DeNA松尾汐恩が明かす22歳差・藤田一也との「奇跡の再会」背中を押してくれた言葉、縁と絆
松尾汐恩〜Catch The New Era 第6回
秋になり、いよいよ1年目シーズンのゴールが見えてきた。残り試合も少なくなってきたこの時期、横浜DeNAベイスターズのドラフト1位ルーキーの松尾汐恩は、何を思うのだろうか。
「やっぱり自分としては一軍でプレーしたいと思っているので、声をかけていただけるようにファームでしっかりとプレーしたいと思っています」
藤田一也(写真右)の自主トレに参加した時の松尾汐恩(写真・本人提供)
今季、松尾は6月下旬に一軍昇格があったが、2日間帯同したものの、プレーをすることなく登録抹消されている。一軍の空気を知る貴重な機会ではあったが、やはりプレーをしたかったというのが素直な気持ちだろう。
そんな折、親友でありライバルでもある巨人の浅野翔吾が、8月18日の広島戦(マツダスタジアム)で、プロ入り初アーチを放っている。この浅野の一発は、松尾を大いに刺激した。
「仲のいい友人ですし、うれしいって思いは正直ありました。でも、それより自分も負けていられないぞ、もっと頑張らなきゃいけないって気持ちが一番強かったですね」
真っすぐな眼で松尾はそう言った。
しかし、松尾も打撃に関しては負けてはいない。ファームでは300打席を超え、打率.281、本塁打5、OPS.723(データは9月13日現在)と高卒1年目の選手としては、かなり優秀な数字を残している。加えて9月6日のヤクルト戦(横須賀スタジアム)では、イースタン・リーグ史上12人目となる『サイクル安打』を達成するなど、華のあるバッティングを披露している。
長打を生むスムーズなスイング。はたしてどんなバットを使っているのかと尋ねると、松尾はちょっとはにかんだような笑顔を見せ、次のように教えてくれた。
「じつは今、藤田一也さんのモデルを使っているんです。一也さんが以前使っていたモデルと今のモデルを何本か用意して、重さは850グラムから880グラムぐらいですかね。グリップを自分のカタチにして、コンディションに合わせて使い分けています」
藤田はプロ19年目の大ベテラン。昨年、楽天から10年ぶりに古巣DeNAに帰還した、誰もが信頼を寄せる精神的支柱だ。
【まさか一緒にプレーできるとは...】そういえば......と思った。8月上旬にハマスタで開催された『キッズSTAR☆NIGHT』というイベントで、少年時代の松尾とそれを見守る藤田の写真がバックスクリーンに映っていたのだが、ふたりは昔から知り合いだったということなのか。そう尋ねると、松尾は頷いた。
「はい。あの写真は僕が小学校6年生ぐらいで、一也さんが楽天の時ですね。小学生の時の選抜チームの仲間のお父さんが一也さんと知り合いで、それが縁で自主トレに参加させてもらったんです。以来、一也さんは僕にとって目標というか、見られる時は試合を見ていましたし、かなり影響を受けた方なんです」
出会った時の藤田は、松尾少年に優しく溌剌とした表情で何度も次のように言ってくれたという。
「プロ目指して頑張れよ!」
昨日のことのように、松尾はそのことを思い出す。
「一也さんのその言葉はずっと印象に残っていて、自分の背中を押してくれたというか......その言葉があったからプロを目指して頑張ろうって思えたんです」
憧れのプロの選手のひと言が、野球少年だった松尾の心の支えとなり、そして数年後、偶然にもふたりは同じユニフォームに袖を通すことになった。
「本当に"まさか!"って感じでしたし、入団が決まった時、憧れの人と一緒にプレーができると思うと、本当に喜びでいっぱいでした。一也さんに挨拶に行ったら僕のことを覚えていてくれて、うれしかったです」
松尾は頬を紅潮させそう語った。今季前半、藤田はファームに帯同されていることが多く、ルーキーの松尾は、偉大な先輩からの言葉はもちろん、一挙手一投足を見逃さないよう食い入るようにプレーを見て学んだ。
「バッティングにしても、チームや勝利を考えたプレーというのはすごいなと思いますし、ポジションは違いますが、フットワークやスローイングを見ても感じることは多いですね」
時には藤田を質問攻めにすることもあったという。
「とくにバッティングは自分から聞いて、細かいところまで教えてもらっています。一也さんからは『自分からしっかりボールのラインに入っていけ』と言っていただき、打席に入る時は頭を整理して挑むようにしていますね。ほかにも身体のケアだったり、いろんな話をさせてもらっていますし、勉強になることが本当に多いです」
言葉の一つひとつに感心した様子を見せる松尾。そして、決意したように言うのだ。
「長い間、野球に関わっている一也さんを見て思うのは、自分も同じように長くプレーできる選手になりたいということです」
【藤田一也が語る松尾汐恩の可能性】一方で藤田は、親子ほど歳が離れたかわいい後輩である松尾について次のように語った。
「汐恩は小さい時から知っているし、僕としては一緒にできてうれしいですよ。プロになってからも気さくにどんどん話しかけてくるし、なんかこう"話を聞いて何か取り入れてやる"っていう部分が目に見える選手なんで、こっちもいろんなことを伝えたいなって思うし、本当に楽しみで仕方がないんですよ」
藤田は笑みを浮かべつづける。
「バッティングに関しては、高卒1年目とは思えないセンスですし度胸もある。えっ、バットですか? そうそう、僕のモデルなんですよ。まあ、今の時期はいろんなバットを試すことも必要ですし、僕のバットはシンプルなんですけど、そこが汐恩にしっくりときているみたいですね。けど、僕のバットは遠くに飛ばすというよりも、外野の前に落とすようなイメージでつくっていて、それでも汐恩は簡単にスタンドに放り込んだりしますからね」
感嘆した様子で藤田はそう語った。そして次の瞬間、口元を引き締め言うのだ。
「ただプロのキャッチャーとしては、見ていてまだまだ習得しなくてはいけない部分もあるので、ファームで経験を積んでいくことが必要だと思います。だけど才能はあるし、考えることも、努力することもできる選手なので、近い将来、一軍の正捕手、そして日本代表のキャッチャーになってほしいなって、僕は思っています」
ドラ1ルーキーが尊敬してやまない野球のすべてを知る大先輩は、期待を込めた表情を見せると頷いた。
当然、松尾もそれに応えるつもりだ。今はバッティングが注目されているが、自分自身の核心にあるのは、捕手としてどう生きていくかだ。
「今は本当に基礎的なところを重点的にやっています。スローイングやキャッチング、苦手なところはもちろん、得意なところも日々の練習で精度を高めるようにしています。少しずつですが、やりたいことができてきている実感もあるんです。シーズン残り少ないですけど、守備の部分でさらに細かい部分ができるように、上を目指して練習していきたいと思います」
はたして今季、松尾が一軍でマスクをかぶるチャンスはあるのか。本人しかり、見てみたいと思っているファンは多いだろうが、まだ慌てる必要はない。ポテンシャルは、藤田が言うように十分にあるのだから、じっくりと準備をしてもらいたい。
球界を代表する捕手へ──その歩みはまだ始まったばかりだ。