芸名「空士ヒマリ」の名字は航空自衛隊時代の階級から(撮影:尾形文繁)

今や、転職が当たり前の時代だ。新天地を求めるには、人それぞれの事情がある。元航空自衛官で、現在はステージでキラリとほほ笑むアイドル。これもまた、転職の選択肢だ。

稀有な経歴を持つのは、アイドルグループ「点染テンセイ少女。」の空士ヒマリ。ひとたび笑顔になると「クシャッとした表情になり、目がなくなってしまうのがコンプレックスでした」と明かす彼女も、今では、笑顔を自身の持ち味としている。

高校卒業後、航空自衛隊を経てアイドルへと転身したその歩みとは。彼女の意外なキャリアに迫った。

*この記事の続き:航空自衛官を辞めた「アイドル」が手にしたもの

「自衛官→アイドル」のポストがバズる

2023年11月1日、防衛庁の定めた「自衛隊記念日」に投稿した彼女のポストは盛大にバズった。


(「空士 ヒマリ【テンテン】」Xより)

自衛隊時代と現在の比較画像とともに「自衛官→アイドルとの一文が。「自衛官という道もアイドルという道もどちらも私にとって大切な人生」「誰かの笑顔を守るため、みんなに笑顔を届けるために」とつぶやいた。

高校時代までは富山県で育ち、小学校から続けていたソフトテニスではインターハイへ出場したほどのスポーツ少女。高校卒業後には、幼い頃からの芸能界への憧れから「上京したかった」という。

しかしなぜ、直球でアイドルにならず、航空自衛隊への入隊を決めたのか。そこには、父の影響があった。

父は、元陸上自衛官。すでに定年退職しているが、幼い頃から「平和を守る仕事とは理解していて。衣食住が保障されているとも聞いていました」と振り返る。

「高校卒業後に上京したいと伝えたときは『3年間、自衛隊での1任期を満了したら好きなことをやっていい』と言われたんです。自衛隊に入隊すると『人格が変わるほど鍛えられる』と言われますし、父からすれば、娘のためを思っての願いだったと思います」

受験では「遊ぶ友人へのうらやましさ」も

父から言われた「1任期」とは、各自衛隊の基地で教育隊に所属し、基礎を学ぶ自衛官候補生としての3カ月。そして、陸海空いずれかの自衛隊へ配属され、自衛官として過ごす最初の任期となる2年9カ月を合算した3年間をさす。


両親の愛情を受けて「高校卒業後まで面倒をかけたくなかった」とも(撮影:尾形文繁)

かくして、将来の進路は決まった。

自衛隊の試験を受けるために、忙しい部活の合間をぬって猛勉強。試験の時期は早く、高校2年生の終わり頃で遊んでいる友人を見て「いいなぁ……」と、うらやましさもあった。

自衛官としての基礎を学ぶべく、地元の富山県を離れた。

航空自衛隊の教育隊に所属していた3カ月。自衛官候補生の当時は、厳しい環境で「鍛えられた」という。

朝は6時にラッパの音で起床し、同室の班員に体調不良者などがいるかを確認する点呼がありました。朝食後は、学校のように決まった時間割の『課業』がいくつかあり、夕飯を終えると自由時間になるんです。でも、隊員が多いので次から次へと入浴しなければならなかったりと慌ただしくて、何かあると、同室の隊員と一緒に連帯責任で怒られる緊張感もありました」

自衛隊流「1200」の読み方に慣れて

教育隊を経て、航空自衛隊の自衛官に。

所属した基地でパトリオットミサイルへの給電を担当する役割も任されていたとは、驚く。

有事に備える緊張感と隣り合わせの職場で2年9カ月を過ごした。


父の願いもあり「1任期は何がなんでも」とがむしゃらに(撮影:尾形文繁)

「自衛隊時代に身についたことはさまざまです。同室の仲間が連帯責任で怒られないように『10分前行動』を徹底して。今も、気をつけの姿勢で手をグーにしてしまうのも習慣ですし、数字も『1200』(12時)ならば『ヒトフタマルマル』と読むほうがしっくり来て、たまに、グループのメンバーがポカーンとなっています(笑)」

何事も糧になる。自衛隊で必死になっていた当時、身についたことを笑って昇華できるのもそのあらわれだ。そして、現在へ。

アイドルへと転身した話へと続くが、背景には「退職」「上京」の苦労もあった。

*この記事の続き:航空自衛官を辞めた「アイドル」が手にしたもの

(カネコ シュウヘイ : 編集者・ライター)