不動産ファンド「ホテル取得」の投資戦略が鮮明に
本町ガーデンシティ(左)に入居する「セント レジス ホテル 大阪」は大阪でも屈指の高級ホテルだ(写真:セント レジス ホテル 大阪)
インバウンドの勢いが増している。8月21日に日本政府観光局が発表した統計では、7月の訪日客数は約329万人だった。単月の数は2カ月連続で過去最高を更新した。1月から7月までの累計では2000万人を突破、これまで最多だった2019年の3118万人を超える勢いだ。
東京や京都など観光地の宿泊価格は急上昇し、ホテル各社は我が世の春を謳歌している。こうした波に乗って、不動産投資ファンドもホテルへの投資を積極化させている。
その中で顕著になってきたのが投資戦略の変化だ。経営難などのホテルを安く仕入れて、短期で資産や土地などを売却するのではなく、改装や運営方法向上などによって付加価値を上げる「バリューアップ」を目的とした投資が増えている。
「本町ガーデンシティ」はREITから取得
今年4月、カナダ系不動産投資ファンドのベントール・グリーンオーク(BGO)は、大阪市中央区にある複合ビル「本町ガーデンシティ」のホテル部分を取得した。11月までにオフィスビル部分の取得も完了する。
本町ガーデンシティは27階建てで、11〜27階にマリオット系の超高級ホテル「セント レジス ホテル 大阪」が入居している。取得額は658億円。これもバリューアップを狙った案件の1つとなる。
BGOの本町ガーデンシティ取得を、立教大学の沢柳知彦特任教授は珍しい事例として注目する。というのも同ビルの前の所有者は、積水ハウス傘下にある積水ハウス・リート投資法人だったからだ。
「REIT(不動産投信)はファンドなどがバリューアップした資産の売却先となってきた。今回のようにファンドがREITから物件を取得するという逆の事例は珍しい」と沢柳氏は指摘する。
REITが保有するのは基本的にローリスク・ローリターンの安定資産。そのために割安で売り出されることはあまりない。割安案件を狙う投資とは一線を画す案件という点にも沢柳氏は着目している。
BGOは本町ガーデンシティを取得した狙いについて次のようにコメントする。「大阪はインバウンドが多く、成長性が見込みやすい市場であることに加え、セント レジスのような超高級ホテルが多くない。これまで改装投資などが抑え気味だったので、改修により客室単価の上昇が見込める」。
積水ハウス側も思惑が合致したのだろう。ローリスク・ローリターンの運用が基本のREITでは、積極的な改装によって客室単価の上昇を狙う「攻めの投資」は難しかった。積水ハウスの事業戦略も、オフィスビルやホテルの領域より、強みを持つ住居を強化するほうへ傾いている。
成長ストーリーが明確化
BGOは今後についても、「成長戦略が描けるラグジュアリーホテルの案件があれば取得していきたい」と積極的な姿勢だ。
2023年にBGOが「リーガロイヤルホテル(大阪)」を取得した際、売却したロイヤルホテルはリリース文を発表した。そこには、BGOが国内ホテル市場に3000億円超を投資する計画だと記されている。
リーガロイヤルホテルの客室やレストランなどの改装に、BGOは135億円を投じている。
大阪随一の名門ホテルとして知られる「リーガロイヤルホテル」は客室を大規模改装(写真:ベントール・グリーンオーク)
2025年にはインターコンチネンタルホテルズ(IHG)のソフトブランド「ヴィニェットコレクション」をリーガロイヤルホテルに導入する予定。同ブランドの会員からの予約が増えることで、富裕層インバウンドなどの集客が見込める。
BGOをはじめとした不動産投資ファンドがホテル投資に積極的になる背景にあるのは、ファンドや投資家たちが描いている「ジャパンホテルストーリー」が明確になったことがある。
きっかけはなんといってもインバウンドの増加だ。観光立国の政策や円安で訪日外国人の数は急増。コロナ禍も乗り越えられたホテルは業績も急回復している。「ドーミーイン」などを運営する共立メンテナンスは2023年度、過去最高の営業利益を記録した。
ホテルはインフレに強い資産ともいわれている。客室単価は毎日変動するため、物価が上昇すれば客室価格を上げればいい。不動産投資ファンドがほかに保有しているオフィスビルやマンションなどに比べると価格転嫁がしやすい。インフレ下では、ホテルへの投資は理にかなっている。
運営次第で資産価値は上げられる
「少子高齢化でGDPが伸びない日本で不動産を持っているだけでは、徐々に価値が下がってしまう。運営に長けていれば、資産価値を上げることができるため、7〜8年前からホテルなどホスピタリティ部門に注力してきた」
そう話すのは、スターアジアグループの共同創業者でマネージングパートナーを務める増山太郎氏だ。スターアジアはファンドでありながら、傘下には東証スタンダード市場上場で宿泊特化型ホテルの運営会社であるポラリス・ホールディングスを持つ。
スターアジアは直近だと今年5月に、宿泊特化型ホテルの「ホテルウィングインターナショナル」を運営するミナシアを買収した。売り上げ規模が拡大すれば客室清掃費用やアメニティの仕入れなどの価格を抑えることができ、より高い収益を生み出すことができる。
既存物件を買収し改修などで付加価値を高めて利益を得るというケースはさらに増えると予想される。というのは、ホテルは建築コストの上昇で新規出店が難しいからだ。ファンドによるホテル争奪戦は今後も繰り広げられることになるだろう。
(星出 遼平 : 東洋経済 記者)