『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』は3月22日より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテ、グランドシネマサンシャイン池袋 などで公開©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.

国連が制定した「国際女性デー」(毎年3月8日)は、すばらしい役割を担ってきた女性たちによってもたらされた、勇気と決断を称えることを目的に制定された記念日となっている。

今年のテーマは“invest in women: accelerate progress(女性への投資が進歩を加速させる)”。この日にふさわしい映画として紹介したい作品が『コール・ジェーン ―女性たちの秘密の電話―』。3月22日より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテ、グランドシネマサンシャイン池袋 などで公開される。

人工妊娠中絶の実話を基に描く

女性の権利としての人工妊娠中絶を描いた実話を基にした本作は、中絶が法律的に許されていなかった1960年代のアメリカ・シカゴが舞台。主人公のジョイ(エリザベス・バンクス)は2人目の子供を妊娠するが、妊娠によって心臓の病気が悪化する。

担当医からは緊急に中絶を勧められるも、病院の男性責任者たちからはあっさりと中絶を拒否されてしまう。なぜ命の危険がわかっていながらも本人の身体を優先できないのだろうか。

ジョイは仕方なく、違法ルートに頼って中絶を試みる。たどり着いたのは、違法だが安全な中絶手術を提供する女性主導の活動団体「ジェーン」だった。「ジェーン」を率いるのは、威厳あるフェミニストのバージニア(シガニー・ウィーバー)。彼女に誘われて、ジョイも「ジェーン」に深く関わるようになるが──。

くしくもアメリカでは、共和党支持者が多い地域を中心に人工妊娠中絶に反対する流れが急速に広がっており、中絶を規制する法律を成立させる州が出てきている。

しかも2022年6月にはアメリカの連邦最高裁が、「中絶は憲法で認められた女性の権利」であるとする1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆してしまい、世界中を驚かせたことは記憶に新しい。

決して喜ばしくない形で、この映画がタイムリーな題材となってしまったわけだが、性別によって、生まれた環境によって、なぜ人としての権利に違いが生じるのだろうか。

本作のメガホンをとったフィリス・ナジー監督に話を聞いた。ちなみにナジー監督は映画『キャロル』の脚本家として知られ、本作が長編映画としての監督デビュー作となる。

――本作に登場する「ジェーン」は実在した団体で、人工妊娠中絶が違法だった1960年代後半から70年代初頭にかけて、推定1万2000人の中絶を手助けしたと言われていますが、これが実話であることに驚きました。これはアメリカでは有名な事実なのでしょうか?

「ジェーン」は映画にも描かれていた通り、秘密裏に行われていた活動なのでそれほど社会的に広く知られていませんでした。やはり、2022年に最高裁の判決で、ロー対ウェイド判決が覆されてからは、いろいろなドキュメンタリーでも描かれるようになり、今ではより多くの人に知られる事実となりました。

映画が社会に追いついてしまった

――この企画を準備していたときに、投資家からいい返事が返ってこなかったり、同じ考えを持つ人たちからも「ちょっとこれに参加するのは厳しい」というような声があったと聞きました。この題材に対してタブーのような雰囲気がアメリカでもあったということなのでしょうか?

今でこそ、最高裁がロー対ウェイド判決を覆したことによって、この中絶問題にも注目が集まっているのですが、実はこの企画が始まったときはそこまで差し迫った感じではなかったんです。

われわれ女性が持っている権利も、別に剥奪されるわけがないし、そんなに差し迫った問題じゃないんじゃないか、と楽観視されていたんです。今だったらよりつくりやすい環境にはあると思うのですが、どちらにしても完成にこぎつけることができて本当によかったと思います。


「ジェーン」の活動はやがて多くの女性の支持を集める。©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.

というのも、例えば日本でもニュースが入っているかもしれませんが、アラバマ州とかでは共和党の支持者が多い州ということで、中絶を原則禁止する法案が可決されています。

今では体外受精で使うための受精卵を凍結保存した「凍結胚」までも子どもとして認めるという判決が下されてしまいました。だからむしろこの映画で描かれている社会情勢というのは、まだまだおとなしいほうなんじゃないかなと思っています。そういう意味で、この映画が社会に追いついてしまったという感じがしています。

――現在、トランプ前大統領がふたたび大統領に返り咲こうと動いていますが、そうした状況はどうご覧になっていますか?

もうとにかく驚いたを通り越して、落胆という言葉しか出てこないですね。いったいわれわれは何を見せられているんだろうと。まるでローマ帝国の終焉でも見させられているような不条理劇で、暗澹(あんたん)たる気持ちになってきますね。

わたしはイギリスのパスポートを持っているので、最悪イギリスに行ってもいいんですけど、イギリスにだって問題はありますからね……。なんだか世界中で保守の揺り戻しが起きているというか……。

男性ヒーローが不在の物語

――そんな状況だからこそ、この映画はタイムリーだと思いますし、オスカーにノミネートされてもよかったぐらいの力作だと思うのですが。

批評家の評判はよかったんですけど、残念ながら劇場ではそれほどヒットはしなかった。ただ現在、アメリカでは配信などで観られるようになっていて。それに対するリアクションもいいものが入り始めてはいるのですが。


本作のフィリス・ナジー監督は、脚本家としてトッド・ヘインズ監督の『キャロル』(2015)などを手掛けアカデミー賞の脚色賞にノミネートされた。本作は長編映画デビュー作©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.

それでも、やはり役者の皆さんはオスカーのことをつねに考えているでしょうし、気になるところなんだろうと思います。とにかくこの映画に出ている俳優陣も、それぞれのキャリアの中で違う色を見せてくれるような、本当にすばらしいパフォーマンスを見せてくれた。そしてスタッフも本当にすばらしい結果を残してくれた。だから残念だなという思いはありますけど。夫をヒーローとして描いたなら事情は違っていたかもしれないですね(笑)。

でもこれは女性たちがどのように力を合わせていたか、という物語であり、ある意味男性のヒーロー不在の物語だとも言えるわけです。だからオスカーに引っかからなかったというのも、なんら別に驚くべきことではないですね。

――この作品には多くの女性スタッフが参加しているようでしたが。クレジットを見ても、監督、プロデューサー、カメラマンなど主要なスタッフもそうですし、出演者も女性が中心となっています。となるとやはり現場でも、この物語は語るべき物語である、というような皆さんの共通認識だったり、意識はあったのでしょうか?

その通りだと思います。今回はロビー・ブレナーがメインプロデューサーを務めたわけですが、その脚本を彼女が読んだときに、これはぜひ映画化しなければならないということで、一生懸命資金を集めようとしたところからはじまったわけです。

ただし先ほども言いましたが、資金集めはけっこう難航していて。実は彼女が次に手掛けた作品が『バービー』だったから、今なら資金集めにも何ら困らないでしょうけどね(笑)。

なるべくスタッフも女性を起用

でも彼女からこの作品の監督をやらないか、と声をかけてもらったときにわたしはこう言ったんです。「今は女性の登用が大事だっていろいろ言われているけれども、そんなの大概リップサービスで終わってしまっている。そんな今の映画界の現状をわたしは非常に憂いているので、もしもわたしたちがこの作品をつくるならば、まずは有言実行でいきましょうよ」とね。

いわゆる技術スタッフ、それぞれのメインスタッフに適任の人材がいるならば、そこにはなるべく女性を起用しようと思いました。ですから通常の作品よりは女性が多めな作品となりました。それと出資だけという形で協力してくださった方もたくさんいたんですが、そういう方も女性が多かったです。そういった形をつくることができて、本当にわれながら誇りに思っています。

――とはいえ男性のスタッフ。キャストもいらっしゃったんですよね?

もちろん現場には男性もいましたけれども、俳優陣をはじめ本当にラブリーな人が多くてよかった。嫌なヤツに注ぐエネルギーなんてわたしには残っていないんでね(笑)。

ただ映画制作には男性が率いるチームもあれば、女性が率いるチームもあるわけですけども、やはり女性が率いるチームのほうがより秩序が保たれているというか。男性が多い現場だとちょっとした下ネタなんかも飛び交ったりするわけじゃないですか。でも今回はそういうことはなかったので良かったなと思いますね。

(壬生 智裕 : 映画ライター)