上海のシャオミストアに展示されている「SU7」(筆者撮影)

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中国シャオミの電気自動車(筆者撮影)

EV(電気自動車)の商用化により自動車業界では新しいプレーヤーが存在感を高めている。今やテスラを知らない人はいないだろうし、中国のBYDは2023年に日本市場に参入した。その中国ではEVを含む新エネルギー自動車メーカーが100社以上ひしめき合っている。

1人乗りの格安小型車からスポーツカータイプまでさまざまなEVが登場する中、今年に入り大きな話題を集めているのが3月に発売されたシャオミの「SU7」だ。普段スマートフォンやネットワークを追いかけている筆者の視点から、SU7の可能性を探ってみた。

【写真】今年3月に発売されたシャオミの「SU7」の内外装。上海にあるシャオミストアは“自動車ディーラー”のような広い空間だ

シャオミのEVは「走るスマホ」

「シャオミ」の名前を聞いたことのある人も多いだろう。価格性能比に優れたスマートフォンを次々と送り出しており、グローバルでのシェアはアップル、サムスンに次ぐ堂々の3位。日本でもライカのカメラを搭載した超ハイエンドなスマートフォン「Xiaomi 14 Ultra」などを販売している。ちなみにXiaomi 14 Ultraの価格は19万9900円、もはや「中国製のスマホは安くて低性能」などという認識はまったく当てはまらない。

シャオミがスマートフォン市場に参入したのは2012年、今から12年前のことだ。その後はスマートフォンだけではなくスマート家電やスマートTV、さらに日用品にまで製品ラインナップを広げている。世界のTV市場を見るとシャオミはサムスン、ハイセンス、TCL、LGに次ぐ世界5位(シグマインテル調べ)。シャオミのTVはソニーよりも売れているのである。

つまり、シャオミはすでに「スマホメーカー」から脱却しており、総合的なスマートIT製品メーカーになっているのだ。

シャオミがEV市場への参入を発表したのは2021年で、それからわずか3年で市場に製品を送り出した。

EVは従来の自動車のガソリンエンジンを電気駆動のモーターにしただけではなく、自動車の制御システムも含めてスマート化された製品だ。つまりEVはスマートフォンと相性のいい製品であり、スマートフォンを主力製品とするシャオミにとってEV市場への参入は必然でもあったのだ。

EVはドアロック、窓の開閉、フロント・バック・サイドカメラからの映像確認、バッテリー残量の確認など自動車の基本機能の設定・管理から、ナビゲーションの設定や目的地の検索、車内音楽の選曲など車内エンタメシステムの操作も車内中央に設置された大型のタッチディスプレイで行うことができる。EVは見た目こそ自動車だが、その内部はスマートフォンやタブレットのようにシステムによって制御されているのである。


上海のシャオミストアに展示されている「SU7」(筆者撮影)

大手メーカーの自動車と遜色のない仕上がり

では、SU7の実力はどれほどのものなのだろうか? 筆者は2024年6月末に上海にあるシャオミのストアを訪問し、実車を体験してきた。残念ながら路上での試乗はできず、運転席周りの操作性やシートの座り心地などの車内体験のみだったが、SU7の大きな可能性を感じさせた。

シートや車内インテリアの出来栄えは中国メーカー製だからといって安っぽさを感じさせるものでもなく、言われなければ日本やヨーロッパの自動車メーカーが作ったものとの差は感じられない。もちろん細かい部分をあら探しすれば何らかの違いはあるかもしれないが、自動車に関して「ただの一般ユーザー」に過ぎない筆者から見ると、購入をためらわせるような欠点は見当たらない感じだ。

運転席と助手席の間には16.1型の大型ディスプレイが搭載されており、ここから自動車の制御を行うことができる。SU7には数多くのセンサーやカメラが搭載されているので、自動車後方のカメラ映像を確認することもワンタッチだ。またSU7はシャオミのスマートフォンと同じシステム「HyperOS」が採用されており、スマートフォンと同じアプリを動かすこともできる。

さらに自分の持っているシャオミのスマートフォンの画面をそのままSU7のディスプレイに投影することも可能だ。そのため普段使っているスマートフォンの環境をそのまま車内でも利用できるのである。これはEVとスマートフォンが同じシステムを使っているメリットの1つだろう。シャオミ独自の音声AIシステムを使い、車内からのナビやお店検索も可能だ。

中国全土にはシャオミストアが2000店舗以上あるという。そのうち現時点では87の店でSU7を展示している。SU7展示の店舗はまるで自動車ディーラーのような広い空間で展示が行われている。しかし、ディーラーの店舗と大きく違うのはここはシャオミストアであり、店内の一角にはシャオミのスマートフォンやスマート家電も販売されているのだ。「スマートフォンを見に来たついでにEVも見る」、これは従来の自動車専門店とは大きく異なるユーザー体験を提供できる。

事実、筆者がシャオミストアを訪れたのは平日の夜だったが、店内にはスマートフォンや周辺機器を見に来た近所の家族づれが何組も来店し、帰りがてらにSU7の乗車体験を楽しんでいた。また話題のSU7を見に来た客が、前客の試乗が終わるのを待つ間にシャオミのスマートフォンを試用する姿も見られた。シャオミはSU7の展示・販売店舗を年内に220店舗まで増やす予定で、SU7の認知は今後さらに広がっていくだろう。


上海にあるシャオミストア、自動車ディーラーのような広い空間だ(筆者撮影)

スマホメーカーが作る自動車のメリットとは

自動車とスマートフォンの連携では、アップルの「CarPlay」やグーグルの「Android Auto」などもよく使われている。しかし利用できるのはスマートフォンのアプリの一部、ナビゲーションやメディア関連などであり、自動車そのものの操作へのアクセスはできない。自動車にスマートフォンを接続しても、音声で「Hey Siri、エアコンの温度を23度に設定して」あるいは「OK Google、カメラの映像を大きく表示して」などの操作には対応していないのだ。

これに対してSU7はスマートフォンと同じHyperOSをシステムに採用することで、車内に乗り込めばスマートフォンの操作そのものを車内の大型ディスプレイから行うことができる。自動車車内のコントロールとスマートフォンの操作が1つの画面に融合されるのだ。しかもこのHyperOSはシャオミのスマート家電製品にも採用されている。そのためSU7の車内から自宅のエアコンの操作をすることも簡単に行えるのだ。スマートフォンメーカーが作るEVの最大のメリットは、自動車がスマートフォンやほかの製品とシームレスに接続できることなのである。

シャオミのエコシステムはこれまで人とモノをつなぐものだった。しかし、SU7の投入によりその世界は移動空間へ広がり、日常生活のほとんどのシナリオをカバーすることになる。シャオミは人々の生活をよりスマートに、快適にすることを目的として、システムの統合を進めている。


HyperOSによるSU7の車内操作(筆者撮影)

SU7の乗りごこちは体験できなかったものの、スマートフォンと統合された車内システムの完成度を見ると、スマートフォンメーカー側からの自動車へのアプローチは、時代に合った流れと感じられた。そう考えると、アップルがEVの開発を断念したという話も「本当にそうなのか?」と思えてしまう。そもそもアップルのEV開発は公式な発表すらなかった。アップルにはCarPlayがあるが自動車システムと融合されたものではなく、SU7の体験には及ばない。アップルはEVの開発を断念したのではなく、「時期尚早として延期した」と私には思える。

なお、スマートフォンメーカーによるEVの開発はすでにファーウェイが先行しており、2021年に「AITO」を中国で発売した。このAITOは自動車メーカーのSeres(賽力斯)と協業して開発したものだ。AITOにもファーウェイのスマートフォンが採用するシステム「HarmonyOS」が搭載され、スマートフォンとのスムーズな接続体験を特徴とする。また、ファーウェイ以外にも大手自動車メーカーGeely(吉利汽車)がスマホメーカーMeizuを買収して同社のシステムを採用するなど、中国では自動車とスマートフォンの融合が確実に始まっている。

シャオミはEV市場を席巻するか?

とはいえ中国のEV市場は逆風が吹いており、多くのメーカーが苦境に立たされているのも事実だ。新興EVメーカーのNIO(上海蔚来汽車)は2023年のEV販売台数を前年より増やしたものの、低価格競争に巻き込まれ同年決算は赤字幅を広げた。NIO以外でも新興メーカーを中心に中国のEV市場は暗い話がこのところ多い。こうした状況の中でシャオミのEVは販売数を伸ばすことができるのだろうか?

シャオミの2024年第2四半期(4月〜6月)の決算によると、EVの納車台数は2万7307台だったという。ちなみに2024年通期の納車台数の目標は12万台だ。テスラの発表によると同社の2023年のEV販売台数は180万8581台。シャオミはその1/10にも満たないが、新興メーカーの1年目の数字としてみれば十分に健闘した数だろう。

シャオミSU7の価格は21万5900元(約436万円)からで、同性能の他社のEVより割安だ。この価格競争力はシャオミの大きな強み。しかし、価格の強みだけではNIOのように、いずれ自らの体力を奪いかねない。

シャオミがEVを作る最大の強みは、スマートフォンメーカーとして常に最新のシステム開発を進めていることだ。EVは、もはや「走るスマホ」であり、モーター温度や車体の揺れ具合などEVそのものの情報収集・解析や、道路交通情報、天気から最適なナビゲーションルートを算出するといった技術もスマートフォンのシステム開発の延長として行える。今後、実用化されるであろう自動運転では自動周辺の高度な環境感知や遅延のないブレーキシステム、それらを総合的に処理するAI性能が必要とされるが、それらの面でもシャオミはトップグループに位置する技術力を発揮できるだろう。

素材のみならず、ハードウェアの自社開発も進めている

またEVのエンジンやバッテリー、本体を支えるフレームの素材もシャオミは自社で開発した。これにより今後は柔軟な車種の拡大にも対応できる。EVの故障時の原因解明も自社パーツ・素材を使っていれば迅速に行うことができる。自動車はスマートフォンとは異なり「不具合が生じたらリセットすればいい」製品ではない。自動車は人の命を乗せて移動するツールだ。安全性を最優先する自動車を作るために、シャオミはソフトウェア=システムだけではなく、ハードウェア=基幹部品の自社開発も進めている。

シャオミのCEO、レイ・ジュン氏は今後15年から20年かけてシャオミを世界5位以内の自動車メーカーにするとの野望を打ち立てている。その最初の製品となるSU7の実車は完成度が高く、今後、性能や品質のブラッシュアップや車種拡大を進めていけば、販売台数を着実に増やしていくことも夢ではないだろう。「中国製の自動車」と聞いて品質を疑うのは、時代錯誤も甚だしい。何年かしたら、シャオミのEVが世界各国の道路を疾走する姿が当たり前の姿になるかもしれない。


スマホに続きEVでも世界シェア上位に入るか(筆者撮影)

(山根 康宏 : 携帯電話研究家・ジャーナリスト)