「トランプ氏の歴史的勝利」になる可能性…衰えたバイデン氏とは対照的な「驚きの生命力」に支持が集まるワケ
■さながら「巨悪と戦うヒーロー」のよう
11月に大統領選を控えるアメリカから衝撃のニュースが飛び込んできた。トランプ前大統領(78歳)が選挙集会の演説中に銃撃されるという、あってはならない凶悪な事件が起きた。幸い右耳を負傷しただけで命に別条はなかったが、大統領選の行方を左右しかねないほどの影響が出るのは必至だ。
トランプ氏は撃たれたにもかかわらず、直後に空に向かって拳を突き上げ「私は戦い続ける」と宣言したことで、支持者のさらなる結束を固めただけでなく、巨悪と戦うヒーローという強烈なイメージを得た。これでトランプ氏の大統領選勝利は確定したとまで言う人もいる。
大統領警備隊(シークレットサービス)によって射殺された20歳の白人男性は、有権者登録では「共和党」として記録されていたことがわかっているが、本稿執筆時点で動機は明らかではない。よって今回は、暗殺未遂事件以前から広がっている「バイデン下ろし」と、その裏でトランプ陣営が着々と進める“独裁シナリオ”について、筆者が主宰する「NY Future Lab」のZ世代の生の声と共にお伝えする。
■討論会で露呈したバイデン氏の衰えぶり
「アメリカは危機に瀕している。もうかつてのような栄光がなくなったことは、外国メディアのあなたから見れば一目瞭然でしょう?」
ニューヨークでの取材中に50代女性に突然こう聞かれ、筆者は返答につまった。
暗殺未遂事件の2週間前に行われたバイデン大統領対トランプ氏の討論会を見たかと質問したら、逆に聞き返されてしまったのだ。彼女はそのまま話を続ける。
「討論会は見なかった。見たら不安で落ち込んでしまいそうだったから」
すると隣の女性が口をはさんできた。
「私は全部ではないけど見た。子供たちからTikTokで流れた討論の一部を送られてきたからね。10代後半と20代前半の女の子だけど、こんな候補たちに投票するなんてあり得ない、とショックを訴えていたわ」
バイデン氏の討論会でのパフォーマンスは、これまで誰も見たことがないほどひどかった。開口一番から声が弱々しくかすれており、誰もが「何かがおかしい」と直感した。その後も言葉が途中で途切れたり、元々持っていた吃音も出たりした。悪性の風邪だったと説明されたが、これはもう年齢によるものというほかない。
アメリカ人はこれまでもバイデン氏の健康について強い懸念を持っていた。しかしここまでの衰えを目の当たりにしたのは、さすがに今回が初めてだった。
■「バイデン氏は交代すべき」だが…
討論会での様子は衝撃をもって受け止められ、やがてメディアや民主党内でパニックが起きた。バイデン下ろしコールの大合唱である。
まず、ニューヨーク・タイムズが社説でバイデン氏の出馬撤回を呼びかけたのが注目され、あっという間に大統領は出馬を取りやめるべきという論調が作られた。不安を感じた民主党の議員も、下院を中心に同調を始め、その数は20人近くに上っている。大口の献金者が少しずつ離れているという報道もある。バイデン支持者でもある俳優のジョージ・クルーニー氏が退陣を呼びかけたことも話題になった。
それに対しバイデン氏は、討論会後に大規模な記者会見を開き、あくまで続投の意思は変わらないことを強調した。確かにここでの振る舞いに不安な点は見当たらず、以前に戻ったように見えた。メディアもそれを認めたが、これが長続きするのか? あともう一期務められるのか? と、健康不安説は結局拭えていない。
「バイデン氏は交代すべきだと思う。でも代わったとして、次の人はバイデン氏と同じような影響力を持てるのか」
NY Future LabのZ世代シャンシャンの言葉が、アメリカ人の思いを見事に代表している。しかし、出馬撤回にはいくつもの大きな問題が立ちはだかっている。
■政治生命を犠牲にしてまで代理出馬したくない
まず、大統領選まで4カ月を切っている。広い国土と多様な国民が住むアメリカでは、大統領選は1年以上かけて積み上げていくものだ。予備選もほとんど終わった今、資金調達から地方との調整まで、すべてがバイデン氏を中心に回ってきた。それを今から変えるのは容易ではない。
それ以上に大きいのは、代わりがいないことだ。何名かの名前が挙がってはいる。ブティジェッジ運輸長官、ウィットマー・ミシガン州知事(立候補は否定)、ニューサム・カリフォルニア州知事。そしてバイデン氏に最も近い継承者のハリス副大統領。でもそれぞれが一長一短で決め手はいない。
そもそもそんなに良い候補がいれば、最初からバイデン氏は出馬しなくてよかったのだ。そして彼らが手を挙げない理由は、ハンデを背負いながら今からトランプ氏と戦って、自らの政治生命を犠牲にしたくないからだろうとも考えられている。無理もない話だ。
また米国の専門家の多くは、今から候補者を交代すれば国内だけでなく国際的にもさらなる混乱を呼ぶとして、危険すぎると指摘する。
■大統領を呆然とさせたトランプ氏の「ウソ口撃」
同時に彼らは民主党とメディアに対しても批判の声を上げている。バイデン氏の年齢と健康不安にフォーカスするあまり、トランプ氏の問題ある言動の数々が検証されていないためだ。
前述したバイデン氏との討論会では、バイデン氏の衰えぶりに注目が集まりすぎたために見逃されていたが、話の内容自体はトランプ氏のほうがずっとひどかった。受け答えの大半は虚偽や不正確な情報で、いったいどこの国の話をしているのか? と唖然とするほど嘘で塗り固められていた。
それをバイデン氏に次々とぶつけ、強い調子で彼の非を追及するものだから、バイデン氏が呆然としているように見えた側面は否めない。中継したCNNの進行役2人も、ファクトチェックが追いつかないほどの嘘の乱れ打ちに戸惑っている様子だった。バイデン氏の精彩さを欠く反応を引き出すための、トランプ氏の巧妙な作戦勝ちである。
さらに、暗殺未遂事件で世論を味方につけただけでなく、今や司法をも取り込んでいるといってもいい。象徴的なのが、このほど連邦最高裁が下した前代未聞の判決だ。
トランプ氏は4つの事件で起訴されており、うち一つについてはNY州地裁で有罪判決を受けている。
■「法の上に君臨する王を誕生させた」
前出のシャンシャンは「有罪になったトランプ氏は出馬を取りやめるべきではないの?」と言う。しかし、アメリカには起訴、または有罪判決を受けた人が大統領になってはならないという法律はない。そもそも前例がないからだ。
一般人なら窃盗などの軽犯罪であっても、前科があれば就職は難しい。それなのに連邦最高裁は先日、トランプ氏を含む歴代大統領の刑事責任については「免責特権が限定的に認められる」と異例の判断を下した。
免責特権とは、罪を犯しても罪に問われないということだ。そんなことが民主主義国家でありえるのか? と思うだろう。実際に下級裁判所では軒並み否定されてきた。ところが、最高裁では「一部を認める」判断をしたのだ。
その一部とは、「公式な仕事における免責」を指す。たとえばプライベートでコンビニのチョコレートを万引きすれば罪に問われるが、公式な仕事なら問題ない。
これはどういう意味なのか?
判断に反対した最高裁判事の1人、ソニア・ソトマヨール判事はこう述べている。
「軍隊に政敵の暗殺を命令しても免責。権力を維持するために軍事クーデターを起こしても免責だ。恩赦と引き換えに賄賂を受け取っても免責、すべて免責だ」。強い言葉で繰り返し、最高裁は「法の上に君臨する王を誕生させた」と非難した。
■爆発的な追い風の陰で進行する「新政府計画」とは
この判断をもって「法の上に人を作らず」の民主政治は失われた。トランプ氏が当選した暁には、アメリカは民主主義から独裁体制に移行するのではないかと警戒する声は強まるばかりだ。
この免責特権が認められたために、残っている3つの刑事裁判が選挙前に行われる可能性はゼロとなった。起訴内容が公式な仕事か、非公式のものかの判断が改めて必要になったからだ。もしトランプ氏が当選した場合は、とり下げられる可能性もある。トランプ氏にとってまさに爆発的な追い風が吹いている。
この状況を、NY Future Labの若いメンバーはどう見ているのか。民主党バイデン氏と共和党トランプ氏の支持率は世論調査で激しく拮抗しているが、若者の7割は民主党支持だ。
ミクアは「バイデン氏でも、誰か他の人になっても、私は民主党に入れる」という。これにはラボメンバーのほぼ全員が同意した。トランプ氏を勝たせないためにはこの選択しかないと考えているからだ。
彼らがこれほどの危機感を抱く理由は、アメリカで議論を呼んでいる「プロジェクト2025」という計画の存在を知ったためだという。トランプ氏を強く推す極右のシンクタンク「ヘリテージ・ファンデーション」が作成した900ページもの行動計画書で、彼らはこれをアメリカ第2の革命と呼んでいる。
■バイデン氏の口を封じることにも成功した
その内容は衝撃的だ。
・自身の支持者を国家公務員の官僚(5万人)として任用し、大統領の手足のように動かす。
・気候危機対策の規制を大幅に緩和し、化石燃料産業へのテコ入れを行う。
・女性やLGBTQ等の人種的マイノリティに対する施策を大幅に縮小する
・不法移民を強制送還する
・大企業や富裕層に対し、大胆な減税策を行う等
実はこれらはすべて、トランプ氏がこれまで支持者に訴えていた内容だ。それを氏に擦り寄るシンクタンクが実効的な政策として詳細に記している。アメリカ社会を50年〜100年前に逆戻りさせるだけでなく、世界への影響も計り知れない。
いまアメリカではトランプ氏もバイデン氏も嫌がり、投票の棄権を表明する若者が多くいる。投票率が下がれば激戦州の勝敗に影響し、トランプ氏が大統領に返り咲く可能性が強まるが、もしそうなればこのように恐ろしい政策が実行されるかもしれないのだ。
バイデン大統領はこの計画書を批判していたが、トランプ氏が銃撃された今となってはそれも難しくなっている。というのも、暗殺未遂事件が発生したタイミングはまさにこの「プロジェクト2025」がグーグル検索を賑わせ、テイラー・スウィフトの検索数を超えたというニュースまで出てきた直後のことだった。
事件を受け、トランプ氏の副大統領候補に指名されたヴァンス上院議員は「狙撃が起きたのは、プロジェクト2025を批判し、トランプ氏を独裁者やファシストと呼んだバイデン大統領の責任だ」とXで非難した。こうなると言った者勝ちで、バイデン氏もしばらく過激な批判はできなくなるだろう。
■「少数の白人で多くの非白人を支配する」という野望
共和党が独裁者然とするトランプ氏を担ぐのには、党の存続にかかわる切実な背景がある。
アメリカはここ近年、急速に人種が多様化している。移民によるPOC(ピープル・オブ・カラー)の人口増加で、今や若者の半分近くが非白人だ。彼らの7割近くが、社会保障に手厚く、女性やLGBTQ、移民の権利を拡大している民主党を支持している。富裕層への増税も、経済的に苦しい若者たちからの支持が根強い。
逆に、共和党支持者の核は年配の白人男性だ。その白人が2045年にはマイノリティになる。だからそれまでに白人党である共和党にすべての権力を集中させたい。つまり、マイノリティがマジョリティを支配する国を作る、そのための計画が「プロジェクト25」なのだ。トランプ氏を王様のように担ぎ上げた最高裁の判断も、これで説明がつく。
こうした考え方が、自分たちのアイデンティティを奪われてしまうような気持ちになっている白人層に響いているのだ。
■この事件は本選にどのような結果をもたらすのか
一方で共和党支持者の中にも、あまりに極右で過激なやり方に反感を持つ者も少なくない。そうしたMAGA党(トランプ党)を嫌がる中道的な市民の受け皿として、民主党も同じ白人のバイデン氏を擁立している。つまり新しい候補者を立てるにしても、中道右派からリベラルまで幅広い層が全員納得する候補者など、今どこにもいない。
「バイデン下ろし」で分断している民主党は、バイデン氏続投にしろ新たな候補者を立てるにしろ、空中分解してトランプ氏に打ち負かされるリスクを抱えている。
ラボのZ世代メアリーは2022年の中間選挙を挙げて、こんな意見を述べてくれた。
「レッドウェーブが来る(共和党が大勝する)と予想されていたけれど、結局そうはならなかった。トランプ氏は絶対に嫌だという人はたくさんいる。だからまだ希望を捨ててはいけない」
とはいえ、暗殺未遂事件を経てトランプパワーはかつてないほど膨れ上がり、バイデン大統領と民主党の前に高い壁のように立ちはだかっているのは確かだ。この事件が11月の本選にどのような結果をもたらすのか、アメリカ国民は固唾をのんで見守っている。
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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。
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