アメリカの民間宇宙企業スペースXは日本時間2023年11月18日、同社が開発中の新型ロケット「Starship(スターシップ)」による無人での第2回飛行試験を実施しました。米国テキサス州ボカチカの同社施設「Starbase(スターベース)」から打ち上げられたスターシップ宇宙船は最終的にハワイ沖の太平洋へ発射90分後の着水を目指していましたが、発射約8分後の時点で宇宙船は失われた模様です。【最終更新:2023年11月20日13時台】


【▲ 2023年11月18日、第2回飛行試験で発射台を離れた新型ロケット「Starship(スターシップ)」(Credit: SpaceX)】


スターシップは1段目の大型ロケット「Super Heavy(スーパーヘビー)」と2段目の大型宇宙船「Starship(スターシップ)」からなる全長121mの再利用型ロケットで、打ち上げシステムとしても「スターシップ」の名称で呼ばれています。スペースXによれば、両段を再利用する構成では最大150トンのペイロード(搭載物)を打ち上げることが可能であり、2段目のスターシップ宇宙船は単体でも地球上の2地点間を1時間以内に結ぶ準軌道飛行(サブオービタル飛行)が可能だとされています。


スペースXは2019年8月から2021年5月にかけてスターシップ宇宙船の大気圏内飛行試験をスターベースで数回実施し、帰還時の降下姿勢や着陸姿勢を実証。2023年4月20日にはスーパーヘビーも含めたスターシップ打ち上げシステム初の無人飛行試験が行われました。スーパーヘビーを分離した後のスターシップ宇宙船はハワイ沖の太平洋へ発射90分後に着水する計画でしたが、分離前にスーパーヘビーのコントロールが失われたために飛行中断システムが作動して機体は空中で破壊され、この時は発射約4分後に飛行を終えています。


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今回の飛行試験は2023年4月に実施された第1回飛行試験に続き、スーパーヘビーを含むスターシップ打ち上げシステムの飛行試験としては2回目です。第1回の時と同様に、宇宙空間を飛行したスターシップ宇宙船は地球を4分の3周ほど飛行した後で大気圏に再突入し、発射90分後にハワイ沖の太平洋へ着水する計画でした。また、スターシップ宇宙船から分離したスーパーヘビーは制御された地上への帰還をテストするため、メキシコ湾へ着水する予定でした。


第2回飛行試験に備えて、スペースXは最初の飛行試験で得られた知見を機体や発射台に反映させてきました。たとえば、スーパーヘビーに搭載されている33基の「Raptor(ラプター)」エンジンから噴射される燃焼ガスを受け止めて流れを逸らせるために、発射台の基部には鋼製の水冷式ディフレクターが設置されました。第1回飛行試験の打ち上げ時には燃焼ガスを受け止めた発射台基礎部分のコンクリートが激しく損傷し、大量の土煙が立ち昇るとともに破片が周辺に飛散してしまうほどでした。


【▲ 第2回飛行試験の打ち上げを待つ新型ロケット「Starship(スターシップ)」。黒い耐熱タイルが貼られたスターシップ宇宙船と銀色のスーパーヘビーの結合部分を見ると、ホットステージングに備えて開口部が設けられているのがわかる(Credit: SpaceX)】


また、今回の飛行ではスーパーヘビーを分離する直前にスターシップ宇宙船のエンジンを点火する「ホットステージング(hot-staging)」が採用されました。ホットステージングは役目を終えたステージ(例:1段目)を分離する前に次のステージ(例:2段目)のエンジンに点火する方法で、ロシア(旧ソ連)のロケットで長く採用されてきました。一方、スペースXが運用中の「Falcon 9(ファルコン9)」を含む多くのロケットでは、役目を終えたステージを分離してから次のステージのエンジンに点火する方法が採用されています。


一般的なロケットでは役目を終えたステージのエンジンを停止してから次のステージのエンジンに点火するまで間隔が空くため、ロケットの推力には一時的にロスが生じてしまいますが、ホットステージングにはこのロスを抑える効果があります。スペースXのCEOイーロン・マスク氏によれば、スターシップでホットステージングを採用すれば軌道に投入するペイロードの重量を10パーセント増やせるメリットがあるといいます。ホットステージングに対応するため、スターシップ宇宙船と結合するスーパーヘビーの先端部分には燃焼ガスを逃がすための広い開口部や、スーパーヘビーを保護するためのシールドが新たに設けられました。


■スターシップ宇宙船が初めて宇宙空間に到達 エンジン燃焼終了目前に機体喪失か

【▲ 第2回飛行試験で上昇する新型ロケット「Starship(スターシップ)」(Credit: SpaceX)】


日本時間2023年11月18日22時3分(米国中部標準時同日7時3分)、スーパーヘビーに搭載されている33基のエンジンが点火されたスターシップはゆっくりと発射台を離れ、晴れ渡った朝の空へと上昇を開始。第1回飛行試験では早い段階で数機のエンジンが停止していたスーパーヘビーは、今回の飛行では1基も停止することなくスターシップ宇宙船を加速させていきます。


スターシップ宇宙船のホットステージングは発射2分40秒後〜2分50秒後頃にかけて進行しました(※発射からの時刻、高度、エンジン稼働状況等の情報はスペースXのライブ配信を参照して確認、以下同様)。スーパーヘビーのエンジン33基のうち30基が停止したのに続き、スターシップ宇宙船のエンジン点火にともなう燃焼ガスが結合部から噴出し、高度74kmでスーパーヘビーが分離。6基のラプターエンジンすべてに点火したスターシップ宇宙船は地球低軌道へと上昇を続けます。


【▲ 第2回飛行試験における新型ロケット「Starship(スターシップ)」のホットステージングの瞬間。段間の開口部から流れ出た燃焼ガスがオレンジ色に輝いて見える(Credit: SpaceX)】


一方、メキシコ湾への着水を目指すスーパーヘビーは姿勢を大きく転換。稼働中の3基に加えて6基のエンジンが再点火したものの、1基また1基と停止していき、発射3分18秒後にすべてのエンジンが停止。その数秒後、スーパーヘビーは空中で分解して飛行を終えました。


その間もスターシップ宇宙船は飛行を続け、発射3分29秒後に高度100kmへ到達。地球の大気圏と宇宙空間の国際的に定義された境界に達したことで、スターシップ宇宙船として初めて宇宙空間に到達した機体となりました。計画ではスターシップ宇宙船は発射8分33秒後にエンジンの燃焼を終了し、発射77分21秒後に大気圏へ再突入する予定でしたが、エンジン燃焼終了まであと30秒に迫った発射8分3秒後、高度148kmを飛行中に信号が途絶してしまいました。


【▲ 信号途絶直後の様子。画像中央にうっすらと煙のようなものが広がっているように見える。スペースXのライブ配信から(Credit: SpaceX)】


信号の途絶後、スペースXのライブ配信ではスターシップ宇宙船が失われた可能性に同社のスタッフが言及していました。大気圏に再突入したスターシップ宇宙船の破片らしきものがアメリカ海洋大気庁(NOAA)の気象レーダーに捉えられている他に、プエルトリコで撮影したとされる分裂しながら流れる流星のような光跡を捉えた動画もSNSで複数共有されていることから、やはりスターシップ宇宙船は失われたものとみられます。



【▲ 軌道上物体に詳しい天体物理学者ジョナサン・マクダウェルさんの投稿(X, 旧Twitterから)。アメリカ海洋大気庁(NOAA)の気象レーダーにスターシップの破片らしきものが写っている】


■前回の飛行試験から進歩も 運用では短期間・高頻度の打ち上げが必要か

2023年4月の第1回飛行試験では発射台を離れることに成功したものの、スターシップ宇宙船とスーパーヘビーの分離に至らず、コントロールを失って発射から4分後に飛行中断システムが作動したスターシップ打ち上げシステム。今回の飛行試験ではホットステージングを採用した分離に成功し、スターシップ宇宙船も宇宙空間へ到達することに初めて成功するなどの成果が得られました。推力方向制御(TVC)システムが電動式に変更されたスーパーヘビーのエンジン33基は分離まで問題なく稼働したように見受けられ、前回の打ち上げで損傷した発射台も今回の打ち上げは耐え抜きました。スペースXはデータの評価を進めており、今回の飛行試験に関する情報を共有し続けると述べています。



【▲ スターシップ第2回飛行試験後の発射台の様子をシェアしたイーロン・マスク氏の投稿(X, 旧Twitterから)】


着実に進歩してはいるものの、スターシップの実用化はまだ遠い状況です。次の飛行試験ではスターシップ宇宙船の大気圏再突入とスーパーヘビーの帰還が焦点になると思われますが、実際の運用ではスターシップ宇宙船はファルコン9ロケット1段目のように地上へ着陸する必要がありますし、スーパーヘビーに至っては発射台に備わっているアームを使って空中キャッチすることが想定されています。次回以降の飛行試験で両機が着水に成功しても、実用化までには地上への着陸・回収を繰り返して運用の正確性・安全性を高めていくことになるはずですし、無人飛行の成功を積み重ねなければ有人飛行を行うことはできません。


日本国内ではスターシップといえば前澤友作さんの宇宙プロジェクト「dearMoon」で月周辺まで飛行するのに使用される予定の宇宙船としてご存知の方も多いかもしれませんが、スターシップはアメリカ航空宇宙局(NASA)の有人月面探査計画「Artemis(アルテミス)」の月着陸船「HLS(Human Landing System、有人着陸システム)」としてもすでに採用されており、同計画初の有人月面着陸が行われる「アルテミス3」ミッションではHLS仕様のスターシップが使用される予定です。


【▲ 月に着陸したHLS(有人着陸システム)仕様のスターシップを描いた想像図(Credit: SpaceX)】


関連記事:NASAアルテミス計画の月着陸船にスペースXの「スターシップ」が選ばれる(2021年4月19日)


無人で打ち上げられたスターシップHLSは月周辺へ向かう前に、地球低軌道で待機していたタンカー役のスターシップから推進剤の補給を受ける必要があります。タンカー役のスターシップはスターシップHLSを運用するのに必要な推進剤を一時的に貯めておくための、言ってみれば「ガソリンスタンド」のような役割を果たす補給船です。ガソリンスタンドを運営するには外部から燃料を供給しなければならないのと同じように、タンカー役のスターシップに貯蔵される推進剤は別のスターシップを使って地上から運ばれます。


問題は、タンカーに貯蔵される推進剤を届けるのに必要となるスターシップの打ち上げ回数です。マスク氏は2021年8月、16回必要だとするアメリカ会計検査院の指摘に対して、約150トンを運べるスターシップであれば月着陸船のタンクを満たす1200トンの推進剤を打ち上げるのに必要な回数は最大8回、月着陸船の重量が軽くなることを考えれば4回で済むかもしれないと当時Twitter(現X)に投稿していました。


一方、海外宇宙メディアのSpaceNewsは、NASAのMoon to Mars(月から火星へ)計画局のLakiesha Hawkinsさんが2023年11月17日に「in the high teens」と発言したことを報じています(20回近くか)。スターシップに使用される極低温の推進剤は徐々に揮発して失われてしまうため、テキサス州のスターベースだけでなく、フロリダ州のケネディ宇宙センターで建設中の発射台からの打ち上げも含めて6日間という短期間のローテーションで行われるともHawkinsさんは語ったと伝えられています。


【▲ 推進剤補給のために地球低軌道でタンカーとドッキングするスターシップ宇宙船の想像図(Credit: SpaceX)】


いずれにしても、スペースXはアルテミス3ミッションまでにスターシップの実用化を果たし、短期間で10回から20回近い打ち上げをこなせる体制を構築し、タンカーからの宇宙空間での推進剤補給やスターシップHLSによる無人での月面着陸に成功しなければならないことになります。なお、アルテミス3ミッションは現時点で2025年、つまり再来年の実施が予定されています。


今回のスターシップ第2回飛行試験を受けて、NASAのビル・ネルソン長官は「今日の飛行試験で前進を成し遂げたチームに敬意を表します」「NASAとスペースXはともに人類を月へと帰還させます、火星やその先にも」とXに投稿しています。アルテミス計画での有人月面探査に留まらず、人類の滅亡を避けるためとしてマスク氏が掲げる「人類を多惑星種にする」という目標を前進させる上でも、スターシップの実用化には期待がかかります。



【▲ スターシップ第2回飛行試験についてのNASAビル・ネルソン長官の投稿(X, 旧Twitterから)】


 


Source


SpaceX - Starship's Second Flight TestSpaceX (X, fka Twitter)Elon Musk (X, fka Twitter)SpaceNews - Starship/Super Heavy lifts off on second flightSpaceNews - Starship lunar lander missions to require nearly 20 launches, NASA says

文/sorae編集部