高速で駆け抜けるスポーツカーを見守るたくさんの観衆。だが、どのクルマにも「ドライバー」はいない(写真:A2RL)

4月27日、アブダビで開催されたAbu Dhabi Autonomous Racing League(A2RL)と名づけられたレース大会。このイベントの最大の特徴は、自動運転AIによって順位を競うことだ。

イベントの模様はインターネットで中継され、全世界で60万人以上が”高速無人カー”の競争を見守った。

レースのために「特殊な車両」を用意

アブダビ先端技術研究評議会(ATRC)の技術およびプログラム開発組織であるASPIREが管理運営するこのイベントは、次世代の技術を担うSTEM人材の育成も兼ねている。そのため参加チームは、大学や研究機関を中心とする若手のプログラマーや技術者で構成された。

【写真】アブダビで開催されたレースでズラリと並んだ”AIレーシングカー”やレースの様子

レースで使用するレーシングカーには、日本のフォーミュラカーレース「スーパーフォーミュラ」用に開発されたダラーラ社製の「SF23」がベース車両として選ばれた。そして、通常ならドライバーが乗り込むSF23のコックピット部分に、ASPIREが用意する自動運転用コンピューターシステムを搭載。さらに車体各部にはLiDARやレーダー、GPS、コンピュータービジョン用カメラなどを備えたA2RL仕様とし、各チームに同一条件で供給する。


コンピューターシステムの仕様を解説する公式動画(A2RL公式YouTubeチャンネル)

参加チームのプログラマーたちは、供給されたマシンに搭載された各種センサーからの情報をいかに処理し、運転操作に反映するかを連続的に判断・処理するAIアルゴリズムを開発、レースでその能力を競うのである。

近年、自動車に搭載される先進運転支援システム(Advanced Driver-Assistance Systems:ADAS)は機能の向上を重ね、ドライバーの運転ミスによる交通事故、事故による死亡者数の減少に効果を発揮している。そして、ADASの機能を進化させた先に見えてきたのが自動運転の実現だ。

アメリカのハイウェイや日本の高速道路のような、ある程度環境が整備され、周囲の状況が予測しやすい場所で、ドライバーがハンドルやアクセルを操作しなくても自律的に走行できる市販車はすでにある。しかし、一般道を含むあらゆる道路環境、交通状況で安全に走行できるような完全自動運転は、まだ実現できていない。

アメリカ・グーグルの子会社、ウェイモ(Waymo)やゼネラルモーターズの子会社、クルーズ(Cruise)などによる公道試験走行でも、予期せぬ物との衝突が発生し続けている。2018年には横断歩道ではないところを、自転車を押して横断していた女性がウーバーの自動運転テストカーにはねられて死亡する事故があった。これは横断歩道でない場所を渡る歩行者を、ウーバー車のAIが想定していなかったことが原因とされている。また、今年5月にもウェイモの自動運転タクシーが、呼び出された場所に向かう途中で道路脇の電柱に衝突する単独事故を起こしている。

準備段階から始まるレース

完全自動運転車が広く普及するには、予測不能な咄嗟の出来事に対して、技術的な限界値を使い切って対処するエッジケースと呼ばれる状況を克服する必要がある。A2RLは、そんな状況に対処できる完全自動運転の技術開発を、モータースポーツ競技とAIによって促進する試みだ。


Abu Dhabi Autonomous Racing Leagueでズラリと並んだAIレーシングカー(写真:A2RL)

ASPIREのエグゼクティブディレクターであるトム・マッカーシー氏は「通常はドライバーがすべての操作を行うが、この競技では実際にマシンを動かすのはプログラマーの腕前だ」と述べ、「最終的にはマシンがトラックをできるだけ効果的かつ効率的に、そしてできるだけ速く走行し、他車などの障害物を回避し、それらのマシンを追い越す機能を導入する必要がある」と言及した。

マシンの物理的なセットアップとは異なり、プログラムを開発するにはそれなりの時間が必要となる。そのためASPIREは、あらかじめSF23をドライバーによって走らせたテスト走行のデータを各チームに提供し、さらにはレースシミュレーターを使用する機会を各チームに与えた。またレース開催前にはレース会場のヤス・マリーナ・サーキットを2週間貸し切り、各チームが実際にマシンを走らせながらAIやマシン制御プログラムを強化できるようにした。


実走行のデータに基づいたAIを搭載(写真:A2RL)

なお、プログラミングの考え方次第で、マシンは攻撃的な走りをするようにもなるし、守備的な走りに徹するようにもなる。周囲のマシン状況に応じて他車を追い越すモードと、後ろから迫る他車をブロックするモードをAIが判断し切り替えられるようにもできるはずだ。

こうした一連の機能開発が、各チームのマシンの走り方の違いを生み出す要素となる。また、その開発過程が「ストレステスト」の役割をも果たし、公道上での自動運転車の安全性を向上させるとASPIREは説明している。

レース当日のヤス・マリーナ・サーキットには、UAEと中国の合同チームであるFly Eagle、UAEとシンガポールの合同チームKinetiz、アメリカのCode 19、ドイツのミュンヘン工科大学(TUM)とコンストラクター大学、ハンガリーのHumda Lab(セーチェーニ・イシュトヴァーン大学が協力)、イタリアからはPoliMOVE(ミラノ工科大学)とUnicmore(モデナ大学)という全8チームが集結した。

しかし、走行セッションが開始すると、出場チームの多くが準備不足を露呈した。単独走行でもマシンが突然蛇行したり、コースを外れたり、コース脇のバリアにぶつかったりする場面がいくつも見られたのだ。A2RLによれば、多くのチームがセンサーからのデータを分析・処理するアルゴリズムの開発部分で手間取っていたようだ。


一筋縄にはいかなかった初回レース(写真:A2RL)

例えば、アメリカの新興チームCode 19は、経験不足による開発の遅れのためか、マシンが次に行うアクションを算出するのに、主にGPSのデータに頼る状況から抜け出せていなかったという。

一方、ほかの自動運転レースへの参加経験を持つPoliMOVEなどは、GPSよりもLiDARなどからの情報を基にさまざまなリスク計算を行う、より実用に近い自動運転手法を採用した。その結果、単独走行では最高時速250kmを超え、参加チーム中最も速い、2分を切るラップタイムを記録した。

続いて行われた予選セッションでは、1台ずつコースを走り、記録したタイムによってスタート順位を決定する。ここでもチームの技術力と経験の差が表れ、自動運転に関連する経験値の高いPoliMOVE、Unimore、TUM、コンストラクター大学の4チームが予選通過を決めた。

予測不能な決勝レース

全8周で行われる決勝レースは、ゆっくりとしたペースで始まった。これは、運営側が最初の2周を追い越し禁止にし、各チームがマシンをチェックできるようにしたためだ。

そして実質的なレース開始となるはずだった3周目に、最初のトラブルが発生してしまう。首位のマシンがスタートラインから加速し始めたとき、なぜか3番手のTUMのマシンが最終コーナーで停止してしまったのだ。4番手のコンストラクター大学のマシンも、TUMのマシンの後ろで立ち往生してしまった。

仕切り直されたレースは、続く4周目でようやく競走を開始した。1位PoliMOVE、約2秒遅れで2位Unimoreが追走する様子は、生身のドライバーが運転するのと大きく変わらないようにも見えた。


生身の人間が操縦しているかのような走りを見せた(写真:A2RL)

ところが、コースを半周ほどしたところで、こんどは首位のPoliMOVEがコーナリングを失敗しスピンしてしまう。全速力で追いついてきたUnimoreのマシンはレーシングラインを維持してコーナーに飛び込んだが、幸いにもマシン同士が接触することはなく、UnimoreはPoliMOVEのすぐ脇を通過できた。PoliMOVEのマシンは走行を再開できず、レースはここで一時中断されることになった。

約30分後、全7周に短縮されたレースは5周目から再スタートした。6周目には首位を走るUnimoreに対し、約1秒差で食い下がるTUMという構図ができあがったが、次の瞬間、このレース最大のハイライトが訪れた。

ドラマチックな展開へ

短いストレートから左へ切り込んでいくターン5へのアプローチで、首位のUnimoreが、ブレーキをロックさせて大きく速度を落としてしまったのだ。そこへ追いついてきたTUMの青いマシンは、開いたイン側を突くようにすり抜け、高い速度を維持してバックストレートへと走り去っていった。

TUMの華麗な走りは、終始ドタバタに思えたこの自動運転レースにおいて最も見応えある追い越しシーンとなり、当初は完走も危ぶまれた同チームが最初の勝者として、始まったばかりのA2RLの歴史に名を刻んだ。


トラブルに見舞われたものの、見せ場もあり盛り上がった(写真:A2RL)

A2RL初のイベントでは、すべてのチームがまだまだ未熟なソフトウェアの信頼性や技術的な問題に悩まされ続けた。それでも、AIアルゴリズムを搭載する自動運転レーシングカー4台を初めて同時にサーキットで競わせ、少なくとも一部のチームは、なかなか見応えのある速度で走れるようになっていた。今後、各チームともさらにAIを鍛え、アルゴリズムを改良していけば、何年か後にはマシンの限界に近い速度で、人間のドライバーさながらのバトルを見せる無人のマシンをコース上で見ることができるようになるかもしれない。

A2RLは、少なくとも4年間は年に1回以上のレースを開催すると述べている。ここから市販車にフィードバックされる技術が生まれてくることに期待したい。

(タニグチ ムネノリ : ウェブライター)