軍事衝突への危機感が高まる中国と台湾。デザイン/小林由依、杉山未記、藤本麻衣、中村方香

「台湾有事は日本有事」という言葉が一般的になった背景は何か。台湾有事の見方を含めて、台湾政治や中台関係に詳しい東京大学の松田康博教授に解説してもらった。

『週刊東洋経済』7月31日発売号では「台湾リスク」を特集。緊張が高まる台湾海峡の情勢や半導体強国の背景、2024年総統選挙など台湾の政治経済を徹底解説している。

日本が何もしなくても巻きこまれる

――日本では有事に巻き込まれたくないという考えから、「台湾有事は日本有事」という言葉への反発もあります。なぜ「台湾有事は日本有事」といえるのでしょうか。


もともと専門家の間では「台湾有事は日本有事」は常識だったが、安倍晋三元首相が言及したことで、一般に知られるようになった。

なぜ「台湾有事は日本有事」なのかと言えば、中国軍が台湾に侵攻すれば日本が何もしなくても巻き込まれるからだ。まず台湾有事は台湾海峡だけの局所的紛争にとどまらず、地域的な大戦争になる。

中国軍が台湾を攻撃する際には台湾海峡を渡るイメージが想像されがちだが、実際の配備をみると、もっと範囲は広く、かつ大規模なものになる。まず福建省や江西省などからはミサイルを台湾に撃ち込み、航空機による爆撃を行う。

その後、上陸部隊が動く。台湾北部向けには上海から、台湾南部向けには海南島から行く。台湾は当然それに反撃するのだから、東シナ海と南シナ海も戦場になる。加えて中国は東側からも台湾を攻撃する予定なので、西太平洋地域も戦場になる。海上での戦闘では浮遊機雷も使われるが、それらが海流の影響で日本周辺に流れれば、日本近海で船舶が航行できない状況も起きる。

さらに中国軍は台湾上陸を行う際に米軍の介入を考慮せざるをえない。米軍が介入すれば台湾侵攻の成功は遠のくので、本来は台湾だけを攻撃したいが、米軍が介入する可能性を排除できない。米軍が介入してから反撃するのでは遅すぎるので、初日から侵攻の障害となり得る在日米軍基地や自衛隊の基地などすべてを標的にして攻撃できるようにしておくのが中国軍の基本的な作戦だ。中国はそのための軍事力整備を進めている。

――米軍が台湾有事に介入して、それを日本が支援するから巻き込まれるということではなく、戦争開始時から巻き込まれるので「台湾有事は日本有事」なのですね。

中国がそう考えて準備しているということだ。日米は何もしていないのにいきなり攻撃されるかもしれないという点で「第2の真珠湾攻撃」になる可能性がある。日本もかつては真珠湾攻撃など発想すらなかったが、1930年代に軍事能力がついて、一撃でアメリカ太平洋艦隊を潰せるかもしれないと考えはじめ、それに向かって準備し、実際にやってしまった。

軍は作戦を遂行する際に最悪の事態を想定する。中国は当然米軍が介入する可能性を考えて動く。米軍を攻撃すれば、自衛隊が米軍を支援し、かつ自衛隊が反撃する可能性があるから自衛隊も攻撃する。中国軍が台湾に侵攻する時に日本は努力すれば巻き込まれなくてすむかもしれないという発想は非現実的、日本は主要な標的だとの理解がまず必要だ。

では、在日米軍を撤退させればいいという人もいるかもしれないが、そうなったら抑止が破れて、台湾と尖閣諸島を同時に攻め取る誘惑を中国に与える事になる。結局米軍撤退は戦争の引き金を引き、米軍がいない状態で日本は核兵器を持つ中国と戦うことになる。そんな戦争は絶対に起こさせてはならない。

中国がいきなり日米を攻撃する場合、何かしら開戦理由を考える。口実を与えなければいいという議論もあるが、ロシアがウクライナにやっていることを見ればわかるように理由はいくらでも作ることができる。6月に習近平氏が琉球(沖縄)について言及したが、沖縄の主権について屁理屈をこねる可能性も否定できない。

今後5〜10年で抑止が破られる可能性

――日本も標的であれば、有事を抑止するためにどのような準備が必要ですか。

重要になるのは、日本がどれだけの能力を保持しているかだ。例えば、台湾の空軍基地では戦闘機をミサイル攻撃から守るために頑丈なコンクリート製の掩体(えんたい)という格納庫が整備されている。しかし、日本でほとんどの航空自衛隊基地には全機を格納する掩体がなく、あるのは千歳や三沢など一部の基地にすぎない。弾道ミサイルの奇襲攻撃を受けたら日本の大半の航空戦力は壊滅する。

日本は防衛予算が足りず正面装備をそろえるのに精一杯だったため、基地の強靱化や弾薬等購入が十分できていなかった。脆弱性が高く、継戦能力が低いのが日本の現状だ。

ただし、現在の中国は米国に勝利する能力がまだないため、抑止された状態だ。中国はこれを打破するため過去40年間、大軍拡を進めた。一方、日本や台湾は防衛予算がずっと横ばいだった。このままでは今後5〜10年で抑止が破られる可能性がある。今成立している抑止を維持するために日本は防衛力を抜本的に強化する必要がある。

一番有効なのは、日本が生存力の強い反撃能力を配備することだ。これがあれば中国の台湾上陸作戦は確実に失敗する。つまり、中国は武力行使に着手できなくなる。

――軍拡競争に陥ってかえって地域の緊張を高める安全保障のジレンマが起きて、軍事衝突のリスクが高まるとの主張も出ています。

中国は、自国防衛ではなく現状変更を目指しているので、その議論は当てはまらない。中国はこのまま進めば、日米台を圧倒できると考えて軍拡している。日本が増やそうが減らそうが中国は増やし続けるので、台米日が安全保障のジレンマを恐れて控えめにすればするほど、中国は目的を素早く達成できる。

習近平指導部に、必ず失敗すると理解させる


まつだ・やすひろ/1965年生まれ。1988年、麗澤大学外国語学部中国語学科卒。1990年、東京外国語大学大学院地域研究研究科修了。1994-1996年、在香港日本国総領事館専門調査員。1997年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。2003年博士(法学)学位取得。1992年-2008年防衛庁(省)防衛研究所で助手・主任研究官。 2008年東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2011年より現職(写真:本人提供)

むしろ安全保障のジレンマを中国側が感じ始めるようになって初めて軍備管理や軍縮の機運が生まれる。中国側が「いくら増強しても米日台も対応してくる」と考えてからようやく軍拡が非効率だと悟るのだ。

日米台など現状維持勢力が安全保障のジレンマを懸念して対応を放棄すれば、中国は台湾侵攻が成功する可能性が高まったと考え、より戦争が起きやすくなるだけだ。

――日本が防衛力を拡大すると日中関係が悪化して、経済関係や外交関係が崩れるので対話が大事との意見もあります。

外交・軍事二元論は国際社会で通用しない特殊な考え方だ。軍事力は外交の後ろ盾になるし、戦争中も外交が続くのが普通だ。抑止とは武力行使を思いとどまらせることなので、手段に外交や経済も含まれる。防衛力増強を行い、同時に外交手段を使って習近平指導部に対して武力による現状変更をやったら必ず失敗すると理解させる。

また経済で共存共栄を図り、発展を目指したほうがよく、戦争になれば中国経済が破綻し、共産党が政権を失うと感じさせることが重要だ。

――中国が台湾有事を起こす可能性が高まる時期はいつ頃だとみていますか。

それは、それぞれの国の動き次第だ。台米日が防衛力を増強して、簡単に攻めさせない形を作れば中国が動く蓋然性は低くなる。5年後には中国軍による台湾上陸能力は高まるほか、10年以上先になれば中国の核戦力も米国を抑止できると判断できるようになる。そして米国が介入しないだろうと中国が判断または誤算すれば有事が発生する可能性はさらに高まる。

国力がピークなので今のうちにやるのがいいのか、それとも経済が落ち目になっても軍拡はしばらく十分可能なので、着上陸能力や核戦力などを増強して台湾侵攻能力を高めるという時間をかけたほうが有利とみているかによる。

「台湾統一」は単なるスローガンに変わることも

また習近平氏という独裁者の時間軸で考えることもできる。彼は後継者を育てておらず、20年以上中国の最高指導者であり続ける可能性がある。今年70歳だが、85歳になってから戦争指導をするのは年齢的に厳しい。元気なうちに解決したいはずだ。

ただし、中国は武力行使をすることを決めている訳ではない。武力統一が可能な能力をつけたうえで台湾を屈服させたほうが安上がりなので、能力獲得と武力行使を混同しないほうがよい。台湾統一のような夢みたいな政治目標は最初のうちは本気でも、次第に相当難しいことがわかると、取り下げるわけにもいかないものの、最後には単なるスローガンに変わることがある。

習近平氏は合理的に考えられる人であり、彼の合理性にあわせて対応していけばいい。日米台は「台湾統一」が単なるスローガンになるよう目指し、習近平氏が「今年もまだ力不足だ。ほかにもっと重要な課題がある」と感じる状態を常に作り続けることが大切だ。


(劉 彦甫 : 東洋経済 記者)