トーナメント戦でいい?高校野球"常識"覆す挑戦
元甲子園球児の阪長友仁は、高校野球に新たな価値をつくろうと奔走している(写真:阪長友仁)
高校通算140本塁打を放った花巻東高校の佐々木麟太郎がプロ野球(NPB)に進まずアメリカのスタンフォード大学に進学するなど、日本の学生野球ではキャリアの選択に変化が生まれつつある。
「もっと個人の活躍が評価されるようになるべきだ」
そう指摘するのは、メジャーリーガーを育てる中南米野球の仕組みを学び、高校野球に「前代未聞の機会」をつくろうとしている元甲子園球児だ。その挑戦を追った。
日本の高校野球は「負けたら終わり」のトーナメント戦
甲子園球場で春のセンバツが開催されている最中、高校野球に「新たな価値」をつくろうと奔走している元甲子園球児がいる。
新潟明訓高校出身で、立教大学時代に和田毅(ソフトバンク)と対戦したこともある阪長友仁だ。
自著を持った阪長さん(写真:阪長友仁)
「昨年の6月頃、海外野球に精通する方と『日本のアマチュア野球はもっと個々の活躍を評価できる仕組みにしないと、優秀な選手を漏れなく拾い上げることができない。個人としても、十分に経験を積めない』という話になりました。
確かに、勝ち続けないと8月の全国大会に出られません。甲子園でプレーするのはすごく大きな財産になる一方、勝ち続けないとその経験を積めない仕組みは野球界にとっていいのか。
そう感じ、自分でつくろうと思いました」
高校野球の公式戦は秋、春、夏とすべてトーナメント戦だ。
2023年夏の甲子園を制した慶応高校は年間28試合の公式戦を経験したが、すべて1回戦敗退の場合は年間3試合しか戦えない。
昨年夏の地方大会には3486チームが参加したものの、半数の1743チームは1試合で姿を消した。
日本の高校野球は「極端な格差」を生み出す仕組みなのだ。
世界に目を向けるとアメリカや、多くのメジャーリーガーを輩出する中南米の同世代はリーグ戦で行われている。
高校年代は「選手の育成」が最大の目的で、「負けたら終わり」のトーナメント戦より「負けても次がある」リーグ戦のほうが選手にとって成長機会を得られるのは間違いない。
日本でもサッカーやバスケットボールではそう考えられ、高校世代ではトーナメント戦からリーグ戦に移行されてきた。
ラグビーでは今春、鳥取県の高校で部活動の顧問が「トーナメント開催は、もう限界に来ているのではないか」と声を上げてニュースになった。
かたや、日本の高校野球は「当たり前」のようにトーナメント戦を続けている。
個人が経験を積める場所を作る
主催者の新聞社がつくり上げた「負けたら終わり」の一発勝負は単純明快で、甲子園で数々の名勝負を生んできた背景にもあるだろう。
だが本来、高校生年代は選手として成長段階だ。
それなのにトーナメント戦では高校生時点で実力的に上の選手たちばかりチャンスが与えられ、大器晩成型は不利になる。
プロ野球に目を向ければ、秋山翔吾(広島)や則本昂大、荘司康誠(ともに楽天)のように高校卒業以降に大きく伸びた選手も少なくない。
阪長は、青年海外協力隊で中南米に派遣された頃に現地の野球を視察し、日本の仕組みに疑問を感じ始めた。
「強豪校に進んでも、1回も公式戦に出場せずに終わる選手もいます。それはトーナメントというシステム上、『この選手は今、活躍できないだろう』と見られるからです。でも他のチームなら出場できる可能性もあるわけで、もっと個人が経験を積める場所があってしかるべきだと思います」
そうして実現に向けて動き、8月上旬から中旬に北海道で開催されるのが「リーガ・サマーキャンプ」だ。
強豪校で補欠に終わった選手や、地方大会で早く負けて消化不良の選手、大学進学へアピールしたい者など高校3年夏の大会を終えた約80人の3年生を募集し、4チームに分けてリーグ戦を実施する。
金属バットではなく、大学やプロと同じ木製バットを使用するのは、先のステージを見据えてのことだ。
日本ハムの本拠地エスコンフィールドHOKKAIDO
9日間で各チームが7〜9試合プレーする。メイン会場は栗山町民球場で、最終戦の舞台は日本ハムの本拠地エスコンフィールドHOKKAIDOだ。
エスコンフィールドHOKKAIDO(写真:阪長友仁)
「日本ハムの知人に挨拶に行ったら、『日程の都合さえつけば、どうぞ使ってください』とおっしゃってもらいました。まさかエスコンを使わせてもらえると思っていなかったので、すごくびっくりしました」
「高校野球を終えた3年生に成長の機会をつくる」という前代未聞の挑戦を始めた阪長は、数々の人に助けられて開催可能なところまで漕ぎ着けた。最初に手を差し伸べてくれたのが、メイン会場となる栗山町の人々だった。
「そんな機会をうちの町で企画してくださるなら、できる限り協力したい。球場の確保を含めて一緒に前向きにやりましょう」
当初、阪長は「北海道のどこかで開催できれば」と考えていた。2023年8月、夕張や野幌を視察に訪れ、札幌に戻る途中で「栗山町にも球場があったな」と立ち寄った。
ホームベースのほうからセンターバックスクリーンを眺めると、「北海道のこういう場所でやりたいと思っていた」と雄大な景色に一目惚れした。
(写真:阪長友仁)
左が阪長さん、右が栗山町の吉田政和教育長(写真:阪長友仁)
栗山町と相思相愛で結ばれ、まずは開催日程を8月上旬から中旬に設定した。
全国各地で夏の地方大会は7月後半に終わり、夏休みを考慮すると8月18日頃には全日程を終えたほうがいい。
旅行会社に相談し、宿泊費や交通費を含めた運営費を見積もると一人25万円程度と算出された。
できれば20万円程度に抑えたいのが本音だった。
例えばバスケットボールのウインターカップ(全国高等学校バスケットボール選手権大会)には冠スポンサーにソフトバンクがついているように、企業の協賛を受ければ参加費を抑えられる。
だが、高校野球では不可能だ。日本学生野球憲章により、選手やチームを商業的に利用してはならないと規定されているからだ。
「野球界の固定観念」を打破したい
「果たして、25万円の参加費でどれくらい集まってくれるのか」
阪長はアンケートをとると、400人以上の回答があった。参加を「ぜひ検討する」は36人、「検討する」は67人。「どちらとも言えない」が98人。約80人の定員は十分に見込める回答だった(3月25日時点)。
アンケートの対象は2023年の甲子園に出場した5チームを含め、「リーガ・アグレシーバ」の参加校だ。
リーガ・アグレシーバは高校野球にリーグ戦を導入しようと阪長が提案して2015年に大阪の府立6校で始まった取り組みで、現在は170校以上に広がっている。昨年夏の甲子園を制した慶応や、ベスト8に進出したおかやま山陽も名を連ねる。
木製バットや反発係数に制限を設けた金属バットの使用、投手の球数や変化球の制限、スポーツマンシップ講習の受講など、選手たちの成長につなげる制度設計が特徴だ。
慶応高校の森林貴彦監督(左)と(写真:阪長友仁)
「野球界にも新たな価値観が必要だと取り組み、慶応の優勝もあってそうした発信が増えています。『なければつくればいい』という発想はビジネスの世界では当たり前でしょうが、日本のスポーツ界ではそうでないところもあります。『高校野球は3年夏で負けたら引退』という固定観念がありますが、本当にそれでいいのか。固定観念の打破は今の日本社会に求められていると思うので、野球界から発信していきたい」
世界の「個々を伸ばす仕組み」は?
世界に目を向けると、「個々を伸ばす仕組み」がさまざまにある。
アメリカの大学ではサマーリーグという機会があり、夏休みに学生が費用を自己負担して参加する。自身の成長につながることに加え、奨学金の獲得やプロ球団にアピールする機会にもなるからだ。
ドミニカ共和国のサマーリーグでは、10代後半のプロ選手たちが3カ月間に72試合のリーグ戦を行う。実戦経験を重ね、8軍に当たる彼らはメジャーリーグへの昇格を目指していく。
翻って日本は「負けたら終わり」のトーナメント戦のため、実戦で成長する機会が得にくい。
勝たなければ次がないからチーム優先となり、個人が犠牲になることも求められるが、もっと自分をアピールする機会があってもいいのではないか。
阪長はそんな願いを込め、個人参加型の「リーガ・サマーキャンプ」を構想した。一般社団法人「Japan Baseball Innovation」を設立し、個人や企業から寄付を募って大会運営費に充てようとしている。
約25万円という参加料は決して安くないが、それだけの投資に見合う価値をつくり出せるか。
一定以上の競技レベル、大学側の視察、ネットワークの構築などが求められる一方、元プロの荻野忠寛(元ロッテ)と大引啓次(元オリックスなど)を招いて選手たちが自由に話を聞ける環境を整える予定だ。
好評だったコロナ禍の“例外的”な合同練習会
海外ではプロ球団や大学にアピールする「ショーケース」の機会は当たり前にあるが、日本でも4年前に“例外的”に行われたことがある。
新型コロナウイルスの感染が広がった2020年、春夏の甲子園大会が中止されたなか、日本野球機構(NPB)と日本高等学校野球連盟はプロを志望する選手を対象に甲子園と東京ドームで実戦形式を含めた合同練習会を開催したのだ。
東西でいずれも2日間開催されて計118人の高校3年生が参加し、「楽しかった」「刺激になった」と口をそろえた。
山下舜平大(現オリックス)や内星龍(現楽天)、豆田泰志(現西武)、土田龍空(現中日)らが同年のドラフト会議で指名されるなど好評だったが、残念ながら1回限りで終わった。
リーガ・サマーキャンプは個人の構想で始められる点で異なるが、多くの人を巻き込み、その価値を浸透させられるかが今後の発展にかかってくるだろう。
昨今、大谷翔平や山本由伸(ともにドジャース)など一流プロは若くしてメジャーリーグへの移籍を目指し、花巻東高校出身の佐々木麟太郎のように日本のプロを経ずにアメリカの大学に進むケースも増えてきた。
時代の価値観が大きく変わるなか、野球界にもその波は押し寄せている。
果たして受益者負担がどこまで成り立つのかという点を含め、リーガ・サマーキャンプの成否を注視したい。(敬称略)
(中島 大輔 : スポーツライター)