“聖地”をめぐって高校野球界が揺れている

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“クーリングタイム”も継続

 日本高等学校野球連盟(以下、日本高野連)は4月19日、第106回全国高校野球選手権、いわゆる夏の甲子園大会において、暑さ対策のために一部の日程において試合を午前と夕方に分ける二部制を試験的に実施することを発表した。【西尾典文/野球ライター】

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 大会第1日は午前8時30分から開会式、午前10時から第1試合を行い、午後4時から第2試合、午後6時30分から第3試合を行う。

 大会第2日、第3日は、午前8時から第1試合、午前10時35分から第2試合を行い、第3試合を午後5時の開始とする。また、準決勝の第1試合も、昨年から1時間早い午前8時、決勝も昨年から4時間早い午前10時の開始と変更された。日中の気温が高い時間帯での試合を避けることが狙いだ。

“聖地”をめぐって高校野球界が揺れている

 近年の温暖化の影響で、7月、8月は最高気温が35℃を超える“猛暑日”となる日が多くなった。そんな暑さの中で激しい運動を行うことは選手の健康を害する危険性が高い。そのため、昨年の大会からは5回終了時に10分間のクーリングタイムを導入し、今大会でも継続するという。

 近年は、暑さ対策以外にも投手の球数制限、延長戦でのタイブレーク、雨によって試合途中で続行が不可能となった際の継続試合、反発力の低い新基準の金属バットの導入など、あらゆる面で改革が行われている。影響力が大きいがゆえに批判されることも多い高校野球、日本高野連だが、改善に向けての努力を続けていることは間違いないだろう。

甲子園での開催ありきの改革

 ただ、それでも今回の二部制の導入に対して、称賛する声が多い印象は受けない。その理由として考えられるのが、あくまでも「8月に全試合を甲子園で行う」ための改革だからではないだろうか。甲子園は高校野球にとっての“聖地”であり、そこで大会を続けることが大前提となっているように感じられるのだ。
 
もちろん、甲子園を“聖地”として扱うことに対するメリットも存在している。長年名勝負が繰り広げられてきたことによって、甲子園大会というものがコンテンツとして大きな魅力を持ち、野球の普及や競技レベルの向上に繋がったという面はたしかにあるだろう。

 海外のプロスポーツでも歴史と伝統のあるチームのホームスタジアムはファンや関係者にとって誇りの対象となり、それがチームの価値を高めているという部分は確かにある。甲子園は今年でちょうど100周年を迎えており、長く高校野球の歴史に貢献してきた場所という認識は誰もが持っているはずだ。

 では、高校野球の現場は実際、どう感じているのだろうか。今回の二部制の導入や甲子園での開催にこだわることについて、複数の指導者に意見を求めたが、諸手を挙げて賛成という声は聞かれなかった。

「そこまで暑さ対策するなら…」

 選手としても指導者としても、甲子園に出場経験がある指導者はこう話す。

「子どもの頃から当然、テレビで甲子園を見ていましたから、それを目指すというのは自然なものでした。出場した時はもちろん嬉しかったですし、独特の雰囲気があります。ただ、選手の時も今もそうですけど、やっている方は必死で、そこまで感慨に浸っているわけではないですからね。最近の選手はもっとドライで、“(甲子園が)思っていたよりも小さく感じました”っていう選手もいます。伝統がある大会を守ることはもちろん大事ですけど、全試合を甲子園で行う必要はないとも思いますし、暑さ対策とか選手への負担を考えるのであれば、日程とか大会のやり方も考える必要があるのかもしれませんね」

 極端な意見としたうえで「そこまで暑さ対策するなら京セラドームで大会をやった方が早くないですか?」という指導者もいた。もちろん「何が何でも今のやり方でやりたい」という意見もあるかもしれないが、現場の多くの指導者や選手がそこまで今のやり方にこだわっているわけではないだろう。

 昨年の夏の甲子園で優勝を果たした慶応の森林貴彦監督も、大会中の取材で以下のように話している。

「甲子園に出ても試合まで間があると1週間待って、1試合だけして負けたら帰るわけじゃないですか。例えば、負けたチーム同士でどこか球場を借りて裏トーナメントや裏リーグ戦をやっても良いのかなと。せっかく全国からいいチームが集まっているわけですから、そういう交流ができたらいいなあと思います」

午前中だけ高校野球、夜はプロ野球

 こういった意見や選手の健康面、さらに交流や成長を考えるのであれば、今の大会方式を見直すことも必要ではないだろうか。例えば、開会式と決勝戦など一部の試合を甲子園で涼しい時間帯に行い、会場を分散させるというのも一つの方法である。また、甲子園での開催にこだわるのであれば、阪神球団やNPBと協議して大会期間を延ばし、午前中だけ高校野球、夜はプロ野球という方法もあるのではないだろうか。

 冒頭で触れたように、近年多くの改革が行われていることは事実だが、現在の猛暑や現場の声を考えると、まだまだ検討すべきことは多いはずだ。これまでの伝統を守りつつ、より良いものにするために、さらなる議論を進めていくことを望みたい。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部