医師が推奨「がん患者の緩和ケア」なぜ大事なのか
「緩和ケア」は、延命効果が実証されている立派な治療法でありながら、その内容が正しく伝わっていないのが現状です(写真:nonpii/PIXTA)
日本人が一生のうちにがんと診断される確率は2人に1人。「国民病」と言われながら、その特徴や治療法について詳しく知らない人がほとんどです。 とくに「緩和ケア」は、延命効果が実証されている立派な治療法でありながら、その内容が正しく伝わっていないのが現状です。患者さんの家族も「第2の患者」として緩和ケアの対象となります。その正しい姿について、腫瘍内科医の勝俣範之氏が解説します。
※本稿は『あなたと家族を守る がんと診断されたら最初に読む本』から一部抜粋・再構成したものです。
緩和ケアには、オプジーボに匹敵する治療効果がある
がんの治療でまだまだ誤解が多いのが緩和ケアについてです。
緩和ケアと終末期ケアを混同されている方がたくさんいらっしゃいます。
最も効果が期待できて、保険適応である「標準治療」は常に最善の医療を求めて進歩していますが、最近では「手術」「放射線治療」「薬物療法」の3大治療に加えて、緩和ケアや緩和医療が第4の治療として標準治療の1つに位置付けられています。
2010年に世界的権威のある医学雑誌の1つ、『The New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)』に、緩和ケアに関する論文が発表されて医学界に衝撃が走りました(文献:N Engl J Med. 2010;363(8):733-42.)。衝撃の理由は、緩和ケアによる延命効果が実証されたのです。
研究の第一筆者は腫瘍内科医のジェニファー・テメルさんという女性です。手術が難しい進行肺がん患者さんたちに対して、抗がん剤治療のみを行うグループと、抗がん剤に加えて月に1度の緩和ケアチームの外来受診を行うグループとにランダムに割り付けて、結果を比較しました。すると、早期緩和ケアを受けていた患者さんは生活の質が高く、うつ症状も少なく、しかも生存期間が2.7カ月も延長しました。
この2.7カ月の延長は、ノーベル賞を受賞したオプジーボの肺がんに対する生存期間の延長が2.8カ月ですから、最先端の抗がん剤に匹敵する治療効果をもたらす可能性を示したわけです。大変に画期的なことでした。
この研究では進行がんと診断されたときから、緩和ケアの専門医やがんの専門看護師がチームを組んで関わりました。最初は患者さんに体の痛みなどはなく、チームは生活の質を向上させる相談や、治療法選択の意志決定支援などに関わっていました。
つまり、患者さん本人が元気なうちに、自分の病状を理解して、治療法を選べるようになったことがとても大きかったのです。
緩和ケアには副作用はありませんし、メリットの少ない終末期の抗がん剤を減らして生活の質を上げることもできました。
こうして科学的根拠が明らかになり、緩和ケアは標準治療の1つと考えられるようになりました。
がんと診断された直後から緩和ケアを始めるのが欧米の主流
日本ではまだまだ誤解されている面がありますが、緩和ケアは治療の手立てがなくなった患者さんに対して行われるものではありません。欧米では、がんと診断された直後から、標準治療と緩和ケアは同時進行で行われるべきという考え方が主流になっています。
なぜなら、患者さんやご家族にとって、がんと診断された直後が最も精神的な苦しみが強いからです。今後の治療や生活のことなど心の負担も大きくなります。そうしたことからも早くからケアする必要があると、昨今は考えられています。
WHO(世界保健機関)も、生活の質や人生の質を高めるのが緩和ケアの本質だと定義しています。
さて、緩和ケアでは、患者さんの苦痛を4つの要素でとらえています。心理的苦痛、身体的苦痛、スピリチュアルペイン、社会的苦痛です。
社会的な苦痛には、思うようにお金が稼げなくなることだけでなく、社会から取り残される痛み、好きだった仕事ができなくなった痛みも含みます。社会的な孤独や、それによって生じる夫婦関係のひずみにも、医療として対応しようということです。
スピリチュアルペインについては、日本では信仰や霊的なものと結びつけて考える傾向がありますが、もっと広い概念です。どちらかというと人生の意味や目的に関わることで、がんになった私は生きていていいのだろうかとか、死ぬのが怖いというようなものです。死に対する恐怖は人としてとても当たり前のことですね。
一方で、心理的な痛みというのはどちらかというと精神科の範疇になります。うつ状態になったり、適応障害になったりしたときは医師の診療の対象です。
スピリチュアルペインに対する対応は、簡単ではないと思いますが、医療者が寄り添い、共感的に対応する、医療側と患者さんとでコミュニケーションをとるところから始まると私は考えています。
患者の家族も「第2の患者」として緩和ケアの対象
そもそも病気の治療は、がんに限らず、単に治すことだけが目的ではありません。緩和ケアの究極の目標も、患者さんの人生を、より良いものにしていくことです。
緩和ケアを受けたいと思ったら、全国にあるがん診療連携拠点病院で対応する機能が整えられています。それ以外の病院でも緩和ケアを提供しているところもありますし、在宅医療の一環として受けることもできます。
さらに、がん患者の家族の人も、第2の患者として、緩和ケアの対象となります。
治療に耐えている患者さんを見て、「家族なのに自分は何もしてあげられない」「どう声をかけていいのかわからない」という無力感のようなものにさいなまれる方がとても多いのです。それが高じて、患者さんが苦しんでいるのだから、自分が楽しんだり、喜んだりしてはいけない、我慢しなくてはいけないという気持ちになり、自分の趣味や娯楽などを諦めてしまう方も珍しくありません。しかし、ご家族の方が自身の生活や気持ちを犠牲にするようなことがあると、決してよい結果は生まないものです。
がんとは長い付き合いになります。肩の荷を下ろし、時には自分の時間を持つことも大切です。辛いときや苦しいときは、ご家族のほうから、患者さんの担当医や看護師に遠慮せずに相談してください。精神腫瘍医や心療内科医などメンタルケアの専門家に紹介してもらうこともできます。だれに聞いていいかわからなければ、全国にある、がん相談支援センターに相談すれば、有用な情報を教えてくれるはずです。
がんとは共存していく時代です。決して一人で対処しようと思わずに、常に周囲に助けを求めていただきたいと思います。
(勝俣 範之 : 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授、部長、外来化学療法室室長)