伊藤蘭さん(撮影・田浦ボン)

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【画像】誰もが知る名曲から意外な曲まで…「キャンディーズSpotify再生回数ランキング」 ほか

記録と記憶で読み解く 未来へつなぐ平成・昭和ポップス 伊藤蘭(全3回の第2回)

 この連載では、昭和から平成初期にかけて、たくさんの名曲を生み出したアーティストにインタビューを敢行。令和の今、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービス(サブスク)で注目されている人気曲をランキング化し、各曲にまつわるエピソードを深掘りすることで、より幅広いリスナーにアーティストの魅力を伝えていく。

 今回は、伊藤蘭へのインタビュー第2弾。前回に引き続き、昭和に大ヒットしたキャンディーズの作品に加え、令和のソロ名義での人気曲についても尋ねてみる。

伊藤蘭さん(撮影・田浦ボン)

「やさしい悪魔」の衣装はアン・ルイス作、メイン・パートは“オーディション制”

 キャンディーズのSpotify再生回数TOP5を見ると、「春一番」「年下の男の子」「微笑がえし」「暑中お見舞い申し上げます」「やさしい悪魔」と、今でも語り継がれている楽曲がズラリと並んでいる。そうした中で、第6位にブレイク前のデビュー曲「あなたに夢中」がランクインしているのは、大健闘と言えるだろう。

「『あなたに夢中』 は私のソロ・パートから始まるのですが、当時はとても緊張していて、その出だしの声が硬いなぁっていつも反省していました(苦笑)」

 改めて聴いてみると、確かに後期と比べてやや幼く聞こえるが、メインとサブのヴォーカルの掛け合いがあったり、随所にハーモニーが入ったりと、デビュー曲とは思えぬほどレベルが高い。

 ちなみに、第5位の「やさしい悪魔」、第9位の「アン・ドゥ・トロワ」、そしてキャンディーズのシングルB面の中では最上位(第22位)となっている「あなたのイエスタデイ」は、いずれもシンガー・ソングライターの吉田拓郎が作曲を手がけている。ソウルフルでセクシーな「やさしい悪魔」、ムーディーな「アン・ドゥ・トロワ」、そしてフォークソング風の「あなたのイエスタデイ」と、三者三様に魅力的だ。

「やさしい悪魔」は黒と赤を基調とした小悪魔っぽい大胆な衣装で、少し挑発的に“デビルサイン”をするなど斬新な振り付けもあり、それまでのキャンディーズにはあまりないイメージだったが…。

「『やさしい悪魔』の衣装は、同じ事務所だったアン・ルイスさんが“あたしが考えるよ〜”なんて言ってデザインしてくれたので、戸惑うことなく歌えました。私たちも若かったですからね(笑)。

『あなたのイエスタデイ』は、ミキさん(藤村美樹)がメイン・ヴォーカルで、本当にいい歌! メインパートの担当は、いつもディレクターが決めていたのですが、歌い手のイメージが事前にない時は一人ずつ歌って、オーディションのように試されていました。拓郎さんの曲はどれも素敵ですよね」

アルバム曲はカバー作品も上位に、人気番組で10年流れ続けた曲も

 続いて、アルバム曲について見てみると、Spotifyランキング最上位は第11位の「帰らざる日のために」。本作は、いずみたくシンガーズのオリジナル版が未配信のためキャンディーズ版が大人気ということもあるだろう。だが、3人が懸命に歌う姿には、青春歌謡ならではの哀愁が漂っていて、初期のキャンディーズによく合っている。

「これは、いずみたく先生の作品ですよね。デビューから間もない頃は、ステージでミュージカルを模したコーナーがあり、女の子3人の友情物語をベースとした脚本を、マネージャーが書いてくれていたんです。そのコーナーの最後にこの曲を歌っていた流れで、アルバム用にレコーディングもしたんだと思います。その時のお芝居は、当時のバラエティ番組によくあったコント仕立てではなく(笑)、デビューを目指していた女の子の挫折と友情を描いた、まじめな内容でしたね。

 当時、何作かカバーがあるのは、自分たちのオリジナル曲がまだ揃っていなかったこともあるでしょうね。郷ひろみさんの『愛への出発(スタート)』(Spotify第33位)や、南沙織さんの『傷つく世代』など、主に(所属レコード会社である)ソニーの、他のアーティストさんの楽曲を歌っていました」

 アルバム人気曲をさらに見ていくと、2番手の第15位に、事務所の先輩だったザ・ピーナッツのカバー「恋のバカンス」、そして3番手の第18位には、オリジナル曲「ラッキーチャンスを逃さないで」がランクインしている。

 本作は、“フィーリングカップル5vs5”という名物コーナーがあった素人参加型の恋愛バラエティー番組『プロポーズ大作戦』のオープニングテーマ曲。MBS系でスタートし、後にテレビ朝日系で放送された同番組では、’75年から’85年まで同じテーマ曲が使われていた。

「この曲は、’78年に私たちが解散してからも毎週、番組で流れていて、“こんなに長く可愛がってくださっているんだ”とありがたく思いました。作詞は竜真知子さん。当時、コンサートでもよく歌っていた私のソロ曲『くちづけのあと』(第29位)など、たくさん作っていただきましたね」

 続くアルバムオリジナル曲は、第21位の「悲しきためいき」。昨年の伊藤蘭のコンサートでも歌われていたが、メインとサブのパートが掛け合ったり、サビで美しいハモりが入ったりと、まさにキャンディーズを意識して作られたドラマティックなナンバーだ。

「これは、キャンディーズ時代から人気の曲で、当時からステージでもよく歌っていました。今も、とっても盛り上がるんですよ」

 他にも、全体の順位を見た中で気になる曲を尋ねると、

「シングルA面曲の中では『ハート泥棒』が第23位になっていますが、この曲は隠れたファンも多いんですよ。’21年に開催した日比谷野音のコンサートでも歌ったほどです。解散から40年以上経っているのに、こうしてアルバム曲も聴いていただけているのはとても嬉しいですね」

 そういえば、筆者個人は、キャンディーズの解散コンサート『ファイナルカーニバル』にて、スー(田中好子)がバイクのけたたましい騒音の中、黒いヘルメットを手に登場して歌う「午前零時の湘南道路」という楽曲に強烈な印象があった。キャンディーズ50周年記念のCD BOX『Candies The Platinum Collection〜50th Anniversary〜』で、伊藤蘭が“マイ・フェイバリット・コレクション”の1曲として本作を選曲していたので、参考までに尋ねてみると、

「確かに、『午前零時の湘南道路』はカッコいい曲ですよね! かつて、美樹克彦さんが、ヘルメットを回して歌う『赤いヘルメット』という曲があったのですが、それをスーさんがやりたいと言ったので、似た演出をファイナルコンサートでもやっていたんです」

 とのこと。こうしていろいろ尋ねてみると、キャンディーズはヒット曲以外にも興味をそそる楽曲が多いので、これを機にサブスクで一挙に聴くことをおすすめしたい。

46年ぶりの『紅白』は「たくさん練習した」、自身のソロ曲への思いも語る

 続いて、ここからは伊藤蘭名義でのソロ作品について触れていこう。伊藤蘭は、’19年にソロ歌手としてデビューし、’23年にはなんと46年ぶりにNHK紅白歌合戦への出場を果たし(‘77年のキャンディーズ以来)、ファンに囲まれて「年下の男の子」〜「ハートのエースが出てこない」〜「春一番」を3曲メドレーで披露した。ちなみに、この46年というのは、歌手として史上最長のブランクとなっている。

「『紅白』では、3曲の長さをコンパクトにしつつメドレーにする必要があり、練習をたくさんしました(笑)。緊張もしましたが、ファンのみなさんと一緒に歌う場を与えていただけたことがとっても心強く、また、全国のファンの方々に歌っている様子を届けられたのが嬉しかったです」

 それでは、伊藤蘭の人気曲を見てみよう(キャンディーズ時代のソロ作品は、ここでは対象外とした)。

 Spotifyでの再生回数第1位は、’20年の配信シングルで、翌’21年にアルバム『Beside you』に収録された「恋するリボルバー」で、Superflyのメンバーだった多保孝一が作曲・編曲を手がけている。サーフロックとJ-POPが融合したようなナンバーで、伊藤蘭がサスペンスタッチのアクション・ドラマに出演したようなカッコよさがある。

「この曲は、インストゥルメンタル・バンドのザ・ベンチャーズが大ブームだった頃を思い出しますよね。私のコンサートでも盛り上がるので、定番になってきています。選曲の際には、スタッフのみなさんも私も、“カッコいいからこれがいい!“と満場一致で、歌おうって決めました。これがダントツ人気なんですね」

 続く第2位は、’23年の3rdアルバム『LEVEL 9.9』に収録の「なみだは媚薬」。今や“おとな世代のポップス”の多くを手がけている松井五郎が作詞、80年代から女性アーティスト向けの軽快なメロディーが得意な山川恵津子が作曲・編曲を手がけたポップスで、楽観的でおしゃれな雰囲気は伊藤蘭そのもの、という気がする。松井五郎といえば、安全地帯や工藤静香など、湿り気のある夜を舞台とした作詞が得意だろうが、この作品にはそういった翳りが一切ないので、伊藤蘭へのあてがきは明白だろう。

「松井五郎さんとは、この曲の前にいろいろとお話をして。“歌詞の中に比喩を入れてほしい”とお願いしたら、自分でも大満足の曲を送っていただきました」

 伊藤蘭ほどの長いキャリアを経験すると、人生を振り返ったような大作も歌えるのでは、と尋ねてみると、

「そういった歌も素敵ですが、私にはいつまでもポップな楽曲が似合っているのかも、と思って歌っています」

 Spotify第3位は、3rdアルバム『LEVEL 9.9』に先行して配信された「Shibuya Sta. Drivin’ Night(シブヤ ステーション ドライヴィン ナイト)」。こちらは電子的に加工した歌声や打ち込み系の演奏音など、近未来の夜を想わせるポップスで、ワクワクさせられる。

「渋谷の街を具体的に歌うというのを、初めてやってみました。こういったサウンドも、声が加工されているのも楽しいですよ。自分の中の新たな扉が開いた感じがします」

 伊藤蘭部門のTOP3の3作は、いずれもエイジレスかつ、ジャンルレスで、キャンディーズの延長線上のような歌謡曲を予想していた人は、心地よく裏切られることだろう。取材中や周囲からの証言でも出てくるように、柔らかい雰囲気を自然に醸し出している伊藤蘭だからこそ、そういった楽曲が提供されるのだと感じる。また、伊藤自身も長いキャリアに依存せず、常に新たな楽曲に挑んでいるからでもあろう。こうした彼女の生き方は、私たちの社会生活においても大いに参考になりそうだ。

 最終回となる第3回では、4位以下の人気曲や初のCDシングル「風にのって〜Over the Moon」について尋ねてみたい。

《INFORMATION》
ニューシングル「風にのって〜Over the Moon」発売中
〈収録曲〉
1. 風にのって〜Over the Moon
2.大人は泣かない
3.風にのって〜Over the Moon (オリジナル・カラオケ)
4.大人は泣かない (オリジナル・カラオケ)

『伊藤 蘭 〜Over the Moon〜 コンサートツアー 2024-2025』開催中
指定席:税込9900円/U-18シート:税込5500円
〈今後の公演〉
2024年
・名古屋 9.23(月・振休)愛知県芸術劇場 大ホール
 17:00開場 / 18:00開演
・福岡 9.28(土)キャナルシティ劇場
 16:00開場 / 17:00開演
・熊本 9.29(日)熊本県立劇場 演劇ホール
 16:00開場 / 16:30開演
2025年
・京都 1.12(日)ロームシアター京都 メインホール
 16:00開場 / 17:00開演
・神戸 1.13(月・祝)神戸国際会館こくさいホール
 16:00開場 / 17:00開演
・東京 1.25(土)東京ガーデンシアター(有明)
 16:00開場 / 17:00開演

(取材・文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

伊藤蘭(いとう・らん)
 東京都出身。1973年にキャンディーズのメンバーとしてシングル「あなたに夢中」で歌手デビュー。’78年にグループ解散後、休業を経て、’80年に女優活動を再開。以降、数多くの映画、ドラマ、舞台に出演し、’19年5月、ソロ歌手としてデビュー。これまで『My Bouquet』『Beside you』『LEVEL 9.9』と、3枚のアルバムをリリース。’24年8月には、シングル「風にのって〜Over the Moon」をリリース。また同月から翌年1月まで『伊藤 蘭 〜Over the Moon〜 コンサートツアー 2024-2025』を開催中。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部