大谷(左)はじめ、選手個々との会話を重視するロバーツ監督 photo by Jiji Press

今日のMLB監督に求められる資質とは?〜後編〜

大監督がすべてを決める時代は、すでに過去のこと。21世紀になるとメジャーリーグではサイバーメトリクス(データを元にした選手評価や戦術の選択)が広く浸透したことで、監督の役割も変わってきた。

ロサンゼルス・ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は、毎年優勝候補に挙げられる戦力を任されながら、世界一は1度のみだが、今の時代の指揮官像を最も体現している人物とも言える。日本のファンにも馴染み深いロバーツ監督は、どのようなことを心がけ、選手たちとの関係を築いているのか。

前編:監督独断で決める時代が終焉したMLBの変化〉〉〉

【左腕エースとの1対1の対話の意図】

 現在のメジャーリーグの監督には、どのような資質が求められているのか?

 それは、2年前までロサンゼルス・エンゼルスで指揮をとっていたジョー・マドン監督が指摘していたように、優れたコミュニケーション能力だ。監督はフロントと選手の間で橋渡しを行ない、意思の疎通を図ることで、風通しのよい組織を築かねばならない。

 フロントは膨大なデータを処理し、多くの決定を下している。その決定を選手に効果的に伝えるためには、優れた理解力と伝達力が求められる。加えて、選手たちは毎日の試合を通じて、メンタルやフィジカルの状態にさまざまな変化が生じる。監督は一人ひとりの選手の状態を正確に把握するために、日々の観察とコミュニケーションを怠ってはならない。そして、何かあればフロントに伝える。

 そのうえで試合前、試合後と一日に2度のメディアセッションがある。喋ってもいいこと、よくないことをきちんと区別し、記者からの厳しい質問にも巧みに対処し、ファンにチームの現状をうまく伝えないといけない。ロサンゼルス・ドジャースの編成本部長で、デーブ・ロバーツ監督の上司であるアンドリュー・フリードマンは、ロバーツの仕事ぶりを高く評価する。

「選手たちが成功できるよう、環境づくりがしっかり行なわれている。コミュニケーションスキルが一貫しており、チームは、普段はロッカールームでリラックスしつつも、試合になると高いエネルギーを発揮し、戦いに集中できている。勝利を引き寄せるチーム文化を育んでいる」と言う。大谷翔平のドジャース入団が決まった際、MLBで最も注目される選手であると同時に、日本のスーパースターとして大量の日本メディアにも対応する必要が生じ、ロバーツ監督はその対応も見事にこなした。

「(大谷に関する騒動を)気が散るものと考えるか、期待と注目をありがたいものとして受け取るかの違いだ」とし、前向きな姿勢を示した。その姿勢がベテラン選手を中心にチーム全体に浸透している。大谷は1年目からドジャースにスムーズに溶け込んでいけたが、それはロバーツ監督の存在が大きい。大谷はオールスターゲームの記者会見でロバーツ監督について問われ、「すばらしいと思います。選手個人、個人と会話の多い監督だし、僕自身も助けられている部分はたくさんあります」と感謝していた。

 そんなロバーツ監督にリーダーシップについて個人的に問うと、こう説明してくれた。

「リーダーシップと言うと、いかに大きな組織をうまく動かすことと考えるかもしれない。しかし重要なのは、実は個人と個人の関係で、それがリーダーシップの基盤だと、私は信じている。監督は選手が自信を持ってプレーできるよう、彼らを心地よい環境に置いてあげないといけない。どういう環境なら、彼らが力を発揮しやすいのか知っておきたい。だから1対1で話す機会をたくさん持つし大切にしている。そうすれば、より親密な関係にも発展していく。結果、チームをうまく率いられる」

 8月2日、遠征先のオークランドで、驚いたことがあった。

 2日前に7失点で負け投手になっていたベテラン左腕のクレイトン・カーショーはこの日、休み明けだったのだが、ロバーツ監督は試合開始の5時間前にダグアウトに出ていて、カーショーを待っていた。

「彼のルーティンはわかっていたからね。で、昨日の休みはどうしていたんだ? に始まり、自然に1対1の機会を作れた。監督室に呼んで話すのではなく、フィールドで、約1時間彼のワークアウトにつき添い、じっくり話せたし、すごくいい機会だったよ」

 カーショーは、最盛期はすぎているが、将来的に殿堂入りは間違いない大エース。フロントとしても扱いに気を遣うし、どこまで終盤の戦いで計算に入れていいのか判断が難しい。しかしこうしてロバーツ監督がふたりだけの時間を作り、カーショーが現状をどう感じているかなど本音を聞き出すことで、とてもよい判断材料になる。

【メディアを通して選手に語るということ】

 ロバーツ監督のメディア対応でいつも感心するのは、答えることが難しいはずの厳しい質問にも、熟練した政治家(SKILLED POLITICIAN)のように巧みに返答していることだ。

 たとえば大谷が序盤、とんでもないボール球に手を出し空振りをしていた時も、「ゾーンを見極め、振るべきボールを振っている。これを続ければいい結果につながる」と真顔で言う。ネガティブなことは言わない。

 それについて、ロバーツ監督に聞くとメディア対応の重要性を強調する。

「SKILL(メディア対応における技術)は重要だよ。というのは選手というのは今まで以上に、監督がメディアに話したことを聞いているし、読んでいるからね。だから注意しないといけないし、よく考えて喋らないといけない。実際のところ、私はメディアを相手にしていても、選手相手に喋る心構えになっている。メディアを通しても、私が選手のことを信じているし、信用しているとわかってもらいたいからだ」

 ロバーツ流のこのリーダーシップが、ドジャースの成功につながってきたと思う。選手は毎年入れ替わりが激しいし、シーズン中でもよく交代する。だからどんなチームでも浮き沈みがあるが、彼のドジャースは安定して強く、就任から9年目で8度目の地区優勝に近づいている。100勝以上のシーズンは5度。841勝502敗、勝率.626(現地時間9月15日現在、以下同)はメジャーリーグ歴代1位のジョー・マッカーシー監督(*)の.615を上回る。

*1919〜50年にMLB監督として活躍。ニューヨーク・ヤンキースでは7度のワールドシリーズ制覇を果たしている。

 今季も大谷入団から、水原一平スキャンダル、ムーキー・ベッツのポジション変更とケガ、投手陣の相次ぐケガと離脱などがあったが、88勝61敗とフィラデルフィア・フィリーズに次ぐメジャー2番目の好成績である。チームをまとめる能力について本人は「監督の仕事のなかで最も難しいのは、誰も見ていない部分。それを本当に誇りに思っています」と話している。

 とはいえ、もし今年もポストシーズンで勝ち進めず、地区シリーズで敗退するような事態になれば、契約があと1年残っていても解雇される可能性がある。ドジャースはオフに12億ドルの大型投資をし、それでも結果が変わらなければ、スケープゴートを求める声が上がるだろう。

 その際、選手がそのターゲットになることは考えにくく、フリードマン編成本部長も、大谷の契約で明らかになったように10年契約の大谷と一蓮托生で立場は保証されている。ロバーツ監督もそこは覚悟をしていて、春のキャンプでは「9年目にして最も厳しいシーズンになる。なぜなら、チャンピオンシップを獲得しなければ達成感が得られないから。私たちは必ず勝たなければならない」と語っている。

 メジャーの監督に求められる資質は変わった。ただ、結果がすべてなのは変わらないのである。