かつての携帯電話の売り場は折りたたみが主役だった。写真は2007年(撮影:尾形文繁)

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日本の携帯売り場もかつては「折りたたみ」が主役だった。写真は2007年の家電量販店(撮影:尾形文繁)

アメリカを中心に「ダムフォン」と呼ばれるシンプルな携帯電話が注目を集めている。そのトレンドが日本にも静かに上陸しつつある。

スマホの対極に位置するシンプルな携帯電話

ダムフォンは、通話中心のシンプルな携帯電話。常時インターネットにつながり、頻繁に来る通知のストレスから解放されたい若者や、スマートフォンの対極に位置するシンプルなケータイを求める人々の間で、ダムフォンが注目されている。

【写真】日本にも”上陸”。ダムフォンの特徴を備えた「Orbic JOURNEY Pro 4G」。小さなディスプレイや折りたたんだ状態に懐かしさを感じる人も?

米WIREDは、「r/Dumbphones」というサブレディット(ネット掲示板)が急成長していることを記事で取り上げた。r/Dumbphonesのモデレーターであるホセ・ブリオネス氏に取材し「2020年にはメンバー数が1万人未満だったこのサブレディットが、4年後に5万人以上に成長した」という証言を得ている。レディットはアメリカ発の大規模な掲示板サイトで、サブレディットはその中の特定テーマに特化したコミュニティを指す。この急成長は、ダムフォンに対して一定の注目が集まっていることを示唆している。

「ダムフォン(dumb phone)」という言葉は、「おばかケータイ」や「間抜けケータイ」といった、少し否定的なニュアンスが含まれている。「賢い(smart)」スマートフォンに対して、機能が限定的なシンプルなケータイ電話を、卑下するような呼び名だ。


シンプルな携帯電話に再び注目が集まっている。写真は日本に”上陸”したダムフォン(筆者撮影)

しかし、この言葉が持つ自虐的なニュアンスを逆手に取って、ユーザー自身が肯定的に使っているケースが多い。スマートフォンの過剰な機能に疲れ、シンプルさを求めるユーザーにとって「ダムフォン」という言葉が、ある種のアイデンティティになっているのかもしれない。

日本に上陸した「ダムフォン」

ダムフォンブームの流れに乗った製品が日本でも登場した。アメリカの通信事業者向けに低価格な端末を提供しているオルビックが、ダムフォンの特徴を備えた「Orbic JOURNEY Pro 4G」を発売したのだ。


Orbic JOURNEY Pro 4G(筆者撮影)

日本オルビックのダニー・アダモポウロス社長はこの製品の魅力をこのように語る。

「日々スマートフォンから入ってくる膨大な情報に食傷気味な方、SNSでの見ず知らずの相手からのちょっとした言葉に傷ついた方、それでも画面から目を離せなくなっている方というのは、私を含めてですが、相手の表情(かお)が見えないコミュニケーションにお疲れではないでしょうか。JOURNEY Pro 4Gはそんなユーザーに安心して手に取っていただける端末です」

「通話だけしたいお客様に、引き続き良質の通話と価格面でも差別化できる手軽さを届けたいと考えました。とはいえ、マップやウェブブラウザーは使えますし、十分な品質のカメラも備えています」


典型的な折りたたみケータイのスタイルだが、KaiOSという「スマートフィーチャーフォン向けOS」を搭載する(筆者撮影)

Orbic JOURNEY Pro 4Gはスマートフォンのように多機能であることを目指すのではなく、通話とショートメッセージに特化したシンプルケータイ。KaiOSという「スマートフィーチャーフォン」向けのOSを搭載し、スペックはスマートフォンの基準から見ると低めに設定されているが、KaiOSには十分となっている。CPUはQualcomm QM215(4コア、1.3GHz)、メモリは1GB、ストレージは8GBを搭載する。

日本のキャリアが販売する4G LTE携帯と比べると、外観はやや大ぶりだ。丸みを帯びた形状で手に馴染む。ポチポチと押すテンキーは、キーの間隔が広めに取られており押しやすい。日本向けにローカライズされていて、かな印字もあり、懐かしの「ケータイ打ち」で日本語を入力できる。


テンキーは大きくて押しやすい(筆者撮影)

通話とSMSを中心とした必要最小限の機能

Orbic JOURNEY Pro 4GはSIMフリー携帯なので、日本の4キャリアまたはMVNOの音声対応SIMを入れて通話に利用できる。4G LTEでVoLTE通話に対応するが、5Gデータ通信には非対応。試用した印象では、通話品質は必要十分だが、最近のスマートフォンのようなAIによるノイズ除去機能がないぶん、音声のクリアさは劣る。

メッセージアプリはSMSのみで、MMSには非対応。画像や動画は送れない。キャリアメールや+メッセージ、RCS規格のメッセージも利用できない。日本語の変換エンジンは高機能ではないが、基本的な単語の変換はできる。短文のSMSが主体なら十分だ。

ディスプレイは3.2インチのTFT液晶で、解像度は240×320ピクセルと前世代的。スマートフォン向けのWebサイトも表示できるが、文字が読みづらく感じる。


スマホ向けのWebサイトも閲覧できるが、表示域が狭い上、スクロールも遅いので快適とは言えない(筆者撮影)

KaiOSには基本的なツール群がそろっているが、LINEなど日本でよく使われているアプリは存在しない。ゲームは多いが、ガラケー時代を思わせるライトなものが中心だ。

500万画素の背面カメラの写りは端末の画面上では冴えないが、PCに転送すればそこそこきれいに撮れている。1850mAhのバッテリーは1日の使用には十分だが、スマートフォンほどの長期間待機はできない。

実用的な部分で強調したいのは、Googleアカウントとの同期が可能なことだ。連絡先を同期できるため、スマホと連絡先を共有できる。これは日本のキャリアが扱う4G LTE携帯ではできないことだ。

全体として、この製品は通話とSMSを中心とした必要最小限の機能を求めるユーザーに適しているといえる。1万9800円という販売価格からも、通話専用の2台目端末として、受け入れられる余地はありそうだ。


日本市場で14年前に販売されていたケータイ(右)と並べると、だいぶ大ぶりだ(筆者撮影)

日本ではデジタルデトックスのニーズは見えず

アメリカの若者の間で注目を集めるダムフォンに対し、日本での需要は別のところにありそうだ。IDC Japanのマーケットアナリスト、井辺将史氏は「基本的に日本ではこれまでもコンシューマー向けにシンプルなスマートフォン(ガラスマなども含む)の需要はありますが、そのほとんどは高齢者向けです」と指摘している。

井辺氏はまた「高齢者向けのマーケットが大きいので、デジタルデトックスの文脈で一定数の需要があっても、データ上は見えにくいです」とも述べている。つまり、日本でもデジタルデトックスを目的としたダムフォンの需要が存在する可能性はあるが、現時点では市場データからは明確に現れない状況だということだ。


アメリカのようなブームとなる兆候は今のところ見られないが、現代のデジタルライフスタイルを見つめ直したいユーザーが日本にも存在することは確かだ。Orbic JOURNEY Pro 4Gのような製品が投入されることで、潜在的なニーズを呼び起こす可能性もなきにしもあらずだ。ただし、その浸透は緩やかで、日本の携帯電話市場全体の動向を左右するものではないだろう。

むしろ、「ダムフォン」の存在意義は、スマートフォン中心の現代社会に対するささやかなアンチテーゼとして、私たちのデジタルライフスタイルを再考する1つの視点を提供することにあるのかもしれない。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)