『LIMITS高校生大会2024』ももたまご

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LIMITSとは?

LIMITS(リミッツ)という対戦競技をご存知だろうか? それは2015年に誕生したデジタルアートのライブペイントバトル。制限時間20分の間に、ランダムで選ばれたお題に沿って作品を創造し、審査員(およびオーディエンス)によって勝敗を決するのが基本のルールだ。公式ホームページには「アートに勝敗をつけるという、アート界のタブーに踏み込む」とあるが、ホント、とんでもないことをしてくれたものである。勝敗がつかないものこそが芸術。「みんな違ってみんないい」が大前提ではないか! けれどLIMITSには、その“アートバトル”がナンセンスにならない絶妙な仕掛けがある。それが、完成作品だけでなく、制作過程も含めて評価するというポイントだ。デジタルアートならではの、見ている人を楽しませる創意工夫(詳しくは後述)が散りばめられた20分間は、手品のステージのようであり、極上のふたり舞台のよう。観客の脳内で、アートとエンターテインメントの間にあった壁もガラガラと崩壊することだろう。

そんなわけで、アート・スポーツ・エンタテインメントを結んだ大三角のちょうど真ん中で、未だ知られざる輝きを放つ『LIMITS』の、ここからは高校生大会のお話である。

絵を描く全ての高校生へ

LIMITS高校生大会の大きな特徴は、チームあたり1名~3名で構成されるチームバトルだということ。そして観客投票が無く、審査員によってその場の勝者が決定することである(現時点で観客席の多くは参加者の応援団のために用意されていることもあり、公正を期すためと思われる)。2024年8月3日(土)、そんな“アートの甲子園”『LIMITS高校生大会2024』の決勝大会が、新宿宝塚大学キャンパス内ホールにて開催された。

本記事は大会の観戦レポートであり、「へぇ~、こういうイベントがあるんだ」と知ってもらうための文章……のはずだった。でもあの激闘を約6時間にわたり見届けたあとで、そんな温度の低いことはやっていられない! 夏真っ盛りの新宿で、一体どんなことが起こっていたのか。そしてこの感動が何なのかを、暑苦しく伝えさせてほしい。

『LIMITS高校生大会2024』決勝戦のももたまご(青コーナー)とカワタ(赤コーナー)

猛者8チームによるトーナメント

ホールに入ると、赤と青(赤コーナーと青コーナー)の照明に照らされた舞台と、観客用に並んだ椅子が100脚弱。下北沢あたりの小劇場そっくりである。MCと解説者によるルール説明ののち、やや緊張した面持ちの選手たちが入場し、対戦が始まった。

全国各地から予選を勝ち抜いてきたのは、合計8チーム。今回は、昨年の第1回大会と比べておよそ3倍のエントリー数だったそうだ。各チームにはそれぞれの地元で撮影された紹介映像が用意されており、それを眺めているだけで青春の眩しさにウルウルきてしまう。ちなみにその映像は事前にYouTubeで公開されているので、早いうちに推しチームを見つけておいて、その戦いを追いかけるのも楽しみ方として大いにアリである。

戦う生徒会長【 ももたまご 】LIMITS高校生大会2024出場チーム

対戦の様子はYouTubeでライブ配信されているので、自宅に居ながらでも気軽に観戦することができる。けれどもし可能ならば、個人的には実際の会場を訪れて、同じ時間をシェアすることを強くおすすめしたい。後ほど配信を見て確認したところ、映像では会場の客席側の音をほとんど聞くことができなかったからだ。割れんばかりの拍手、時々巻き起こるどよめき、それらは試合を盛り上げる最高のスパイス! この辺は紛れもなくスポーツである。ただ、配信には配信の良さがあって、制作中の選手たちの顔や手元がよく見えるのは非常に嬉しいポイントだ。今からでもYouTubeでバトルを追体験できるので、興味が出てきたという方はどうぞ今すぐにリンクへ飛んでみてほしい。

【絵描き高校生の大会】決勝 LIMITS高校生大会2024

ここがスゴい!限界テク

さて、LIMITS高校生大会は単純な「絵の上手い高校生選手権」とは大きく異なる。画力の確かさはもちろん、観客を驚かせ楽しませる、エンターテナーの要素が求められるからだ。だからこそ、実は完成作品だけ見てもその魅力は伝わり切らない。ここで少し、大会中に見つけたLIMITSならではの魅せ方の例を紹介したい。

『LIMITS高校生大会2024』enoki

『LIMITS高校生大会2024』enoki

1:瞬き厳禁、ラストの急展開

タイムリミット20分。制限時間内で絵を仕上げるというのは想像を絶するプレッシャーだと思う。しかも多くの選手にとっては慣れない土地の、スモークや照明のキマった舞台上で、観客を前にしての制作である。考えてみればなんて過酷なことを、心の柔らかい高校生にやらせているのか……。けれど決勝大会に勝ち進んできた彼女たちは、それでもステージに立つのだ。

そして恐ろしいことに、ときに制限時間の終了間際のアクションで、劇的な急展開を狙ってくるのがLIMITSなのである。「自分だったら、とにかく早く画面埋めて完成させちゃいたくなる」と解説者も語っていたが、ラストで一気に畳み掛けてフィニッシュするのはまさにLIMITSの華。ギリギリまで我慢してひきつけたうえで、一気呵成……そんなチキンレースの達人が、この大会でも何名か居た。

例えば準々決勝で対戦した鹿児島県代表の島本葵vs茨城県代表のREVAの場合、REVAがラスト2分で動く。作品の四隅に『』を描き足し、描かれたのがカメラのファインダー越しの風景(自撮り)だと表現した。呼応するように島本もスパートし、背景にびっしり誰かの肖像とハートを描きこむことで、主人公の愛情を見事に表現した。同じく準々決勝で、福井県代表のみはむむむが見せたテクニックも面白い。残り1分を切った瞬間、作品の外枠(キャンバス)を大胆に切り取り、バンジージャンプする人物が画面の外へ飛び出しているような効果を加えたのだ。

そして本大会でのチキンレースのヒーローといえば、凄まじい末脚を披露した北海道代表のカワタだろう。全体像を極力見せず、背景や人物のパーツを最後の最後で鮮やかに合体させるスタイルは見ているだけで快感で、会場を何度も熱く沸かせた。実況者の「カワタがキターーーーーッ!」のシャウトに、オーディエンスの愛と期待が集約されていたと言って過言ではないだろう。特に準決勝のenokiとのデッドヒートで見せた、残り45秒での表情変化は忘れられない。

『LIMITS高校生大会2024』カワタ

『LIMITS高校生大会2024』カワタ

2:デジタル作画ならではのイリュージョン

LIMITSはペンタブやPCなどのデジタルツールを使った創作勝負だ。そのため、レイヤーの表示も非表示も思いのまま。色彩も質感も形態も、ワンタッチで変化させることができる。日頃イラスト制作アプリになじみのない筆者にとっては、こういったデジタルならではの機能を駆使したどんでん返しはマジックのようだった。

準々決勝で長崎県代表のカイコが魅せてくれたのは、それまで描いてきた海辺の少女の風景をグイ~ンと歪ませ、べつで描いておいたスマホの画面に吸い込ませる(残り1:45!)という演出だ。3人組でのエントリーという強みを活かして、背景と人物とで描き手を交代し、声を掛け合いながら制作している姿も印象的だった。

さらに、魅力的なイリュージョニストとして、千葉県代表のenokiを挙げておきたい。準々決勝では都会のビル群の色を変え、一瞬で砂の城に変化させたり、準決勝では冒頭に登場した少女の瞳をコピーして、ラストで別の少女に使い回したり……。ゆるく可愛らしい絵柄とはうらはらに、徹底した面白さの追求と、勝利へのこだわりを感じる戦いぶりだった。「東急歌舞伎町タワー特別賞」に選ばれた彼女の新作が、同ビルの屋外ビジョンで見られるのが楽しみである。

3:アニメのようなストーリー仕立て展開

ラストスパートで予想外の裏切りを作るのでは飽き足らず、制限時間を使ってアニメやサンドアートのように展開していく作品もあった。最終的なイラストとしての完成度はもちろん、生き物のように動き続ける作品を制作するのは、演劇やジャズ音楽に近い集中力だと思う。

広島県代表のにゃそりあはお題の「青×進化」を青春の進化と捉え、青空の下の恋人同士(制服を着た高校生)を描くところからスタートし、夕陽を背にした幸せいっぱいの新郎新婦の姿で締めくくった。制限時間をそのまま作品中の時間経過とリンクさせたのはお見事。くどいようだが、腕いっぽん、20分間の出来事である。

そして激戦を勝ち抜いて本大会の頂点に立った、埼玉県代表のももたまごも、またストーリーテリングの名手だった。特に決勝戦での「ヒーロー×限界」を描いた作品ではビル火災をモチーフに(そもそもそこがサラッと描けているのがすごい)、20分かけて猫の救出、爆発、大爆発、大大爆発……と猛烈に色を重ねてゆき、さながら花火大会のフィナーレのよう。試合終了の合図と同時に、会場からは惜しみない拍手が贈られた。

『LIMITS高校生大会2024』ももたまご

『LIMITS高校生大会2024』ももたまご

真剣だからこその斬り合い

高校生大会というと、大人はどうしても「青春っていいなあ」という感想に着地しがちかもしれない。確かに、青春はいい。必死で打ち込んできたものをぶつけ合う姿は見ていて清々しく、自分も置き去りにしてきた情熱を探しに行かなきゃ! という気持ちになる。しかしそんな勝手なノスタルジーをよそに、選手の高校生たちは想像以上に大人だった。どのチームも肝の据わった、凛とした戦いぶり。勝ち進むことができなかったチームも大粒の涙は見せず、「悔しいです」「私の分まで頑張ってください」と真っ直ぐなコメントを述べ、対戦者と握手をして舞台を降りていく。その姿は本当に立派なものだった。

くっ……こんなにすごいクリエイションが集まっているのに、どちらかを選ばなくちゃいけないなんて、誰が考えたんだ! そもそも芸術に勝敗をつけるなんてやっぱりナンセンスだったんじゃないのか! とやりきれない思いにもなったが、その痛みは審査員諸氏も相当強かったようだ。なんせ、開幕から1時間ほどしか経っていない準々決勝戦の段階で、すでに審査員のひとりは感極まって言葉を詰まらせたほどである。描くほうも選ぶほうも、血を流しながらの真剣勝負。それがLIMITSなのだろう。

『LIMITS高校生大会2024』みはむむむ

『LIMITS高校生大会2024』REVA

LIMITS最多王者も見学に来ていた!

この日、観客席の片隅には、イラストレーターでLIMITS最多王者である、jbstyle.氏の姿も。10月に自身もLIMITSチャンピオンシップ決勝大会を控え、「お忍びで若手の技を盗みにきました(笑)」とのこと。大会終了後の率直な感想を聞いてみたところ、「とにかく純粋に、見てて楽しかった! LIMITSは、出るよりも見てる方が楽しい!」と笑顔を見せたあと、グッと真剣な表情になり「みんな、最後の1秒まで粘って良くしようとし続けているのが本当に凄くて。それは、ともすると我々大人が忘れてしまいがちなことなので。高校生大会って、もっとほっこりするつもりで見に来たんですけどね。うかうかしていたらすぐに足元をすくわれそうというか……。いや、本当に大人の大会と比べて何の遜色もないですよ」と語ってくれた。

ちょうど会場のステージ上では表彰式が終わり、出場者たちのフォトセッションが行われていたところ。全員で「リミッツポーズ!」と指で“L”を作って撮影する姿には「これは高校生大会ならではの爽やかさですね。大人たちだともっとギスギスしちゃってるんで……」と和やかに笑うjbstyle.氏だった。(お忙しい中コメントありがとうございます、10月楽しみにしています!)

お忍びで観戦に来ていたjbstyle.氏

優勝者・ももたまごにヒーローインタビュー

熱い戦いを制し、見事優勝を果たしたももたまご。まだ実感がないという彼女に、表彰式後に少しだけ気持ちを聞かせてもらうことができた。

ーーこの大会を通じて、いちばんキツかった瞬間を教えてください。

準々決勝と準決勝と、2回同じテーマが連続してしまったときです。あのときは、人生で一番頭を回転させながら描いていました。最後の展開を考えていなかったので「終わったな」って思いましたね……。

LIMITSのお題は、5ワード×5ワードがルーレットによって試合直前に決定される。大会前にこの10ワードは公開されているので、選手はどんな組み合わせがお題になっても対応できるよう、心の準備をしておくのが主流である。けれど本大会の準々決勝2戦目と、準決勝1戦目で選ばれたテーマは、偶然にも全く同じ「青×発信」。想定外に2連続で同じテーマを描くことになったももたまごが、テーマ決定時に苦しげな表情を見せていたのは印象深いワンシーンだった。しかしそんなLIMITSならではの試練を乗り越え、勝利をつかんだ閃きとテクニック、そして肝っ玉は、まさしく王者にふさわしいものである。

『LIMITS高校生大会2024』のテーマは上記の掛け合わせだった

ーーでは反対に、楽しかったとか、気持ちよかった瞬間は?

やっぱり、遊び心というか……。うさぎとか猫の表情なんかを描いたときに、「カワイイ!」って言ってもらえたときが一番楽しかったかもしれないです。

制作中のクリエイターに、客席のリアクションが結構聞こえているというのは意外だった。コールアンドレスポンスのように、観客の熱が創作のノリを良くすることができるのなら、それはとても素敵なことだと思う。

ーー今後、LIMITS高校生大会にチャレンジしたいと思っている人たちに、この大会の魅力やアドバイスなどをひとことお願いします。

私は去年の大会を見て、やってみたいな、(自分も)できるかもなーって気持ちだけでエントリーしたので。なんとなくでもいいので、そういう気持ちが少しでも湧いたら、応募してみたらすごい体験ができると思います! やっぱりLIMITSならではの魅力って、ライブ感だと思うので。

ーーありがとうございました。優勝本当におめでとうございます!

ありがとうございました!

優勝したももたまごには、アメリカ・ポートランドのクリエイティブツアーへ招待!

引き継がれていく熱

LIMITS高校生大会はまだ始まったばかり(今回で2回目)のイベントなので、そこまで広く知られてはいないかもしれない。でも、だからこそ、今がチャンスだと言いたい。率直に言ってこのイベントはヤバい。“アートの甲子園”の呼び名はダテじゃなく、ゆくゆくは甲子園球場(暑すぎるなら東京ドーム?)で開催されてもおかしくない、志の高い大会だ。何よりまず集う高校生たちの才能に感動するし、振り向けば観客席も運営サイドも、若きクリエイターを大切にしようという大人たちの決意に満ちている。私は必ずや次回も参加して、その熱の一部になりたいと思った。

だから、もしこれを読んでいるあなたが絵を描く高校生、またはそれより年若い人なら、この大会へのエントリーをぜひ考えてみてほしいと願う。そしてそれ以外のすべての人には、観戦を心の底からおすすめしたい。LIMITS高校生大会は、絵を描くという行為を通じて、心の震わせ方を教えてくれる。知ってしまったからには、もう老若男女、全方向におすすめしないわけにいかないのだ。

詳細は未定だが、来年2025年も第3回LIMITS高校生大会が開催予定とのこと。大いに期待しつつ、続報を待つ!

決勝大会参加者たち。手元はLIMITSの“L”!


文=小杉美香、写真=オフィシャル提供