石油は現代社会において自動車や発電の燃料として使われているだけでなく、プラスチックやバニラアイスクリームの製造など幅広い分野で用いられています。近年は気候変動対策として、石油をはじめとする化石燃料の使用量削減に向けた取り組みが進んでいますが、果たして人類は石油なしでも生きていけるのかどうかについて、科学系メディアのLive Scienceが解説しています。

The 165-year reign of oil is coming to an end. But will we ever be able to live without it? | Live Science

https://www.livescience.com/planet-earth/climate-change/the-165-year-reign-of-oil-is-coming-to-an-end-but-will-we-ever-be-able-to-live-without-it



石油の使用が一般的になる前の17〜19世紀にかけて人類は数百万頭ものクジラを商業捕鯨で捕獲し、死体から取れる鯨油を燃料や機械の潤滑油、食品の原料などに使ってきました。当時の社会は大規模な商業捕鯨なしでは回らなかったはずですが、記事作成時点では商業捕鯨がほとんど禁止されているにもかかわらず、人類は社会生活を営むことができています。

商業捕鯨がなくても社会が回るようになったのは、鯨油以外で十分な量の燃料や原料を産出できるようになったためです。近年は気候変動対策として石油の使用量削減が急務となっており、石油以外のエネルギー源に移行するための技術革新が進んでいるため、いずれ「石油なしの社会」が到来するようにも思えます。果たして本当に人類は石油なしで生きていけるのかどうかを解説するに当たり、Live Scienceは石油の歴史からさかのぼって説明しています。

◆石油の台頭

実は人類が石油を使い始めたのはここ数百年のことではなく、約4万年前には現代のシリアに住む人々が原油の副産物である天然アスファルト(歴青)を使って道具を作っていたことがわかっています。同様の物質をメソポタミア人はボートの防水に、バビロニア人は建造物に、エジプト人はミイラの防腐処理に使っていたとのこと。さらに中国では紀元前500年頃から原油を燃やして熱源や照明にしていたほか、西暦4世紀には竹製のパイプで石油を輸送していたそうです。

しかし、石油が大規模に求められるようになったのは、1859年にアメリカ人のエドウィン・ドレークがペンシルベニア州で機械による石油採掘を行い、地下21mの貯留層にある石油を採掘してからといわれています。ドレークの油田によって近代石油産業が始まり、今や交通や物流、発電、製造業、その他農業や医療に至るまで幅広い分野で石油は必要不可欠な存在となっています。



◆自動車・航空機・船舶

すでに一部の産業では石油からの脱却が起きつつあります。たとえば発電に使われる化石燃料の割合は先進国を中心に減少傾向で、日本国内の発電量に占める化石燃料の割合は2022年の72.4%から、2023年には66.6%まで減少しています。また、電気自動車の台頭も石油使用量の大幅な減少に寄与するとみられています。

国際エネルギー機関が発表した以下のグラフは、2018年の世界全体における石油の用途を表したものです。2018年の時点では全体の約50%が自動車やバイクなどの車両が占めていますが、2030年には世界の自動車市場の約3分の2が電気自動車になると推定されており、車両による石油使用は今後数十年で急落すると予想されます。



また、燃料を石油に大きく依存している航空業界でも改善は進んでおり、近年の航空機は約40年前の航空機よりもはるかに燃料効率が高いとのこと。バイオマス原料からなる持続可能な航空燃料(SAF)の使用量を増やすことも、航空業界における石油使用量削減の鍵を握っています。ボーイングは2030年までにすべての民間航空機をSAFで飛行可能にする計画を立てており、2050年までに航空燃料の30〜45%がSAFに置き換わるという試算もあるとのこと。

一方、最も石油燃料の置き換えが難しいと考えられているのが海運業界です。世界の物流を担っている大型船舶は建造に莫大(ばくだい)な費用がかかるため、既存の船舶をエネルギー効率のいい船舶や石油以外の燃料が使える船舶に置き換えること自体が困難だとのこと。水素燃料を石油の代替に使用するフェリーや小型船のテストも進んでいますが、水素燃料を使う大型外洋船はまだ設計段階であるため、海運業界は今後数十年は石油を大量に消費するだろうとみられています。



◆プラスチック

石油から作られるプラスチックは非常に安価であり耐久性も強く、汎用(はんよう)性も高いため、食品の包装や医療機器など幅広い分野で利用されており、一部のプラスチック製品は簡単に別の製品で代替することができません。

特に使い捨て注射器や点滴バッグ、カテーテル、使い捨て手袋、ベッドのシーツなどのプラスチック製品は病院の至るところに使われています。単に安価で耐久性に優れるだけでなく、無菌であるため感染症の拡大を抑える上でもプラスチック製品は有用であるため、今後も医療分野においてプラスチック製品が使われ続けるとみられています。

記事作成時点では、石油から作られるプラスチックがあまりにも安価であるため、コスト面で石油フリーのプラスチック製品は競合できません。植物などを原料にしたバイオプラスチックは有力な代替品と目されていますが、バイオ原料である大豆などを栽培するには広い農地が必要であり、バイオマスに注力しすぎると人間の食糧生産に影響が及ぶ可能性もあるため、問題解決は簡単ではないとのことです。



◆石油社会の終わりの始まり

このまま技術が進歩すれば、ある時点で太陽光や風力といったクリーンエネルギー技術が非常に安価になり、多くのコストを費やして石油を掘削することが割に合わなくなるとみられています。まずは、危険でコストもかかる未知の油田を探索するための掘削が行われなくなり、やがて通常の掘削もコスト的に見合わなくなるとのこと。

今後数十年はサウジアラビアやアメリカを中心に石油生産が続けられるとみられていますが、イギリス・エクセター大学の複雑性科学者であるフェムケ・ナイセ氏は、2065年までに世界の石油使用量は95%削減されるだろうと期待しています。その場合、航空業界と海運業界が、多くの石油を使用する最後の主要産業になると予想されるそうです。

科学系メディアのLive Scienceは、「脱炭素化を推し進めるということは、石油が私たちの歴史の中で一過性のものとなることを意味します。石油に対する私たちの選好は消えていき、産業捕鯨のようにほんの少しの拠点が残るだけになるでしょう。今から50〜100年後、アメリカの石油採掘基地や掘削場は、西部に散在する廃坑博物館やゴールドラッシュのゴーストタウンのようになるかもしれません」と述べました。