試合後、ベンチからピッチに出てきた久保建英(22歳)は、感情を押し殺すように俯いていた。交代出場したモハメド・アリ・チョに笑顔で肩をつかまれたが、何やら言葉を交わし、両手を広げながら納得できない様子だった。

「スペクタクルなゲーム」

 土壇場で1−1と引き分けに持ち込まれた事実に、イマノル・アルグアシル監督を筆頭に、チーム関係者の多くが折り合いをつけようとしていたが、久保は無念さを滲ませていた。自分が交代で退いてから追いつかれたことを考えれば、やりきれないのは当然か。

 久保はスタンドからの熱がこもった拍手に、歩きながら拍手で返した。しかし、なかなか視線が上を向かない。燻る気持ちを整理できないようで、他の選手にも慰めるように肩を抱かれていた。最後はパンツの裾をたくし上げるようにし、悔しさを払うように、ロッカールームへの通路に入っていった。

 久保はチャンピオンズリーグ(CL)デビュー戦をどう戦ったのか?


チャンピオンズリーグのインテル戦に先発、後半27分までプレーした久保建英(レアル・ソシエダ)

 9月20日、久保を擁するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)は本拠地レアレ・アレーナで、昨シーズンのCLファイナリストであるインテルを迎え撃っている。

 ラ・レアルは、立ち上がりから高い強度で前線からプレスをかける。相手のセンターバックの距離が近く、ビルドアップをはめることができていた。そして4分、ブライス・メンデスが一瞬の隙をついてボールを奪うと、そのままGKと1対1になり、左足で流し込み、電光石火で先制することに成功した。

 右サイドのアタッカーとして先発した久保は序盤、ボールに触れる回数は限られていた。中二日の試合、それも前戦の相手がレアル・マドリードで消耗が激しかったこともあるかもしれない。しかし、それ以上に相手が対策を講じてきていた。

 インテルの左ウィングバックのカルロス・アウグストが、常に久保の背後に回って牽制し、右SBアマリ・トラオレとの連携を分断していた。布石を打った格好で、久保へのボールを入れさせない。そしてリトリートしたときには、アウグストが5バックの左翼に入って久保をがっちりと捕まえ、左センターバック、左ボランチとも連携して二重三重の砦を築いていた。

【前半20分すぎからスイッチ】

「試合に入るのに苦労していた」
 
 地元紙『ギプスコア』の評価が低いのは、そこに理由があるのだろうが、「一度フィットすると、またもや決定的な仕事をやってのけかけた」とも記述している。

 事実、20分を過ぎると、久保はジャブを放つように二度、三度とボールを受けながら、いったんは下げている。そうしてわずかな隙を見つけると、3人を外し、縦パスを入れ、チャンスを作り出す。これで自分の間合いを作ったのだろう。

 40分のプレーは極上だった。2対1の状況ながら、縦に切り込んでマークを無力化し、右足でロビン・ル・ノルマンの頭に完璧に合わせた。シュートはバーの上を越えたが、決定的な一撃だった。

「ル・ノルマンへ上げたボールは、洗練度が贅沢なほどだった。ほとんど不可能な位置からの軌道のクロス」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』を筆頭に、このプレーには各メディアが称賛を送っている。

 スイッチが入った久保は止められない。レアル・マドリード戦で見せたように、左サイドのアンデル・バレネチェアとの釣瓶(つるべ)のような動きで、チャンスを演出。前半終了間際には左サイドに回って、角度のないところから左足で際どいシュートを放っている。この見事な動きには満員の観客から万雷の拍手が降り注いだ。

「この日はブライス・メンデスなどのMFやバレネチェアが健闘したことで、久保はレアル・マドリード戦のようにひとりで攻撃を背負う必要がなかった。そのなかでもル・ノルマンへのクロス、GKヤン・ゾマーを脅かしたシュートは危険なプレーで、後半にCKからミケル・メリーノに合わせたシーンも見事だった」

 地元紙『エル・ディアリオ・バスコ』は久保のプレーを丹念に評価していた。

 そのとおり、後半に入っても久保はセットプレーのキッカーとして、チャンスを作り出しながら、大きく貢献していた。ただ、1−0で終盤まで推移し、アルグアシル監督が「チーム全体が消耗していた」と振り返ったように、72分には久保もベンチに下がった。単純な馬力があり、本来はサイドバックのアルバロ・オドリオソラを投入しての守備固めだったが......。

 インテルの左サイドは、それまで久保を警戒し、さらに言えば恐れて身を潜めていたが、いなくなったことで息を吹き返した。こうなったときのイタリア勢の反転攻勢はなかなか止められない。ラ・レアルは最後には5バックで守りきろうとしたが、インテルは甘くなかった。87分、世界王者アルゼンチン代表ストライカー、ラウタロ・マルティネスが同点弾を放り込んだ。

「ラ・レアルのほうが、我々よりもいいプレーをしていた。すばらしいチームだった」
 
 インテルのシモーネ・インザーギ監督が脱帽するほどの展開だったが、イタリア特有の駆け引きのうまさ、勝負強さ、効率の高さも際立っていたと言えるだろう。

CLデビュー戦で、久保はあらためてその実力を見せつけたと言える。もちろん毎試合、満点のプレーができるわけではない。インテルのような老獪なチームとの戦いも重ねることで、さらなる進化を遂げるだろう。ドローという結果は一種の洗礼で、CLという選ばれし者の舞台への歓迎か。

 久保の新章が開幕した。次のCLは10月3日、アウェーでオーストリアのザルツブルクとの勝負になる。