アメリカ、カナダで行なわれているメジャーリーグサッカー(MLS)は、西地区、東地区に分かれてリーグ戦を行ない、各地区9位までがプレーオフに当たるMLSカップへ進出、優勝を争う。リーグ内には各国の代表クラスの選手が勢ぞろい。2026年にはアメリカ、カナダ、メキシコで共催W杯もあるだけに、気運が高まっている。

 だが、世界的トピックになる流れを決定づけたのは、世界最高選手リオネル・メッシの加入だろう。

 メッシは東地区で最下位だったインテル・マイアミに入団すると、リーグカップ7試合連続10得点と離れ業をやってのけている。強豪を次々に倒し、リーグカップ優勝に貢献。USオープンでも2点をリードされた展開で、2アシストで同点に追いつき、延長PK戦を制し、決勝進出に導いた。

 神がかったプレーの連続で、MLSデビュー戦(8月26日のニューヨーク・レッドブルズ戦)では勝利に直結するゴールを記録し、最下位から脱出させている(直近のトロント戦は無得点だったもののチームは4−0と大勝)。

「メッシは異世界からやってきたような選手ですね。いきなり最下位のチームをカップ戦で優勝させてしまうんだから」

 MLSの西地区、バンクーバー・ホワイトキャップスでゴールマウスを守る日本人、高丘陽平は言う。

「MLSはメッシだけでなく、(セルヒオ・)ブスケッツ、(ジョルディ・)アルバも獲っており、トップオブトップの選手もいますが、他にもレベルの高い選手が多いですよ。スタジアムの雰囲気はいいし、ほぼ満員です。W杯(2026年)までもっともっと発展していくリーグだなっていうのは実感しています」

 メッシ移籍で盛り上がるMLSで足跡を刻む日本人GKの肖像とは?


バンクーバー・ホワイトキャップスでここまで34試合(カップ戦を含む)に出場している高丘陽平

 高丘は横浜FCの下部組織で育ち、2014年にプロ契約を結び、2016年に天皇杯でトップデビューした。地道な3年間が実を結び、2017年からJ2で定位置をつかみ、41試合に出場。これを転機に、2018年にJ1サガン鳥栖に移籍し、2019年にはレギュラーに定着している。2020年途中からは王者、横浜F・マリノスに新天地を求め、2022年にはベストイレブンを受賞し、リーグ制覇に貢献。そして2023年2月、ホワイトキャップスに完全移籍している。

【リキ・プッチのシュートをストップ】

 その経歴を振り返っても、実直なトレーニングと挑戦精神で勲章を得てきたことがわかる。今回のMLS挑戦も、その覚悟があったからこそ、早く軌道に乗ったと言えるだろう。

「(MLSでは)質のところで差別化はできているのかな、と思います」

 高丘は言う。

「たとえば、自分はビルドアップのところをこだわってやってきましたが、そこをこだわっていないGKが多くて、ラインで守るだけで、つなげそうでもバックパスを大きく蹴ってしまう。そこで違いは作れているかな、と。味方の8番(インサイドハーフ)やウィンガーにポンっと落とすようなキックを蹴れるGKはいないので」

 高丘のリベロプレーの質の高さは、過去の日本人GKと比べても秀逸なだけに、異国でも武器になった。言葉の問題はゼロではなかったが、現場用語はそのつど、身につけた。たとえばクリアは「Away」、危ないは「Man on」、フリーは「(You have )Time」など、実用的表現に修正した。他の細かい用語も、味方GKだけでなく、敵GKの指示の声にも耳を澄まし、それを取り入れた。

 高丘はMLSでカップ戦を含めて34試合に出場(9月22日現在)し、リーグの有力GKのひとりに数えられる。今年4月には月間MVPに選出され、クラブ史上最長の無失点記録を打ち立て、カップ戦のカナディアンチャンピオンシップでは優勝。すでにタイトルホルダーだ。

「新しいGKコーチの指導を受け、それで大きく変わってきたこともありますね。ボールに合わせてポジションを取るのではなくて、その行く先を予測してポジションを取るというか、先回りで修正していく感じで......」

 高丘は自らの変化を説明した。MLSは強度が高く(クロスや高さ、あるいはミドルシュートのパワーなど)、それに対応する必要があったが、そのプロセスで成長を感じたという。

「(ロサンゼルス・ギャラクシー戦で、バルサでもプレーし、MLSオールスターにも選出されたリキ・)プッチのミドルシュートをストップしたんですけど、周りから見たら、簡単に止めた、と見えると思うんです。でも、あれはGKコーチからの教えを落とし込んだものが凝縮されていて、プッチが持ち上がった時にシュートコース、ラインを読み、それに合わせて半身で下がり、足の運び方にも気をつけ、キャッチできました。今までとは景色が違っていますね」

【メッシとの対戦は?】

 日々の「世界との遭遇」にスキルは磨かれるのだろう。

「メキシコのクラブとはカップ戦でやったのですが、MLSのクラブとはまた違って、いやらしさというか、判断を変えるずる賢さもあって、"サッカーをしているな"と思います」

 そう語る高丘は充実感を滲ませた。現地の生活様式に適応。朝、昼はクラブハウスで食事し、夜は自炊が基本だという。茹でた鶏の胸肉、パプリカやグリーンリーフのサラダ、豆腐にキムチ、ご飯とお味噌汁が定番。チームメイトに食事に誘われた時は基本的に断らず、パブでコミュニケーションを取る機会は大事にしている。

 ちなみにチーム移動はすべてチャーター機。空港での面倒な手続きは一切要らない。バスが常に飛行機に横づけされ、ホテルからスタジアムまで運んでくれるという。

「(セントルイス・シティ所属でMLSオールスターのスイス代表、ロマン・)ビュルキというドルトムントでチャンピオンズリーグとかも戦っていたGKが、『いいプレーしてるね』ってインスタでメッセージをくれました。対戦した時も、向こうから『ユニフォーム交換をしよう』って。そういうのは素直にうれしいです」

 高丘はそんな刺激を受けながら、理想とする"穴がない"絶対的GKに少しでも近づこうとしている。

「メッシとは対戦してみたいです。その経験は限られたものなので」

 ホワイトキャップスは現在、西地区5位でMLSカップ出場が有力になっている。インテル・マイアミはメッシ次第で一気に順位を上げてくるはずで、対戦は必至か。高丘がメッシのシュートを防ぎ、タイトルへ――。その恍惚は、GKとして何にも代えがたい。