2025年半ばの発売に向けて開発が進められているLean Mobilityの「Lean3」(筆者撮影)

カーボンニュートラルが叫ばれる中、自動車業界ではEV(電気自動車)シフトの波に対してHEV(ハイブリッド車)が盛り返しつつあるなどの動きがある。でも、もっと“根本的なこと”を忘れてはいないだろうか。


東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

乗用車の乗車定員は4〜5人が一般的なのに、実際に乗っているのは平均1.3人。もちろん、ときには定員乗車もあるだろうし、「いざというとき」を気にしてミニバンなどを選ぶという日本人らしさは認めるけれど、モーターで動かそうがエンジンで動かそうが、乗用車そのものが、効率の悪い乗り物なのである。

1.3人にふさわしい乗り物が提供できれば、スペースもエネルギーも節約できるはず。

そんな実情を踏まえて生まれたのが、日本と台湾のアライアンスEVメーカー、Lean Mobility(リーンモビリティ)と、 都市型超小型EVの「Lean3」である。

CEOはトヨタで「i-ROAD」を手掛けた人物

CEOを務める谷中壯弘(あきひろ)氏は、小型モビリティ開発のオーソリティだ。

これまでにトヨタ自動車の革新的な3輪超小型モビリティ「i-ROAD」「ジブリパーク(愛知県長久手市)」を走る「APMネコバス」のベースにもなったユニバーサルデザインの低速電動モビリティ「APM(アクセシブル・ピープル・ムーバー)」などを手掛けてきた。


2013年に発表され、2015年からモニタープロジェクトが行われた「i-ROAD」(筆者撮影)

その経験を生かして、2022年にトヨタから独立。自ら創設したのがLean Mobilityで、愛知県豊田市にあるLean Mobility株式会社と、台湾の台北および桃園にあるLean Mobility inc.から構成されている。

車名にあるLeanには、車体を傾けて旋回するモビリティのメーカーであるとともに、都市の移動形態に沿った「無駄のないスリムなモビリティを提供する」という意味を込めているという。

同社で注目したいのは、ビジネスをしっかり見据えた組織づくりをしていることだ。

エンジニアリングだけでなく、マーケティングやセールスに精通したメンバーが集結し、量産に向けた台湾のサプライヤー候補も決定済み。台湾の自動車関連企業連合から28億円もの出資も受けている。

そんなLean Mobilityが第1号車として開発したのがLean3で、量産開発の最終段階に入っている。車名の末尾にある3は、3輪であることを示したものだ。

市場投入は2025年を予定しており、まず台湾、続いて日本やヨーロッパに展開し、5年目までに5万台以上の生産を見込んでいるという。


前2輪後1輪の2人乗り。車体後部の上にあるルーバー部はエアコンユニットが格納されている(筆者撮影)

写真を見て、かつて谷中氏がトヨタで開発に携わったi-ROADに似ていると思った人もいるだろう。そのとおり、同氏はi-ROADについての権利関係をトヨタから引き継いで、会社を立ち上げたのである。

このエピソードを当人から聞いて、筆者は迷うことなく取材を申し込んだ。

トヨタがi-ROADの市場化を見据えて、東京都内在住者に1カ月間使ってもらうという「オープンロードプロジェクト」に混ぜてもらい、この個性的な超小型モビリティと過ごした経験を持っているからだ。

当日は、コンセプトカーの開発などで有名なフィアロコーポレーションの東海クリエイティブセンター内にある同社の国内拠点で、量産開発の実車に触れる機会に恵まれた。


フィアロコーポレーションの施設内にある日本拠点(筆者撮影)

ボディサイズは乗用車の1/3

Lean3は、2輪車の機動性や官能性と、4輪車の快適性や安心感を両立することを目標としており、乗用車の1/3のボディサイズで2人乗りを目指して作られている。

ボディサイズは全長2470mm×全幅970mm×全高1570mmで、ホイールベースは1800mm。全長×全幅で求められる路上占有面積は約2.4m2で、たしかにトヨタで言えば「ヤリスクロス」の1/3以下になる。


ドアは左側のみで、ボディサイドは躍動的なデザイン。後輪上方に充電口を装備する(筆者撮影)

ちなみにこのサイズは、ヨーロッパや台湾のL5というカテゴリーに適合するものだ。日本には、残念ながら同様のカテゴリーがないので、ミニカー(原付3輪)登録になる。よって、乗車定員は海外では2名だが日本では1名になる。

i-ROADのボディサイズと比較すると、125mm長く、100mm幅広く、115mm背が高い。

これには理由がある。独創的な後輪操舵から一般的な前輪操舵に転換するとともに、狭いと言われていた後席を広くしたためだ。


前後タンデムで乗車する室内。乗用車と同じ3点式シートベルトを装備する(筆者撮影)

後輪操舵のi-ROADは、コーナーを曲がるたび、リアがドリフトするように外に張り出しながら曲がっていく。筆者はこの感覚は新鮮だと思っていたが、壁に寄せて止めた場合、出発時にリアが外に張り出すので、壁に当てる心配があった。

たしかに、後輪操舵のおかげで、i-ROADの最小回転半径はわずか3mだったが、他の自動車や2輪車との操縦感覚の違いに、戸惑う人もいただろう。谷中氏もその点を考えて、前輪操舵にしたそうだ。その結果、最小回転半径は3.6mになった。


操作性は乗用車とほぼ同じ。エアコンやカップホルダーなど、快適性や機能性も追求されている(筆者撮影)

バッテリー容量が拡大したことも特徴で、満充電での航続距離はWLTCモードで100kmと、30km/h定速走行で50kmだったi-ROADから大幅に伸びた。充電時間はAC100Vで約7時間、AC200Vで約5時間とのことだ(Lean3のデータは開発中のため暫定値)。

他にi-ROADとの違いとしては、ドアが“左側にしかない”ことがある。右側通行の国向けも左のみとするそうで、谷中氏は「2輪車のサイドスタンドは通行の左右にかかわらず左側にある」ことを理由に挙げた。

個人的には、エアコンが装備されたことが嬉しい。暑さ寒さはもちろん、i-ROADでは雨天時に熱線入りのフロント以外の窓が曇りがちだったが、Lean3ではそのような苦労はしなくてすみそうだ。

前輪操舵への転換で変わったデザイン

デザインは、フィアロのデザインディレクター、平田滋男氏が担当。前輪操舵になったために、フェンダーをボディから独立させたi-ROADのような構造はできない中で、リーンしたときにもフェンダーとタイヤの隙間が狭く見えるよう、前輪がストロークしたときにフェンダーの中に入るよう、工夫したという。


左がCEOの谷中壯弘氏、右がデザインを手掛けた平田滋男氏(写真:Lean Mobility)

ヘッドランプは法規的には2眼でも問題ないが、顔が平面になるので単眼としている。ボディサイドは、背が高くなったことで腰高に見えることを抑え、伸びやかで動きのある造形に。リアで目につく上部の黒いルーバーの中には、エアコンのコンデンサーが内蔵されている。

敷地内で試乗もできた。ドライビングポジションはi-ROADよりも立ち気味で、スクーターに近い。おかげで、後席にも身長170cmの筆者が楽に乗れ、ISO規格に準拠したチャイルドシートも設置できる。


超小型EVでありながらチャイルドシートを装着できるのも特徴のひとつ(筆者撮影)

ドアを左側のみとしたことは、右側にメーターやエアコンルーバー、ドライブセレクターのボタンなどが並んでいるのを見て、理解できた。ステアリングの奥には、スマートフォンを固定できるようになっている。

走り始めて最初に感じたのは、加減速や操舵など、あらゆる動きに唐突感がなくスムーズであることだ。加えて、前輪操舵になったことで、旋回感がi-ROADより格段に親しみやすくなった。

ステアリングのロックtoロックは3回転から1回転、つまり左右半回転ずつになったが、ステアバイワイヤとは思えないほど滑らかで自然だ。操舵輪の違いはあれど、車体をリーンさせながらコーナーをこなしていく爽快感は、i-ROADに限りなく近い。


リーンしながら旋回する様子。運転感覚は自然だった(筆者撮影)

不整路ではジャイロセンサーのおかげで、左右の前輪が独立してストロークして垂直を保ってくれることも確認できた。自動車の走行技術とロボティクスの姿勢制御を高度に融合させた、「RideRoid」というフレーズに納得した。

ベンチャーらしからぬ信頼感・安心感に期待

最初に販売を予定する台湾での価格は、バッテリーを含まないで20万台湾元(現在のレートで約95万円)からを考えているとのこと。現地で販売されている電動スクーターの約2倍のレベルになるという。

個性的なデザインと独創的な走りの世界、乗用車に近い快適性と2輪車に匹敵する機動性を両立していることを考えれば、日本はともかく、台湾やヨーロッパでは一定の需要が見込めるのではないか。


鮮烈なイエローのほか、ダークなカラーも設定予定だという(筆者撮影)

これまで書いてきたとおり、Lean Mobilityは会社としての体制も、クルマづくりのレベルも、良い意味でスタートアップらしからぬ信頼感や安心感を抱けるものだ。それでいてデザインやエンジニアリングは、日本発とは思えない大胆さがある。

i-ROADの快感を残しつつ完成度を引き上げた走りだけでなく、モノづくりやビジネスを含めて、絶妙なバランス感覚を備えていると思った。

(森口 将之 : モビリティジャーナリスト)