リリー・フランキー「懐古的な想いではなく、文化という、人々の未来の為に」家族経営の老舗映画館「昭和館」が火災を乗り越え復活する日
北九州市の老舗映画館「昭和館」が火事で消失してから約一年経った2023年の春。復活までの道を歩む過程が紡がれた書籍『映画館を再生します。 小倉昭和館、火災から復活までの477日』から、なんのための復活なのかを説いたリリー・フランキーさんの言葉を紹介する。北九州小倉の文化財としていかに市民に愛されてきたか、この記事を読めばきっと理解できるはず。
目標は、3000万円
リリー・フランキーさんが3月18日、北九州市立文学館の「子どもノンフィクション文学賞」の選考で、小倉にやってきます。
そのタイミングで、小倉昭和館のクラウドファンディングを立ち上げました。
旦過市場の一度目の火事から、4月で1年。3月17日には、うちのドキュメント番組が、NHKで放送されています。時が過ぎていくのはおそろしい。まだ工事も始まっていません。12月の再建まで、あっという間なのでしょう。
リリーさんと直樹(息子さん)と3人で、18日に記者会見をひらきました。クラウドファンディングは、3月20日の19時から、4月30日の23時59分まで。目標金額は3000万円。
応援団長のリリーさんのメッセージを紹介します。
「度重なる火災で焼失したものは、生活や、想い出、そして、未来でした。自宅にいても手軽に映画と接触できる今。でも、映画と僕たちの関係は、知識だけでは成り立ちません。映画を求めて、時間やお小遣いを切り詰めて、そこに赴いた経験。その経験こそが、僕たちの感受性を培ってきくれました。
今回、焼失した小倉昭和館を皆様にお伝えしたのは、観客の少ない家族経営の3番館を再度作る為ではありません。町の映画館という場所が、改めて、子供たち、大人たちの語らいの居場所でありますよう。そこに行けば、年齢、性別、人種に関係なく、食事をしながら、今観た映画、いつかの人生をささやき合えますよう。映画、映画館を媒介に、すべての人が集える、とまり木になれれば。それは、懐古的な想いではなく、文化という、人々の未来の為に」
リリーさんは東京に住んでいますが、東京がふるさとだと思ったことはないそうです。いつかきっと、小倉に帰ってきてくれます。
新しい小倉昭和館は、みんなの居場所であってほしい。映画人や作家が15人、応援メッセージをくださいました。
奈良岡朋子、光石研、岩松了、片桐はいり、平山秀幸、タナダユキ、松居大悟、村田喜代子、吉本実憂、小田彩加(HKT48)、藤吉久美子、田中慎弥、福澤徹三、秋吉久美子、草刈正雄。
みなさまのおかげで、ちょっとずつ、復活の夢を描けるようになっています。
昭和館PRESENTSのイベントも続けています。
映画『エゴイスト』は、印象的な作品でした。
鈴木亮平が主演で、ファッション雑誌の編集者。美しいパーソナルトレーナーの宮沢氷魚と、男同士の恋に落ちるのですが、若い恋人に振り回されて深みにはまります。
物語が進んで、宮沢氷魚の母親として、阿川佐和子が出てきます。この阿川さんの自然な演技が素晴らしい。鈴木亮平との息のつまるような疑似親子の関係性に、激しく胸を揺さぶられました。
うちでも上映したかったのですが、鈴木亮平の友人役で出演したドリアン・ロロブリジーダさんが、『エゴイスト』のトーク&再建応援イベントのために、小倉にやってきてくれました!
3月21日、舞台はタンガテーブル。旦過地区にある紫川近くの宿泊施設&レストランで、定員60人の観客は満員御礼。
ドラァグクイーンのドリアンさんの歌謡ショウで、おひねりも集めて寄付してくれました。シネクラブサポート会の藤野さんたちも盛り上がって、手作りのうちわを準備しています。
たくさん笑いました。みんなと酔っぱらって、最高の気分だったのですが、ひとつだけ心残りがあります。
このときは映画『エゴイスト』を上映できませんでした。
いつも春には、アカデミー賞の授賞式があります。今年も『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『ザ・ホエール』『生きるLIVING』『TAR/ター』『ウーマン・トーキング私たちの選択』『RRR』など、良質な映画がどんどん封切られています。
日本でも『ある男』や『ケイコ目を澄ませて』などが賞をとったり、『THE FIRST SLAM DUNK』や『BLUE GIANT』が海外でも話題になったり、どんどんアップデートされていく世の中についていくのも大変です。
映画を見る時間がない。それがつらい。
営業を続けるA級小倉
2年前の昭和館では、『彼女は夢で踊る』を上映しました。広島の薬研堀に実在したストリップ「広島第一劇場」を舞台にしたラブストーリーです。
広島第一劇場は、中国地方では最後まで続けていたストリップ劇場で、2021年5月20日に、惜しまれつつ閉館しました。
この映画をうちでかけるとき、「ほろ酔いシネマカフェ」を企画しています。映画に出演した現役ストリッパーの矢沢ようこさんと時川英之監督にトークをお願いしました。
さらには「A級小倉ツアー」と題して、九州唯一のストリップ劇場「A級小倉劇場」に、わたしが引率して女性限定20名で3回、矢沢さんの出演するショーを観に行ったのです。
わたしたち女性グループの来店に、館主の木村恵子さんは感激してくれました。
木村さんは踊り子たちの母親のような存在なのですが、新型コロナの時期に体調をくずして、およそ40年の歴史に幕をおろそうと決めていたそうです。
いろいろと迷われたのではないでしょうか。閉館を撤回しました。うちが焼けたときには、お見舞いをくださいました。
イメージ写真です
A級小倉劇場は、いまも営業を続けています。
4月1日。昭和館PRESENTSのイベントを、小倉城内の松本清張記念館でおこないました。
「桜の宴」です。
上映作品は、NHKドラマの『最後の自画像』。向田邦子脚本で、主演はいしだあゆみ。清張さんがボケ老人役を熱演しています。
さらに清張作品の朗読、古賀厚志館長のオカリナ演奏と、「揚子江」の豚まん、ビールかソフトドリンク、記念館の入場料など、すべてあわせて2千円。これも満員御礼でした。
桜の舞い散る城内で、熱々の豚まんを食べながら、幻想的な夜を過ごしています。
小倉は、清張さんのふるさと。
軍医として小倉に滞在した森鷗外を描いた『或る「小倉日記」伝』で、芥川賞を受賞したのが43歳。当時としては遅いデビューでした。そこから大作家になって、精力的に書き続けたのです。1992年に82歳で亡くなっています。
父もイベントにやってきました。向田邦子もいしだあゆみも大好きなのですが、もちろん、清張さんも尊敬しています。
清張作品では、なんといっても『砂の器』が人気です。それは別格として、父が忘れられないのは『黒地の絵』という短編小説で、昭和25(1950)年の米軍黒人兵集団脱走事件を描いています。
小倉の祇園祭を翌日に控えた夜。祇園太鼓が鳴り響いているとき、米軍の「ジョウノ・キャンプ」に駐留していた総勢250人の兵士たちの一部が脱走して、近くの民家で略奪や暴行を働きました。
消防団の祖父は「外に出ないでください」と、地域に呼びかけました。ものすごい緊迫感だったそうです。
当時はGHQの統制下で、事件の新聞報道はなく、およそ2日後に脱走兵たちは朝鮮戦争の最前線に送られました。
この闇に葬られた真相に、清張さんが光を当てたのが、その8年後のこと。
小説『黒地の絵』の映画化を、清張さんは強く希望していました。松竹や東宝、黒澤明や熊井啓などの監督も動いたのですが、いまだに実現されていません。
ここが故郷の場所
手さぐりの暗中模索で、クラウドファンディングを立ち上げたのですが、不安はつのります。
最初のうち、反応は重かった。こんなに話題になっているのに、お金は集まらない。どうしてなのだろうと思うのですが、理由は思い当たりません。
資金の使い道は「映画設備・備品購入」として公表しました。いずれも焼失前の設備から、ざっと概算しています。
デジタル映写設備 1000万円
35ミリ映写設備 500万円
スクリーン 100万円
音響設備 700万円
座席(135席) 945万円
舞台設備(スピーカー・マイク等) 200万円
劇場内空調設備 400万円
券売機 100万円
ロビー備品(ベンチ・売店カウンター等) 200万円
事務用品代(PC・ポスターフレーム・事務机等) 150万円
飲食提供設備(売店商品提供) 100万円
合計で「4395万円」になりました。クラウドファンディングの目標金額では足りません。
デジタル映写機器の見積もりをお願いしたら、さらに金額は超過しました。円安による資材高騰もあって、経費はどんどん増えています。子ども食堂かバースペースになるはずのパブリックスペースも、ここの費用には入れていません。
クラウドファンディングの仕組みも、よくわかっていませんでした。3000万円をいただけたら、そのまま使えるわけではなかったのです。リリーさんのおかげで安くなっているのですが、運営会社に手数料をお支払いして、返礼品をお送りします。税金もかかります。
「そんなことも知らなかったの」
と、あとで家族に怒られました。
北九州市の夜景
NPO法人「抱樸」の仕事から、直樹が帰ってきたとき……。抱樸の奥田知志理事長がくわしいので、クラウドファンディングのことを相談しています。
奥田さんは、最初10日ほどの推移を見て、「これなら最後の1週間で達成するな」
と断言するのですが、わたしには手ごたえがない。どこかの法人格にクラウドファンディングをやってもらって、物品で入れてもらうとか、他に方法もあったようですが、そんなことも思いつきません。
ハラハラドキドキしながら、毎日金額を見ていました。
こんなときにも、さまざまなイベントを仕掛けています。3月21日のドリアン・ロロブリジーダさんのトーク&歌謡ショウ。4月1日の松本清張記念館の「桜の宴」。4月22日には、仲代達矢さんと無名塾の弟子たちのドキュメンタリー映画『役者として生きる』を、北九州芸術劇場で上映しています。
昭和館は、ゼロから立ち上がります
悲しいこともありました。
3月23日、奈良岡朋子さんがお亡くなりになったのです。
「昭和館は小倉の文化財であるとともに、日本の映画人にとって故郷の場所です。この小さな映画館を一緒に守っていきましょう。皆さまのお力をお貸しください」
うちのクラウドファンディングに、こんなにも心のこもったメッセージをいただいたばかりなのに……。
奈良岡さんが昭和館にいらっしゃったのは、2017年。太平洋戦争をテーマにした特集上映で、特攻隊の生き残りを描いた『ホタル』では、高倉健と共演されていました。
お亡くなりになる直前、寄付をしたいという申し出がありました。さすがに義援金の口座はお伝えできなかったのですが、クラウドファンディングのご支援をいただいていることに、あとで気がつきました。
新しい昭和館には、亡くなった方々の「想い」もこめたい。
大杉漣さん……。
言わずと知れた名優で、亡くなったのは5年前。
そのときに最後の主演作になっていたのが『グッバイエレジー』でした。オール北九州ロケで、旦過市場はもちろん、昔の昭和館も登場します。藤吉久美子さんが、わたしの館主役を演じてくれました。
うちが焼けたあと、大杉さんの奥さまから、お手紙をいただきました。そこには「大杉と相談して、お見舞いさせていただきます」と書いてありました。
4月12日、地鎮祭。
当初の予定より、およそ2週間の遅れで、いよいよ工事がはじまります。施主は昭和土地建物ですから、今井社長が中心。タムタムデザインの田村さん、施工会社ATSの佐々木和子社長、うちの父と直樹も参加しています。
手水の儀からはじまって、穢れを祓い、祭壇に神さまをお招きし、お供え……と、厳粛な儀式が進みます。
祝詞をあげて、四方を清めてから、地鎮の儀をおこないます。
今井社長が鎌をつかって、わたしたち家族3代が「エイッ、エイッ」と鍬を入れます。さらにタムタムさんが鋤を、最後に施工会社が杭を打ちこむ……。
北九州市長の武内和久さん、市の文化局長、旦過市場商店街の黒瀬善裕会長など、みなさまが集まっています。
玉串を捧げたあと、武内市長の挨拶では、小倉織の式辞台紙を持って、昭和館は「このまちの文化だ」とおっしゃいました。今井社長は用意したメモを握りしめて、訥々と想いを語ってくださいます。
わたしは最後に「感謝しかありません」と申し上げました。メモを用意するとしゃべれなくなるので、正直に胸のうちを語ります。
今井社長のご決断は、昭和館のためだけではありません。旦過地区のため、このまちのため、このまちの文化のため、決断してくださったこと。その想いを一緒に受け止めて、これからも務めてまいりますと話しました。
ここでやめればよかったのですが、メディアの方々にも、お礼を申し上げます。
火災の日からずっと、わたしの姿を追っていただきました。心配してくださる市民のみなさまに、樋口がどうしているかを伝えていただきました。
そのおかげで、みなさまからご支援をいただきました。
旦過市場
これから昭和館は、ゼロから立ち上がります。楽しいことばかりです。こんな機会はありませんので、どうか、わたしたちのようすを見ていただいて、みなさまにお伝えください……。
この日は「地鎮祭、小倉昭和館」の紅白饅頭を、湖月堂さんに用意してもらって、関係者やメディアの方々にお配りしました。
たくさんつくったのに足りなくて、もっとほしいという父のために、追加で注文しています。
まだ、昭和館の瓦礫があった頃……。
神さまに、天に上がっていただく儀式をしました。
古い建物が燃えて、神棚が燃えて……。うちから神さまがいなくなったのがつらくて、あのときに一度だけ、わたしは嗚咽しています。父も肩を震わせていたそうです。
神さまはもどってくださるのでしょうか。
写真/shutterstock
映画館を再生します。 小倉昭和館、火災から復活までの477日(文藝春秋)
樋口智巳
2023/11/22
1,320円
168ページ
ISBN:978-4163917801
2023年12月19日、ついにグランドオープン!あの火災から496日、小倉昭和館が完全復活。「北九州のニュー・シネマ・パラダイス」と話題に。
昨年の夏。北九州の旦過市場の火災で、福岡市最古の映画館は、創業83年を目前にして焼け落ちた。「うちはもうダメ…」高額な映写機やスクリーンや座席も、宮大工のつくった神棚も、たくさんの映画人のサインも、宝物だった高倉健の手紙も、すべてが燃えてしまった。
小倉昭和館の三代目館主、樋口智巳は、瓦礫の前で立ち尽くした。それでも、あきらめなかった。リリー・フランキー、光石研、仲代達矢、秋吉久美子、片桐はいり、笑福亭鶴瓶など、たくさんの映画人に支えられて、樋口館主は誓うようになった。まちの人たちのよろこぶ顔を見たい。みんなの居場所を守りたい。「映画の街・北九州」で、映画館の復活という夢を見たい……。
すべてが瓦礫になった映画館が、2023年12月に「再生」するまで。完全ドキュメント。