SNSで話題の「富江メイク」について伊藤潤二が思っていること

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2024年4月27日(土)〜9月1日(日)まで世田谷文学館で、2024年10月11日(金)〜12月22日(日)には市立伊丹ミュージアムで『伊藤潤二展 誘惑 JUNJI ITO EXHIBITION:ENCHANTMENT』が行われている。

伊藤潤二初の大規模個展ということで、幅広い年齢層からの注目が集まっている。展示の開催に合わせ、SNSでも人気の「富江メイク」への思いや発想の方法、使用している画材まで、たっぷりとお話を伺った。

取材・文/米澤和幸

──今回の展示は伊藤先生初の大規模個展とのことで、私が伺った日も大盛況でした。どのような反響が寄せられていますか?

ありがとうございます。SNSでも観に行ってくれた方の感想を目にしますが、「入場料の1000円は安い」と非常に満足されている投稿が多くて本当に感謝しています。

──伊藤潤二作品は世代も関係なく大人気です。その現象をどう受け止めていらっしゃいますか?

私はデビューした当時から絵柄が古いと言われていて、作者の私自身がみなさんの想像よりも若かったらしく、びっくりされることが多かったんです。

『富江』(1987年〜)が初めて実写化(1999年)されたときに鑑識の役でカメオ出演をさせていただいたのですが、後に映画関係の方が「伊藤はどこに出ているのか?」と探しておられたところ、雑貨屋のおじいさんがハタキをかけているシーンの老人役の方が私だと勘違いされたくらいでした(笑)。

こんな調子なので、もうこれ以上古くなりようがない。もしかしたら時代が巡って、今の若い世代の方々にも新しく受け入れられているのかなとも思います。なるべく末永く読んでもらいたいという、ある意味よこしまな考えがあって、自分の中ではクオリティを下げないように毎回それなりに頑張って描いてきました。

──SNS上の「富江メイク」(富江の顔に寄せたメイク)の投稿はご覧になっていますか?

TikTokでは、戸川純さんの音楽(『好き好き大好き』)に合わせた投稿がかなりありました。また(Netflixのアニメ『マニアック』の放送に合わせた)「なりきり富江選手権」のような企画もあり、動画を拝見しています。クオリティが高く、嬉しく思っています。

──富江の顔になるために大事なことは何ですか?

富江の場合、ややつり気味の目は結構ポイントで、目力は一番大事かもしれません。顔は目鼻の位置が少しずれただけでもバランスが崩れてしまうので、自分の感覚的な中で目や鼻の位置を決めていきます。

昔は下膨れの富江や、面長な富江もいて、時期によって微妙に変わっているんです。その時代時代で美しいと思われるように描いているとしか説明できないのですが…。

──キャラクターのポージングやファッションなどの発想等で心掛けていることはなんでしょうか。

漫画家になる前から、「ポーズ写真集」を元にデッサンの勉強をしていたので、ポージングなんかはそこから少なからず影響を受けていると思います。また、女性向けのファッション誌も資料としてよく観ていました。勿論まる写しはしませんが、モデルさんのポーズとか衣裳、エッセンスのようなものを参考にすることはありました。

また、富江のような女性の高飛車なタイプのキャラクターは昔から少女マンガやドラマでも描かれていましたから、その影響もあるかもしれませんね。

──ご家族はどのように伊藤さん作品を見ていらっしゃいますか?娘さんもいらっしゃるとお聞きしました。

私から自分の漫画を読ませたことはないのですが、小学生時代に勝手に本棚から出して読んだようで。そのときは「なんでこんな気持ち悪いもの描くの?」という反応でした。

最近は上の子が『富江』の反響を見て話題に出してきます。それ以上に会話は発展しないんですけれども(笑)。

──「デッサンした絵の表裏を都度確認」という作業は今もされていますか?

必ずやります。表面だけでは、表情の左右のズレや傾きに気づかない場合がありますから。私だけでなく、人物を描く方はみなさん感じると思いますが、口の端を少し上げるだけで表情が変わりますね。

──伊藤さんの展覧会での1枚『絶叫の夜』へのキャプションが「苦労したシーン。今だったらたぶん描けない」と書かれていましたが、どういった意味でしょうか?

単純に体力の問題です。当時の過酷な現場を回想するに、あそこまで描き込んだ絵はもう描けないのではないかと思います。線にしても当時の筆圧を感じますから、雑誌連載のペースの中で、ああいった質感の絵を描くのはなかなかしんどいものがありますね。

──どんな画材を使われていますか?

これまでいろいろな画材を試してきました。カラーインクやリキテックス アクリル絵の具、油もたまにごく一部ですけど使っています。一番多いのは、透明水彩絵具ですね。

描きやすいのはカラーインクで、顔などのグラデーションが最も出しやすいです。染料なので色の保存性があまり良くないと聞いてからはあまり使わなくなりました。でも、最近はあの描きやすさにつられてしまい、またカラーインクを使い始めています。実際、30数年前に描いたカラーインクの絵も未だにそんなに退色してないので大丈夫かもしれません。

──どのような作品からインスピレーションを受けていますか?

最近の作品はあまりフォローができていないのですが、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999年)や、白石晃士監督の『コワすぎ!』シリーズ(2007年)など。古いものだと、『エクソシスト』(1973年)は雰囲気があって観ていてゾクゾクします。そういったものに触発されて自分の作品に投影することはあります。

でも、ネタの発想はホラー映画だけではなく、いろんなところにヒントはあります。日常の中で思いついたおもしろいネタをメモして、後からホラー仕立てに膨らませるのです。

──長くキャリアを継続していく秘訣をお聞かせください。

私の場合、漫画を描くときには担当編集者にまず創作したネームを見せ、意見を伺いながら作り上げていくんです。自分のやり方に固執しないで、謙虚に他人のご意見を柔軟に取り入れるみたいなことは心がけてきました。独りよがりになることは避けたいと思っています。勿論、その上で自分なりのオリジナリティは殺さないようには気を付けながらですが。

あとは、無理なスケジュールを立てないことも非常に大事だと思います。

──漫画家人生でよかった出来事は何ですか?

楳図かずお先生や日野日出志先生、松任谷由実さんにお会いできたことでしょうか。他にもお会いした方はいっぱいいますけれど、その度に最高の機会だと感じています。直接お会いするのは勇気がいりますし、尊敬する方に失礼があったらどうしようと考えると非常に怖いのですが(笑)。

伊藤潤二展 誘惑

会場:市立伊丹ミュージアム

https://itami-im.jp/

会期:2024年10月11日(金)〜12月22日(日)

月曜休館(ただし10/14・11/4は開館、10/15・11/5は休館)

開館時間:10:00-18:00(入場およびミュージアムショップは17:30まで)

※土日祝・一部の平日は事前予約制

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