元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
〜2023年秋場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は大相撲秋場所(9月場所)で、初日から大関相手に3連勝を飾った北勝富士や躍進著しい琴ノ若ら、序盤戦で脚光を浴びている力士たちについて話を聞いた――。

 大相撲秋場所(9月場所)が9月10日から東京・両国国技館で始まりました。

 8月に秋場所の前売りチケットの発売が始まると、ファンのみなさんの反応がよく、本場所が始まる前には15日間全日完売となりました。渡航緩和で外国人のお客様が増え、これまで外出を控えていた全国各地の相撲ファンの方々も数多く来場してくださっているようです。相撲協会員として、御礼を申し上げます。

 大相撲の本場所では午前中(9時20分)から序ノ口の取組が始まるのですが、(コロナ禍が明けた今は)当日の観戦チケットをお持ちの方であれば、誰でもこの時間から観戦することができます。今場所はそういった早い時間から観戦されている熱心なファンの方も多いようで、若い力士たちにとっては大きな励みになっています。

 また、名古屋場所(7月場所)後には、愛知県の豊田市を皮切りに東北、北海道、北陸など18カ所で夏巡業が行なわれました。こちらのほうも、連日大勢のファンの方が足を運んでくれました。ファンの方々とも近い距離で触れ合うことができるようになり、以前の巡業風景が少しずつ戻ってきているなぁ、と感じました。

 さて、先の名古屋場所では関脇・豊昇龍が初優勝。場所後には、夏場所(5月場所)後に大関となった霧島に続いて大関昇進を果たしました。

 みなさんご存知のとおり、豊昇龍は元横綱・朝青龍の甥っ子。最近、豊昇龍の表情や土俵上のしぐさなど、その叔父さんによく似て来たな、という感じがします。

 7月の大関昇進伝達式では、「気魄一閃(きはくいっせん)の精神で努力いたします」という口上を述べました。その言葉どおり、大関として一番、一番、力強く立ち向かっていってほしいと思います。

 この秋場所ではその豊昇龍と、先にも触れた先々場所後に大関となった霧島に注目していたのですが、2人とも序盤戦から連敗を喫するなど、前半戦では本来の力を出しきれていません。私は経験していないので軽々しいことは言えませんが、"大関"という地位のプレッシャーがあるのかもしれませんね。

 だとしても、ともに力があるのは確か。これから、徐々に盛り返していってほしいところです。


先場所に続いて今場所での活躍も期待される北勝富士

 一方で、彼ら2人を含めて3人の大関を撃破。初日から3連勝を飾って序盤戦で大きな注目を浴びたのが、北勝富士(前頭筆頭)です。

 北勝富士と言えば、先場所で豊昇龍、新入幕の伯桜鵬と熾烈な優勝争いを演じたひとり。千秋楽では12勝3敗の相星となり、豊昇龍と優勝決定戦を行ないました。

 本割(12日目)では、北勝富士が豊昇龍に押し出しで勝っているのですが、決定戦という大事な舞台で北勝富士は引いてしまいました。それに乗じて豊昇龍が攻め込み、豊昇龍が初優勝を手にすることに......。北勝富士にとっては、悔やんでも悔やみきれない相撲だったと思います。

 初日の貴景勝、2日目の豊昇龍、3日目の霧島との相撲を見ると、その大一番での反省もあるのでしょう。とにかく前へ、前へ、という思いで相撲を取っているのがわかります。

 子どもの頃から相撲を取ってきた北勝富士は、中学、高校、大学時代に数々のビッグタイトルを獲得してきた実力の持ち主。特に日体大2年の時には、東京農大の正代(元大関、現前頭3枚目)を破って、学生横綱に輝いたこともあります。

 大相撲界に入って幕内で活躍し始めた頃から私が感じていることは、彼の相撲はパワー一辺倒というより、バランス型に近いということ。突き押し以外に、寄りや投げ、引くことに関しても巧みな面を秘めています。

 ただある時から、頭から当たっていくような相撲が見られなくなってしまったのです。何らかの事情があったのだと思いますが、その結果、実力がありながらなかなか突き抜けることができませんでした。

 それでも、ここ最近になって以前の自らの相撲を思い出したのか、立ち合いからガンガン相手力士に当たっていくようになりました。それが、先場所の好成績につながったのではないでしょうか。

 彼はまた、地道に稽古をする力士でもあります。私の座右の銘は「今日一日の努力」ですが、力士というのはとにかく日々の地道な努力が大切です。北勝富士は31歳にして、これまでの努力が花開いたような感じがします。今後も頑張ってほしいと思います。

 強いて気になる点を挙げるとすれば、自分よりも番付が下の力士と対戦した時にも大関戦のように思いきって当たっていけるのか、ということ。番付が下だからといって、大事に相撲を取るようなことはしないでほしいなと思っています。

 他では、先場所小結で11勝4敗。敢闘賞を受賞して、一躍「次期・大関候補」となった琴ノ若から目が離せません。3日目の玉鷲戦、4日目の隆の勝戦の相撲を見た際には、「次期・大関候補」というより、すでに「大関が見えてきた」という感じさえしました。

 このコラムでも何度か指摘していますが、あえて苦言を呈すなら、腰が高いこと。恵まれた体格の持ち主ですから、腰を割って、さらに前傾姿勢で出ていけば、もっと相手に圧力が伝わるはずです。

 ともあれ、ここにきて土俵上の表情に厳しさが加わってきた琴ノ若。優勝争いに絡むような活躍を期待したいです。なにしろ、琴ノ若の父親は佐渡ヶ嶽親方(元関脇・琴ノ若)。そして、お祖父ちゃんは元横綱・琴櫻、先代の佐渡ヶ嶽親方。琴ノ若の大関昇進が叶えば、お祖父ちゃんの四股名を継ぐという話もあるようですから、なおさらです。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。