あおき・こうたろう/1989年千葉県生まれ。東日本大震災以降、仙台市で被災者の就労支援に従事。2014年から総合サポートユニオン共同代表。年間約3000件の労働相談を受けてきた(撮影:梅谷秀司)

春闘がヤマ場を迎えるこの時期、もう1つの春闘が繰り広げられている。非正規雇用で働く人々の賃上げを求める「非正規春闘」だ。

2023年に続き、ストライキも辞さない構えで120社に賃上げを求める。実行委員会の青木耕太郎・総合サポートユニオン共同代表に話を聞いた。

──2024年春闘はどのように取り組んでいますか。

20団体、3万人が参加し、約120社に10%以上の賃上げを要求していきます。交渉先はあきんどスシロー、なか卯、スターバックス コーヒー ジャパン、ファミリーマート、阪急トラベルサポートなどです。

団体交渉は労働組合(ユニオン)の組合員が1人いればできます。会社との交渉の場には、ユニオンのメンバーも同席します。今年から生協労連が加わり、参加者が一気に増えました。

要求する賃上げ率は、昨年は「一律10%」でしたが、「10%以上」に引き上げました。内訳はインフレ分が4〜5%分、生活改善分が5%以上です。

節約ではなく賃上げが必要

──なぜ非正規春闘の取り組みを立ち上げたのですか。

日本でインフレを実感するようになった2022年の夏ごろ、非正規雇用で働く人たちから給料がもともと低い中で生活が苦しくなっているという声が届き始めました。食事を減らしたり、電気もそれまで以上にこまめに消したりして対応せざるをえない、と。

これは節約の問題ではない、賃金を上げなければならないと考えました。われわれ総合サポートユニオンは誰でも1人で入れるタイプの労働組合です。全国各地にある個人加入ユニオンも、聞くとどこも同じ状況でした。

非正規の組合組織率は10%を下回っています。職場に企業内組合がないとか、組合があっても正社員中心のことが多い。非正規雇用の労働者の賃上げを社会的なイシューにしていこうと、16の団体が連携して動き出したのが昨年1月のことです。

──個人加入のユニオンは、「対ブラック企業」の印象が強いです。

これまでは残業代不払いや不当解雇など違法行為を正す路線で闘ってきました。労働基準法違反の行為について、労働基準監督署の是正勧告というお墨付きもとり、世の中に訴えて共感を集めることで、改善を勝ち取ってきました。1人、2人の組合員が訴えて、何万人分の残業代支払いにつながりました。

インフレ下の非正規春闘が少し違うとすれば、賃上げしないことは不当ではあるけれど、法律違反ではない。だから取り組みを立ち上げる時は、不安も半分ありました。少人数で社会に訴えながら押し切れるのか、確信まではありませんでした。

──昨年の結果は。

36社と交渉し、16社で賃上げを勝ち取りました。大手だと靴小売りのエービーシー・マートで5000人の基本時給が平均6%アップ。要求した組合員は当初は1人で、ストライキもしました。


2023年の非正規春闘ではエービーシー・マートでストライキを行った(青木氏提供)

──賃上げに至った決め手は何でしたか。

「ゼロ回答では会社としてまずい」と思わせるような社会的環境をつくる必要があると考えました。賃上げを要求する企業名を公表するとSNSやメディアで広まり、企業へのプレッシャーとなりました。サービス業だと客の評判を気にしますし、働く人も集まりません。

業績のいい会社には賃上げ原資があるはずだと問います。従業員がまったく賃上げがない中で、経営者の報酬や株主配当を増やすのは納得感がありません。会社側をそう説得し、応じなければそのことをSNSなどで発信しました。ストライキも使います。

──少人数のストライキに効果はあるのですか。

大企業相手だと業務を止めることはできませんが、強い意志を示すことができます。

コロナ禍で変わった非正規の労使交渉

──2023年の実績を見ると、なぜこれまで非正規の賃上げ要求が大々的に行われてこなかったのかと思えてきます。

非正規雇用だと立場が弱く、声を上げたら不利益を被るのではないかと恐れるので、相談にもなかなか来ませんでした。相談に来るのは、たいていクビにされた後。交渉しても解決金を少し取れるかどうかで、労働組合としては厳しかった。その状況がコロナ禍で変わった。

コロナ禍で打撃を大きく受けたのはサービス業で、とくに非正規雇用の人たちが大変な状況にあるという社会的共感が生まれました。個人加入のユニオンに非正規の方々から相談が多く寄せられるようになりました。

多かった相談は、休業補償の不払いと感染対策です。在籍しながら会社側と交渉し、改善を勝ち取りました。非正規の方々が職場に定着しながら組合活動をする形へ、根底から変わった。そういうところに起きたのがインフレでした。

──少人数で賃上げを要求して不利益を被ることはないのですか。

要求に正当性があって世の中で注目されている時には、会社側もそう簡単に手を出せません。また、職場で重要な役割を担っている人が要求することが多いのも理由です。

そうした人は経験年数を重ねて熟練し、新人の2〜3倍の業務をこなしながら現場でイレギュラーな事態にも対応して責任を負っている。それなのに賃金は最低賃金とほとんど変わらない。そういう人を攻撃すれば、ほかの従業員も辞めてしまいかねません。

インフレだけを理由に非正規春闘に加わる人は、実はそれほど多くありません。賃金が仕事に見合っていないことを不当だと感じているところに、インフレが拍車をかけたのです。

──人手不足の中、より賃金の高い職場に移る手もあるのでは。

もちろん転職している人はたくさんいます。労働組合に入って賃上げを求める人数より多いでしょう。でも、その力は全体の賃上げにつながっていません。むしろ問うべきは「人手不足なのになぜ賃金は上がらないのか」でしょう。

人手不足だけでは賃上げにつながらない

経営者が自ら賃上げを決断することはなかなかない。賃金を上げれば人が集まりますが、賃金はコストです。

とくに非正規雇用が多いのは、コストに占める人件費率の高いサービス業で、賃上げはダイレクトに経営に響きます。大抵は他社も上げるので人を集める効果が続かず、コストが増えただけとなります。


2024年2月、経団連前で賃上げを訴えた(青木氏提供)

だから今、サービス業では人手不足の影響を現場にシワ寄せしています。「働く人間は何とか現場を回そうとするものだ」と経営者はわかっています。

賃上げを要求され、上げなければまずいとなって初めて踏み切る。1社が上げると、ほかも上げざるをえません。1つの賃上げが業界や地域で波及する。春闘ってそういうものだと思います。

労働組合が要求しなければ、需給が均衡するように価格(賃金)が調整されるという市場メカニズムも働かないのです。

(黒崎 亜弓 : 東洋経済 記者)