埼玉県川口市周辺に暮らすクルド人男性の多くは解体作業員として働いている

写真拡大

 埼玉県川口市周辺には2000人以上で形成されたクルド人のコミュニティがあり、隣接している蕨市は「ワラビスタン」とも呼ばれている。しかも、2000人以上というのは過去の在留資料を基にした推定人数でしかなく、彼らはヨーロッパ各地から次々に親戚や知人たちを川口市周辺に呼び寄せてコミュニティを拡大させている。(全2回の第1回)【藤原良/作家・ノンフィクションライター】

 ***

【衝撃の証拠写真】埼玉県民を震え上がらせる「クルドカー」 「これで崩れ落ちないのが不思議」

 川口市に住むクルド人の実数は、市役所でも「何人いるのか把握できていない」というのが実情だ。主にトルコの小さな山岳集落からやって来る彼らは、日本語にも不慣れで日本の地域社会に溶け込むのに苦労している者も多い。そうした背景から、一部の在留クルド人の素行の悪さが問題視されるようになり、SNSに非難の声が投稿されるのも当たり前の光景となった。

埼玉県川口市周辺に暮らすクルド人男性の多くは解体作業員として働いている

 川口市周辺に暮らすクルド人男性の多くは、工事現場で作業員として働いている。特に解体業関係の現場が多く、一部の作業員による危険工事や事故などがSNSで問題視されることも珍しくない。

 在留クルド人が起こす事件や事故に関する報道は決してフェイクニュースではない。ただ、明らかな事実であることに間違いはないものの、日本に暮らすクルド人全員がトラブルに関与しているわけではない。一部のクルド人が起こした問題行動がクローズアップされているに過ぎないという意見も多い。

 実際、クルド人作業員と一緒に働いたことがある解体業者の日本人社長のAさんは「彼らは真面目でよく頑張ってる」と好意的だ。もちろんAさんも「悪い奴もいるけどね」と前置きはするのだが、その上で、以下のように実情を語る。

殺伐とする日本人の現場

「日本人のベテラン作業員たちは、昭和のノリが残る平成時代に修行した連中が多く、親方や先輩から殴られたり怒鳴られたりして育ったもんです。自分も平成に修行しましたから当てはまるかもしれませんが、根性はあっても性格がひん曲がっていたり、キツい修行を乗り切ったというプライドだけがやたら高かったり、というタイプが目立つんですよ。厳しい修行を逃げ回って生き残った奴もいるから、口で言うほど腕はよくないという奴も結構います。そんな連中だけで現場をやると、もうホント、いびつすぎて殺伐としますよ。脚立ひとつ建てるだけでも『そこ邪魔だ』とか言われそうでね」

 現場が殺伐とすれば、日本人の若い作業員がどんどん辞めていく。もちろん、彼らが貴重な人材であることは言うまでもない。

「日本人の若手に根性がないんじゃないんです。誰だって職場環境が悪ければ辞めますよ。ところが、クルド人の作業員は和気あいあいとしてます。クルド人の古株連中だって昭和のノリで修行をさせられたと思うんです。ところが元々持っている文化が違うからなんでしょうか、日本の作業員みたいに、くだらないイジメや、つまらない駆け引きとか、見栄の張り合いなんてことは一切しない。真っ直ぐに仕事と向き合ってくれますよ」

クルド人の先輩のほうがいい」

 クルド人作業員は、他の作業員を手伝うなど、全てにおいて温和で、彼らと一緒に働いていると、自然にチーム感のようなものが生まれるのだという。それにつられて若手の日本人作業員も伸び伸びと働き、3日かかるはずの仕事が2日で終わることも珍しくないそうだ。

 結局、現場の雰囲気を決定するのは、作業員の心がけということなのだろう。解体業の仕事に従事して8年になるクルド人作業員のBさんは「人間は奴隷と違う。誰も奴隷じゃないよ」と片言の日本語で話してくれた。

 Bさんの後輩として働く日本人の若手作業員・Cさんの就業歴は3年。Cさんが言う。

「クルドの人たちはBさんのように、先輩でも変な先輩ヅラをしないんです。後輩の自分がBさんを手伝うと、Bさんも必ず自分を手伝ってくれます。自分がインパクトドライバーやバインダー(註・解体工事用の道具)をBさんに渡せば、その後で必ず自分が必要とする道具類をさりげなく渡してくれます。日本人の先輩だと、『後輩は手伝って当たり前』みたいな感じで、自分をコキ使うだけコキ使うだけなんですよ。それに比べたら、クルド人の先輩のほうがずっといいですね。やりやすいから現場も早く回るし。ただ日本語がよく分からないから、会話に困る時はあります」

 こういった取材を重ねると、川口市周辺のクルド人コミュニティに対して好意的なイメージを持ってしまう。とはいえ、一部の在留クルド人が悪態をついたり、日本人では考えられない現場での事故を起こしたりして、地域が迷惑を被っているのは事実だ。

 これについてクルド人のBさんは「クルド人だけじゃないよ。変なガイジン、悪いガイジン、どこでもいるでしょ。上野では日本人が日本人を殺して山に捨てたよ」と言う。

 いわゆる“クルド人問題”は、日本が抱える難民問題や、日本人と在留外国人の生活習慣が異なることから生まれるトラブルの象徴として、あまりに意図的な形で“槍玉”に挙げられているのではないだろうか。

87カ国の人々が難民申請

 日本が難民条約に加盟したのは1981年。ベトナム戦争で旧南ベトナム政権が崩壊し、「ボートピープル」と呼ばれるインドネシア難民が急増したためだ。正式な難民の受け入れが始まり、難民認定に関する入管法の改正もことある毎に実施されてきた。法務省によると現在、日本への難民認定申請者の国籍は87カ国にも及ぶ。

 2008年には生活が困窮している難民認定申請者に対する保護費予算が枯渇し、民間団体による支援活動に委ねられた。ところが2010年ごろから難民認定申請者が日本国内で就労することが認められたため、支援負担が軽減。申請者の生活も安定するようになった。

 難民認定の申請を行った者は、正規の在留資格を得ていないことから不法滞在者となる。だが「審査中」というお墨付きにより「仮放免者」という法的立場となって認定審査期間中に限り、居住や就労などの権利が認められている。これはクルド人だけに限った制度ではなく、日本で難民認定申請をしている87カ国の外国人すべてに適用されている。

 クルド人に「日本で働くな!」、「不法就労反対!」とシュプレヒコールを叫ぶデモ行進の光景も珍しいものではなくなった。だが、難民認定申請者が日本で働けるようになった経緯を踏まえると、こうしたデモが日本人のためになるのかという疑問も湧く。

中国人とクルド人

 もしデモの主張を政府が受け入れ、難民認定申請者から就労の権利を奪ってしまうと、日本は2008年に逆戻りして保護費予算だけでは彼らのことを賄え切れなくなる。生活に困窮した認定者が増加し、民間支援団体の活動だけでは限界があることは明白だ。仮に生活に困窮した申請者のうち1万人が日本国内のあちこちをさまようようになれば、治安の観点から考えても明らかなマイナスだ。

 クルド人に限らず、どの国の申請者の中にも、一定の割合で素行不良者は存在する。パキスタン人やバングラディッシュ人や中国人の中には凶悪犯罪に手を染める者もいる。だがデモ行進が街を歩き、シュプレヒコールが叫ばれたことはない。

 クルド人のBさんは「川口で悪いクルド人は、中国人から仕事をもらうから」と説明する。もともと川口市は「西川口チャイナタウン」が知られており、市役所によると川口市の在留外国人数の1位は中国人である。ちなみに2位はベトナム人で、クルド人は上位にすら入っていない。

 中国人が発注する仕事は、彼らが買い付けた土地と建物があり、老朽化した建物だけを解体して立て直すという案件が多い。日本人業者には絶対に発注しないという“信念”を持った中国人が存在し、彼らはクルド人に解体工事を依頼する。

 中国人の仕事をいくつもこなすうち、日本人より在日中国人に好意を持つクルド人も多いという。Bさんは「私は日本人から仕事を教えてもらいましたから、日本人と仕事がしたいです」と言う。

第2回【“検挙人数”最多はベトナム人や中国人でも「クルド人」に非難が集中 “偽装難民”問題の背景にある「出入国在留管理庁」の複雑な事情】では、入管のパンクが偽装難民の温床になっている事実を伝える。

藤原良(ふじわら・りょう)
作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』、『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(以上、太田出版)など。

デイリー新潮編集部