初出場を果たした共栄学園の甲子園での戦いは、大会初日(8月6日)の第2試合で聖光学院に9−3で敗れた。そのわずか2日後、帰京した共栄学園は新たな取り組みを始めた。残り3週間強の夏休み中、グラウンドでの練習をいっさい行なわず、代わりにトレーニングに励んだのだ。

 就任12年目の原田健輔監督が狙いを説明する。

「去年の夏は外で練習や試合をずっとしていて、疲弊した状態で秋季大会の予選を迎えました。それで最悪な形になって......。その反省を踏まえ、今年は真逆のことをやろうと決めていました」


この夏、甲子園初出場を果たした共栄学園ナイン

【レギュラーは体重75キロ以上】

 ミラクル共栄──。

 創部18年目の今夏、専用グラウンドを持たない共栄学園が東東京大会で次々と劇的な内容で勝ち上がり、初の甲子園出場を決めた戦いぶりはそう形容された。

 その起点になったのが、昨秋に東京大会1次予選で敗退したことだった。原田監督は「上位を狙える」と見据えていただけに、ショックは大きかった。

 以降、力を入れたのが体重アップだ。「身長(センチ)×0.4以上」か「身長−100」に体重が達していることがベンチ入りの条件で、レギュラーは75キロ以上という項目を同時に設けた。予選敗退の翌週に練習試合で訪れた埼玉の強豪・山村学園がベンチ入りに上記の条件を定めていると知り、原田監督も取り入れることにした。

 それまではグラウンドで野球の練習を週に4回していたが、スケジュールを見直した。

月:オフ
火:トレーニング
水:練習
木:トレーニング
金:練習
土日:練習試合

 練習とトレーニングを交互に組むのは、超回復により筋量を増やすことが狙いだ。野球の練習にフレッシュな気持ちで取り組めるという利点もある。この練習サイクルがさまざまにプラスを生み、「ミラクル」と言われた今夏の快進撃につながっていった。

【基本はウエイトと食トレ】

 東京都葛飾区、京成電鉄本線のお花茶屋駅から徒歩4分という好立地にある共栄学園は、学校の敷地内にグラウンドがない。あるのはテニスのハードコート数面だけで、校内でできる野球の練習はティー打撃など簡単なメニューに限られる。以前は週4回、自転車で約30分かけて河川敷に行き、限られた条件で練習していた。

 基本的に甲子園を目指す強豪校は、専用グラウンドを有している。原田監督は帝京や修徳、関東第一など同地区の強豪校を見渡し、「あそこは専用球場がある」「うちもフェンスがほしい」とうらやましく思っていた。

 ところが、トレーニングに特化してから考え方が180度変わった。

「うちの学校にはトレーニングルームも食堂もある。逆に、野球の練習なしの日をつくるのは、立派なグラウンドを持っているチームにはできないだろうと考えるようになりました」

 トレーニングの日は放課後の4時頃から6時頃まで。筋量や瞬発力を高めるメニューと柔軟を実施する。終了後は学食に行き、700グラムの白米をおかずと一緒に食べてから帰宅する。最初はサバの缶詰など栄養重視でおかずを用意したが、業者に頼み、白米が進みやすいメニューに変えてもらった。

"食トレ"は高校野球で広まったが、賛否両論が尽きない。前提として体を大きくするには栄養摂取が不可欠になるが、食事の中身やトレーニングとどのように組み合わせるかもポイントだ。

「本気でトレーニングをやったらフラフラになって、野球の練習をするよりもはるかにきつい。日本の野球界は、まだそのことを理解していない」

 オリックスの山岡泰輔や杉本裕太郎などのトレーナーを務める高島誠氏のオンラインサロンで、アメリカの大学や独立リーグで投手としてプレー経験のある赤沼淳平氏が話していた内容が原田監督の印象に強く残った。日本の野球チームはグラウンドでの練習に重きを置く傾向にあるが、アメリカではトレーニングを効果的に取り入れているというのだ。

 共栄学園では、昨年の秋以前から朝練で1時間ほどウエイトトレーニングをしていたが、原田監督は「いま思えば意味がなかった」と振り返る。空いた時間に筋トレをしているという程度で、片手間だったからだ。

「ガンガンやろうぜ!」

 ノリのいい音楽とともに原田監督が前向きな声をかけると、選手たちは精力的に取り組み続けた。共栄学園では合理的に肉体改造に励んだ結果、チームの平均体重は今夏の甲子園出場49校中5位タイの76.3キロを記録するまでになった。

 全国での実績も専用グラウンドもない共栄学園だが、初めて立った甲子園の開会式で、選手たちは堂々としているように原田監督の目には映った。

「体つきは強豪校に負けていないから、生徒たちが気持ち的にも引かない。すごく大事なことだと思います」

【ラガーマンのような体格】

 現2年生はもともと体つきに恵まれた選手が多く、昨秋からの取り組みで筋量をさらに増やした。彼らは、高校球児というよりラガーマンのように見える。とにかく胸板が分厚いのだ。

 肉体改革1年目は体重増を見据えてウエイトトレーニングを多く行なったが、今年はパワーアップした体をうまく操れるように、体幹や瞬発力アップのメニューを増やしていきたいという。

 甲子園から戻った夏休みの練習は、1週間のうち1日がオフで、2、3日は練習試合を実施し、残りの日はウエイトトレーニングにあてるというサイクルで行なった。そうして9月3、10日の秋季東京大会1次予選を勝利し、本戦出場を決めた。

 野球の練習をせずにトレーニングを徹底し、はたしてその影響をどう感じたのか。原田監督が振り返る。

「体重が落ちなかったので、出力はある程度キープできました。ただ、実戦不足は否めなかったですね。生きたボールを打つことと、走塁に関してそう感じました。でもトレードオフなので、『致命的なミスが出て負けたら仕方ない』と考えてやっていました。夏に力を蓄えてきた効果が出るのは、涼しくなってきてからでしょう。これからに期待しています」

 日本の野球チームは練習しすぎるあまり、いざ本番を迎えた頃に疲労が溜まっていて、持てる力を存分に発揮できないという課題がたびたび指摘される。その意味でも、今夏の共栄学園のアプローチは興味深い。昨秋の失敗と、専用グラウンドを持たないというディスアドバンテージを逆手にとったからこそ、原田監督は発想できたのだろう。

「夏の東東京大会が始まる前から、新チームはこうやろうと計画していました。甲子園? もともと行かないものだと思っていたので......(笑)。7月のどこかからトレーニングを徹底しようと、あらかじめ決めていました」

【甲子園初出場後の変化は?】

 共栄学園は今夏の甲子園に地元出身者中心で臨んだように、基本的に下町の野球少年がほとんどで、いわゆる野球エリートはやって来ない。前年まで都大会の最高成績はベスト8で、それくらいを視野に野球に取り組みたい選手が中心だ。

 今回、甲子園に出場したことで中学生からの問い合わせは増えたが、遠征に出かけるバスの座席の都合があって、1学年20人と定員を決めている。

 学校が甲子園出場を祝い、グラウンドを建設する計画もない。都内でグラウンドを新設するには、億の単位をゆうに超える資金が必要になる。過去には甲子園出場で多額の寄付金が集まった例もあるが、初出場の共栄学園にはそのノウハウが十分ではなかった。余剰金で練習場を新設するなど、夢のような話である。

 つまり、ないものねだりではなく、これからもあるものを生かして戦っていく。昨年秋に見直した強化策が、今後も基本線になっていくわけだ。そうして自分たちならではの方法を見つけたことこそが、今夏の最大の成果だった。原田監督が言う。

「昨秋に食事やトレーニングから始めて、今夏の大会が終わって初めて思ったのが、日々の積み重ねの力は本当にすごいということです。毎週金曜に体重を測り、授業の合間にプロテインを飲む。日誌も書かせてきました。読む側のこっちも大変に感じる時は正直ありましたけど、やってきてよかったです。積み重ねの力、本当にすごいなと」

 専用グラウンドを持たない共栄学園がトレーニングを徹底し、初めて東東京を制した。甲子園から帰ってきて、その取り組みをさらにアップデートさせている。

 現代野球で上を目指すためには、フィジカルの強化は不可欠だ。その方法論はさまざまあるなか、共栄学園のように振り切った発想で一定以上の正解が出たら、日本球界のスタンダードが変わっていく可能性を秘めている。

 ミラクル共栄──。

 大きな一歩を踏み出した今夏を始まりに、何を積み重ねていくのか。その軌跡を、引き続き注視していきたい。