”

 “演劇離れ”につながる要因として、観劇ルールの複雑さも考えられる。基本編としては、「公演前にお手洗いなどは済ませておく」「劇場内で飲食をしない」「スマホは電源を切るか機内モードなど指示に従う」「公演中は私語厳禁」「途中入場・途中退場は控える」「上演前のアナウンスや前説で言われる注意事項をきちんと聞く」といったものがあり、これらは演劇に親しみがなくても、ごく自然な決まりに思えるだろう。

 しかし演劇マニアが指摘する「応用編」になると、「姿勢は前のめりにならない(男性はかがみ気味で座る)」「帽子は必ず脱ぐ」「香水などは控えたほうがよい」「髪飾りはキラキラしないものを」「頭の高い位置で髪を束ねない」「パネル上げるのは厳禁」などが加わる。

 これらのルールについて江原さんは、「なんでこのルールなのかと感じる部分はある」と正直に話す。「SNSにいる演劇好きの“お歴々”に、宝塚を初観劇する人が『何か準備した方がいいか』と聞いたら、5分以内に100個ぐらい『やっちゃダメ』が返ってくる」と、観劇に行く前に気持ちが萎えると心配した。

 こうしたエピソードのもとで、「ファンの意識をパラダイムシフトする必要がある。ルールではなく、どれだけ楽しいかを伝えることで、もっと気軽に見に来られるようにしないといけない」と提案する。

 演劇業界に20年携わる、演出家の吉野翼(たすく)氏は「『劇団の崩壊』と言うより『劇団性の崩壊』」と評する。「1960年代に始まった小劇場界は、ビジネスケースとして成立していないところから始まっている。お金に関係なく訴えることが主軸にあった」。自らも劇団時代は「バイトして、劇団にプールしたお金を劇場費に充てる」生活だったという。

 その上で、「最近は“劇団性”と“集団性”を保つのが難しい」と指摘する。「役者もスタッフも外注になり、『好きだからやりたい』ではなく、金銭を払わなければならない状況だ。こうしてチケット代が上がる一方で、小劇場界では役者に適正な出演料が払われているか疑問もある」。

 エンタメ業界全体から見た、演劇の立ち位置についても「つまらなくなった」と語る。「技術力の低下と、(個人ではなく全体を好きになる)“箱推し”の劇団性がなくなり、目に見えないダイナミズムが失われた。投げっぱなしや、“解”を持たずに思いをぶちまける芝居や、作品より役者の顔で売る作品が増えている」と、その変化を説明した。

■演劇界に未来は?ひろゆき氏「マニア同士の文化がどんどん値段を高めている」

 作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、演劇界の現状を「映画界と似ている」と分析する。「俳優も脚本家も、ステップアップするキャリアパスがない。アメリカではオフ・ブロードウェイからブロードウェイへ上がる流れがある。しかし日本では、小劇団の人は小劇団で終わり、劇団四季に出るわけではない。絶望的に未来がないような状況が問題だ」。また「マイナー映画出身の人が、東宝で突然撮ることは珍しい」として、「せっかくいい役者や脚本家がいるのに、構造的な問題が横たわっている」との持論を語る。

 一方で、音楽業界では、“リアル”が評価されつつある。「配信によりCDが売れなくなった結果、ライブが盛り上がっている。物販でもうける仕組みができて、ライブに対する期待感が高まった。それをなぜ演劇が捉えていないのか」と疑問を投げかけた。

 ネット掲示板「2ちゃんねる」創設者のひろゆき氏は、「言いたいことを言う若者」は演劇ではなく、YouTubeへ移行していると指摘する。「コムドットやフィッシャーズ、東海オンエアのように、若くてエネルギーがあり、人前で何かしたい人が流れた」。

 成功をつかむまでの道筋も異なりそうだ。「ミュージシャンやゲーム実況者も、まず配信やYouTube動画から入り、ファンが増えたらリアルイベントへ行く。お笑い芸人も、配信で人気になって、吉本の舞台に立つような逆転現象が起きている。演劇もそれをやるべきではないか」。

 収益面においても、「演劇好きの中で回すのではなく、社会に対して『面白いイベントだから行ってみよう』という空気感を作ってはどうか」と提案した。「マニアが集まるほど、新人が入らなくなる。マニア同士の文化がどんどん値段を高めている。今のうちになんとかしないと、劇場文化はなくなってしまう」。
(『ABEMA Prime』より)