「あたり前田の〜」「キムタク」耳に残る言葉の秘密
若い人には伝わらない昔のギャグや言い回し、テレビCMで流れていた人気のフレーズはなぜ耳に残るのでしょうか(写真:metamorworks/PIXTA)
スマホ社会の現代日本。
若者たちは黙々と動画やゲームの画面と向かい合い、用事は絵文字を含む超短文メールを素早く打つばかり。
時間を割いて他人と会って話すのは「タイパが悪い」とすら言う彼らと、「生きた」日本語の距離がいま、信じられないくらい離れたものになっています。
言い換えるならそれは、年配者との間の大きなコミュニケーションの溝。
「日本人なのに何故か日本語が通じない」という笑えない状況は、もはや見過ごせませんが、「その日本人同士と思うところが盲点」と、話すのは、言語学者の山口謡司氏。
『じつは伝わっていない日本語大図鑑』と題された一冊には、日本人ならハッとする指摘が満載。
その中から、会話が通じない「落とし穴」になりがちな日本語の興味深い例を紹介しましょう。
テレビCMで流れていた人気フレーズ
「ピアノ売ってチョ〜ダイ!」「電話してチョ〜ダイ!」
コメディアン・財津一郎氏の甲高い声が印象的な、中古ピアノ買取会社のテレビCM。
約20年間、ほぼ同じ映像を流し続けたこのユニークなCMが、昨年10月に財津氏が心不全で死去したため、お茶の間から消えてしまったことを惜しむ人が多いと聞きます。
伝えられるところによれば、スポンサーのタケモトピアノの竹本功一会長は、長い歳月の間で何度か映像構成を変えようとはしたのだとか。
しかし、そのたびに、「変えないで。このままがいい」というお客様の声がたくさん届いて断念したのだそうです。
このCMに財津氏が起用されたのは、最高視聴率60%台を記録したあの伝説の超人気コメディ時代劇『てなもんや三度笠』(TBSテレビ系列/1962〜1968放映)がそもそものきっかけ。
素浪人の役で出演していた財津氏が、「ゆるしてチョ〜ダイ!」の迷ゼリフをしょっちゅう叫んでいたことがベースになっているのだといいます。
若き日の竹本会長が、そんなフレーズもろとも財津氏の大ファンとなり、それが後年、CM出演依頼のご縁へとつながっていったのだと。
いつも目にしていたテレビCMの裏に、かれこれ60年の歴史が連なっていたことを今の若い方たちが知ったら、きっと「へぇー」と驚くのではないでしょうか。
ところで、『てなもんや三度笠』といえば、「あたりまえだのクラッカー」という、一大流行語を生んだことでも知られています。
日本中を笑いの渦に巻き込んだこのお化け番組のスポンサーは一社提供で、前田製菓というお菓子メーカー。
毎回、生コマーシャルの体で、主演の藤田まこと(浪人:あんかけの時次郎役)が商品を手に出てきて、「俺がこんなに強いのも、あたりまえだのクラッカー」と見栄を切る――。
日曜日の夕食どきにあたるベストタイムもあいまって、このフレーズはたちまち全国に広まっていきました。
大人も子どもも、「当たり前だよ」と言いたいときには、こぞって「あたりまえだのクラッカーさ」と返したといわれ、その言葉が相当な数の日本人の頭にすり込まれていったことは想像にかたくありません。
ひょっとしたら今なお年配者の中には、このフレーズを口にしている方もいるかもしれません(つい出てしまった場合や、ふざけて言ってみせた場合も含めてですが)。
洒落や語呂合わせ…「旧い言葉」は面白い
じつは先日のこと。
とある広場のベンチに腰掛けていたら、すぐそばで高校生数人がスナックの袋から中身を取り出しながら楽しそうにおしゃべりをしていました。
そのときふと、何気なく袋の表面に目がいったのでしたが、そこにはなんと『あたり前田のクラッカー』という商品名がくっきりと!
彼、彼女らはおそらく名前の由来を知るべくもないでしょうが、いまだそのフレーズが商品とともに脈々と生きていることに、驚きを超えて感動すら覚えてしまいました。
世代間のコミュニケーション・ギャップが問題にされるとき、若い人たちからは、旧い人々による何だか変な口癖や、よくわからない言い回しがある、と言ってきます。
適当にスルーはしているけれど、あれはどう反応すればいいのか、などと。
しかしながら、日本人が日常生活の中で長く育んできた言い回しには、ずっと残ってきただけの魅力があるのは確かです。
リズムに魅力がある日本語
リズミカルな韻が踏まれていたり、洒落がきいていたり、語呂合わせが面白くはまっていたり、時には風流な趣きすら、そこにはあります。
日本人の心に届くというか、日本人の琴線に触れて共鳴するような何か……とまで言ったら大袈裟でしょうか。
たとえば、次のような言い回し。
●「屁の河童(へのかっぱ)」
●「お茶の子さいさい」
●「うんともすんとも」
●「とんちんかん」
●「すってんてん」
●「すっとんきょう」
●「あんぽんたん」
●「平気の平左」
●「やけのやん八(ぱち)」
●「ちゃんちゃらおかしい」
●「口八丁手八丁」
●「後は野となれ山となれ」
●「雨が降ろうが槍(やり)が降ろうが」
(※詳しい意味は、記事の最後に)
また、俗に「おじさん言葉」とも言われるのですが、同じ言葉を重ねて用いるケースも、耳に残りやすいものです。
たとえば、次のような言い方で。
●「ほぼほぼ」……おおかた、おおよそ、を強調して
●「かつかつ」……ギリギリの状態で、家計やスケジュールなどがどうにか成り立つさま
●「どっこいどっこい」……勢いや力の差がなく、ほとんど互角なさま
●「ペイペイ」……平社員の「平」の意は、並み、普通。その「平」をペイと読んで2つ重ね、新人や万年平社員を軽んじる呼び方
●「とんとん」……収入と支出など、2つのものを比べて、ほぼ同じであること。額や損得には大差ないこと
●「イケイケドンドン」……どんどん行こうぜ!という鼓舞を込めて
●「くわばらくわばら」……怖い事や嫌な事を避けるために言う。もとは落雷をよけるまじない言葉。農家の井戸に落ちた雷神が、「桑が嫌いなので『桑原桑原』と唱えたら二度と落ちないよ」と約束してくれた……ほか、由来は諸説あり
日本人の耳に残る重要な要素として、「3拍・4拍の法則」のようなものがあるのをご存じですか。
日本の言葉は「3拍・4拍」が心地いい
日本語においては、音が3つ、あるいは音が4つの言葉が多いので、聞き心地として安定した感じがするのです。
だから、長めの言葉があったら、縮めてそれらに近づけようという動きが生まれます。
3拍の例を挙げると――、
▶「マクドナルド」→「マック(関東)」「マクド(関西)」
▶「スターバックス」→「スタバ」
▶「コスト・パフォーマンス」→「コスパ」
……ほか多数。
4拍の例を挙げると――、
「パワハラ(パワー・ハラスメント)」や「イタメシ(イタリア料理)」「割り勘(割前勘定)」「イケメン(イケてるメンズ)」……。
その他「ポケモン」や「マツキヨ」、かの「キムタク」など、これまた例は数えきれないほどあります。
とりわけ、ことわざなどでの4拍短縮化は、日本語ではある種の「定型」といってもよいかもしれません。
以下、そのいくつかの例。
●「棚からボタモチ」→「棚ボタ」
●「駄目で元々」→「駄目元」
●「藪をつついて蛇を出す」→「やぶへび」
●「鴨がネギをしょってくる」→「鴨ネギ」
(※詳しい意味は、記事の最後に)
それと、もうひとつ。
俳句などがまさにそうなのですが、七五調でまとまった言い回しは日本人の心情に余韻を残すので、これもまた印象的に響きます。
七五調の言い回し例としては――、
▶「縁は異なもの/味なもの」……男と女の結びつきは不思議で面白い
▶「一富士二鷹/三なすび」……初夢に見ると縁起がよいとされるものを1位から順番に挙げている
▶「触らぬ神に/たたりなし」……関わり合わなければ、そもそも禍を受けることもない。余計なことに手出しはしないこと、という戒め
▶「亀の甲より/年の功」……年をとり積み重ねてきた経験は貴いものだ、の意。「コウ」の音が同じなので、「亀の甲より」と付けて覚えやすくしている
▶「終わりよければ/すべてよし」……途中のあれやこれより、物事は最後が肝心。結果さえよければそれでいい
余談ですが、NHKのテレビで『今夜も生でさだまさし』というタイトルの番組があるでしょう。
あれもまた「7拍・5拍」になっているので、より耳に残るのですね。
「言葉の生き残り力」に目を向けて
ちょっと前になりますが、21年の「egg流行語大賞」を取ったのは「きゃぱい」という言葉でした。
若い女の子たちが最も頻繁に使った言葉ということで、「キャパシティいっぱいいっぱい」を縮めての「きゃぱい」。
すなわち焦ったりして「テンパってる」状態を意味するのだと。
しかし、現在、この言葉は巷でどれほど使用されているでしょう?
「やばい」「エモい」「エグい」「ぴえん」「草」……などなど。
若い人の言葉は、機をとらえるのに敏感で、新しい言葉を作るのも巧みですが、それらは果たして将来の日本社会にいくつ残るのか、と考えると、正直言って心もとない気がしてなりません。
もちろん言葉は生き物ですから、旧い人々が馴染んできた言葉も、やがていつかは消えていってしまう可能性はあります。
でも、せめて現在、年配者が口にしているいろいろな言い回しについて、若い人たちに改めて関心をもってもらえたら、と思うのです。
ウイットに富んだたとえ、思わず頬が緩んでしまいそうなユーモア、日本人だからこそ味わえる日本語の奥深さを、ぜひ味わってみてほしいです。
若者は年季の入った言葉の妙に感心し、そして年配者は若者の言葉作りの軽やかさに着目する……。
そんな気持ちの交換こそが、ギャップ解決の近道になるのではないでしょうか。
若者言葉とシニア言葉。あたかも異国語のごとく、互いにスルーし合ったままでは、コミュニケーションの溝はますます深まるばかりなのですから。
【ことわざの4音節化の例/意味】
●「棚からボタモチ」→「棚ボタ」……何もしていないのに、思いもかけない幸運が舞い込んできた
●「駄目で元々」→「駄目元」……失敗するとは思うけれど、うまくいけばもうけもの、と考えて試みること
●「藪をつついて蛇を出す」→「やぶへび」……余計なことをしたばっかりに、思わぬ禍を招いてしまうこと
●「鴨がネギをしょってくる」→「鴨ネギ」……うまい話に、なんとさらにうまい話が重なってきた。ますますこちらの都合がよくなる展開に
他に、長年使われ続けている言葉にはどのようなものがあるのでしょうか。
いくつわかる? 何年も生き残っている言葉
【生き残っている面白言葉の例/意味】
●「屁の河童(へのかっぱ)」……まったくたやすいこと。何でもない、たわいもないこと。「河童の屁」とも
●「お茶の子さいさい」……簡単にできる、という意。「御茶の子」はお茶菓子、また軽い間食のこと。腹にたまらない、たいしたことないということから。「さいさい」は俗謡のはやし言葉
●「うんともすんとも」……こちらの言うことに、「うん」の一言も返ってこない。何の返事も反応もない様子。「すん」は「うん」の語呂合わせ
●「とんちんかん」……物事のつじつまが合わなくて変、という意。鍛冶屋が2人で鉄を打つと、打つ音が交互して揃わずトンチンカンとなるさまから。「頓珍漢」とも当てる
●「すってんてん」……金銭や物が全てすっかりなくなってしまった様子
●「すっとんきょう」……非常に間抜けな感じを言う
●「あんぽんたん」……あほう。ばか。愚か者に言う語。昔の人気丸薬「万金丹(まんきんたん)」の音に倣ってか
●「平気の平左」……何が起きようと大丈夫、平気だよと、平然さをアピールするさま。「平気の平左衛門」の略で、人名のような言葉遊びの表現
●「やけのやん八(ぱち)」……なかなか自分の思いどおりにならず、もうどうなってもいいと、やけくそになること。「やん八」は、人名めかして「やけ」を強めていう語
●「ちゃんちゃらおかしい」……非常に笑うべきことだ。なんとばかばかしくて、おかしいことだ
●「口八丁手八丁」……言うことも達者なら、することも抜け目なく上手だ、ということ。八丁とは、8つの道具を使いこなすことができるほどの、という意
●「後は野となれ山となれ」……いま直面している問題さえうまく片付けば、後のなりゆきや結果などどうでもいい。今さえよければ、後はどうなってもかまわない
●「雨が降ろうが槍(やり)が降ろうが」……どんなことが起ころうとも。どんな困難にあおうとも必ずやる、という強い気持ち
(山口 謠司 : 大東文化大学文学部教授)