誰もが100年生きうる時代に、16歳から考えるべきこと(写真:Mills/PIXTA)

「社会を取り巻く環境が変わっている今、教育もシフトすべきだ」と、未来の学校教育代表・宮田純也氏は説く。テクノロジーが進化し、長寿化する中で、100年時代の人生戦略を教育現場でどう教えるべきなのか。

誰もが100年生きうる時代の働き方、学び方、結婚、子育て、人生のすべてを描いた『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』のエッセンスを凝縮し、『16歳からのライフ・シフト』として高校生向けに監修した宮田氏に、高校生のうちから「100年時代の人生戦略」を考えるべき理由や、これからの人生を豊かにするために教育の現場で何ができるのかを聞いた。

3ステージからマルチステージへの移行に必要な教育

――高校生から100年時代の人生戦略を考えることについてどう思われますか。

『ライフ・シフト』には、私たちはこれまで3ステージ(教育・仕事・引退)の人生を生きてきたけれど、これからはマルチステージの人生が主流になるのではないか、と書かれています。


マルチステージの人生とは、学んだり、働いたり、地域活動に参加したり、余暇を楽しんだりといった活動に、各人が、それぞれのタイミングで取り組み、経験や学びを昇華して多様で複雑な移行を行うことです。

言わば、「人生いろいろ」とは昭和の歌にもありますが、これから私たちが生きる社会は、人生が画一的なものから、より一層、各人各様のものになっていくということだと思います。

私はこの考え方に強く共鳴し、日本の学校教育も新しい人生設計に応じた、新しいものに変わっていく、あるいは取捨選択も含めて新しいことを取り入れていくことが必要ではないかと考えています。

ところが、今の日本では、VUCA時代と呼ばれて、人生において「自助」という自己責任による人生設計の割合が高まっている中でも、中学校では高校進学のこと、高校では大学などへの進学や就職について、大学では自己責任で進路を選ぶという次の移行のみに焦点を当てた指導が中心になっていることが多く、自分の総体としての人生や人生設計を考え実践することが「先送り型」となっている状況にとても危機感を抱いています。

人生100年という時代背景を学んだ中で、長い目線で今の自分をとらえる、つまり人生100年という観点で今の高校生としての自分を見つめるという、より高い視座を持って自分の人生を形作っていく土台(自分の人生を自らコントロールできる力や学びによって自己を再構築する力・マインドセットなど)を形成することが学校教育でより大事になっていくと思います。

そうした背景の中で、人生100年時代を提唱している『ライフ・シフト』の概念は、学校生活や人生を考えてみて、自己実現、良い人生を形作っていくための基礎を学生時代に築くのにぴったりだと思いました。それが高校生向けの『16歳からのライフ・シフト』の監修のきっかけです。

社会の変化に合わせて教育もシフトすべき

歴史的な円安という理由がありますが、G7の中で、日本だけが唯一GDPを下げています。明らかに日本社会は、構造疲労を起こしていると言えます。1990年代に起こった「情報革命」は、農業革命、産業革命に次ぐ第3期革命期をもたらし、社会が大きく変化しました。


宮田純也(みやた なおや)/一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事。早稲田大学高等学院、早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻教育学専修卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」創設や2億7100万円の奨学金設立など、様々な教育に関する企画や新規事業を実施。株式会社未来の学校教育代表取締役などを務める。編著書に『SCHOOL SHIFT』(明治図書出版)。監修に『16歳からのライフ・シフト』(東洋経済新報社)。(撮影:梅谷秀司)

テクノロジーの進歩は情報機器のみならず、医療やインフラなど、多くの領域で変化をもたらしているのです。テクノロジーによって私たちの寿命は延び、人生設計、つまり個人が生まれてから死ぬまでの生き方に影響を与えています。残念ながら日本は、社会制度や個人の意識レベルでもその流れに乗るのが遅れてしまっているのではないでしょうか。

そうした動きの中で、1990年代に起こった情報革命による高度情報社会化が、コロナにより一気に進みました。これによって私たちが過ごす日々の生活も情報通信技術により大きく変貌を遂げています。今までは変わりたい人だけが変わっていたのですが、コロナ禍においては、すべての人が変わらなければいけない、当事者になったのですから。

一方で、今まで日本社会を変えることができなかったのは、学校教育にも問題がありました。前提として、学校教育だけに責任があるということではなく、企業や行政、私たちなどにも当然責任があり、学校教育だけに責任があると主張したいわけではない点にご留意ください。

私たちが経験した学校教育とは「近代学校教育」と呼ばれ、明治時代に作られたものです。「近代学校教育」は、産業革命に対応した社会に有為な人材の輩出が一つの社会的な役割とされました。社会が変わってしまったのに、今日の学校教育は前時代的な制度と仕組みになってしまっています。今こそ、情報革命によって生み出されている新しい社会に対応した学校教育が必要だと考えています。

長寿化やテクノロジーの変化に対応するためには、生き方・働き方も変えていかなければなりません。そのような情勢のため、現在は大勢の人、それは教職員も含めて、学校が今までやってきたことを漫然と続けていいのかという疑問を呈しています。解決策のひとつとして、学校教育を何かしら大幅に変えていかなければならないのは、必然のことです。

教員側もライフ・シフトする時代

――宮田さんはなぜ日本の学校教育を変えたいと思っているのですか。

そもそも教育に興味を持った原点は中学時代。部活の先生が亡くなり大勢の生徒や教え子と思われる人たちが葬儀に参列していました。葬儀を手伝っていましたが、先生という職業は本当に多くの人へ影響を与えるものだと体感し、その興味が大学時代まで続きました。修士論文で新しい教育のうねりについて書いたのですが、アカデミックの世界だけの理論ではなく、学んだ理論や知識などのインプットを社会実装して社会に貢献したいという思いに変わったのです。

産業革命が機械や機器などのハードの力で動く「機械の時代」をもたらしたのに対して、情報革命は人の価値観や思考力などをはじめとするソフトの力で動く「人の時代」をもたらしたと言うことができるでしょう。

近代学校教育に関する諸問題は、産業革命に対応した近代学校教育が、情報革命によって生み出されている新しい社会に対応できていないことによってもたらされている側面があるのではないかと考えています。つまり、「機械の時代」から「人の時代」への移行に関して諸問題が起こっているのではないかと考えています。

その問題は教育格差や教員の働き方改革、授業や学校組織改善など多岐にわたりますが、その問題に対して自分たちなりに創意工夫をして取り組んでいる先生方をはじめとした学校教育関係者がたくさんいます。


宮田氏が代表を務める日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム2023」が8月19日(土)〜20日(日)に開催されます。

そのような学校改善・改革的な取り組みに貢献してみたいという思いが「未来の先生展(現・未来の先生フォーラム)」の創設につながっています。

それはもう汗をかいて(笑)、毎日のようにあちらこちらに出かけて、賛同者を集めました。今では、学校教育業界の関係者約4000人が参加する、日本最大級の教育イベントに発展しています。4000人というのは相当な数で、多くの人が問題意識を持っていることがうかがえました。学校教育に携わる人が、一堂に集まり学んで交流することで新しい学校教育の創造へ貢献しています。

現在の学校教育業界では、学校とはどのような場所で何をする場所なのか、という根本的な議論も生まれています。まさに「学校教育のSHIFT」へ動き出し、さまざまな取り組みが個人レベルから政策レベルでも実践されています。

未来の先生フォーラムではそのような流れに何らかの形で貢献するために様々な観点からプログラムを実施しています。

情報革命によって、今や個人が社会を動かす原動力になっています。グローバル×高度情報社会×テクノロジーによって、個人が社会へ与えるインパクトは歴史的に見ても高まってきています。いま、私たちには「人の時代」、すなわち「個」の時代が到来し、「個」の時代だからこそ、一人の人間から社会の変動・変革は始まると考えています。

私たちには様々な可能性があり、それを形にすることが歴史的に見ても容易になっています。ライフ・シフトの考え方に照らし合わせれば、学校の先生も「マルチステージ型の人生」を実現することができます。その経験は個人のキャリア形成のみならず、組織の成長にも寄与するということが言えるでしょう。

アンディ・ハーグリーブス教授は、「教えることと学ぶことは、『常に』社会的で情動的な実践」と述べています。これからの教師の役割は、学びのデザイナーやコーディネーターとして、学びの環境づくりやリフレクティブな学びを実践するという方向になると思います。より良い社会を構成する力を子どもたちに身に付けさせる仕事になるのです。

そのためには、働き方改革による労働条件や環境の改善だけでなく、働き方自体を多様化し、教師が働き方を主体的に選べることも大切です。教師自らが「人生100年時代」をより良く生きることで、より良い教育活動につながり、より良い社会を創造することになるのではないでしょうか。

今の教育現場には制度面の問題ももちろんありますが、まず私たち自身ができることから行動して現状を変えていく必要があると思います。私自身も当事者として、多くの人たちとより良いキャリアや人生を創ることができる社会を創っていきたいと考えています。

『16歳からのライフ・シフト』を読んで得られること

――高校生たちに本書から何を得てほしいですか。

まず「これからの社会の姿はこうなるよ」、ということを具体的に理解してほしいですね。若者世代の葵と翔太、その親世代の浩子、祖父母世代の武夫、というように具体的な人物が登場するので、わかりやすいと思います。

これから歩む人生は、親とは全く違う時代だということに気付いて、自分が社会とどういう風に間合いをとって生きて行けばいいのか、考えるきっかけにしてほしいですね。自分なりに社会と距離をとるには、自分自身・社会それぞれの理解を深めていくことが大切です。本には、いろいろな選択をしている実例が出てくるので、自分自身・社会の双方について理解を深めやすいと思います。

本の中で、自分のアイデンティティを持つことの重要性やパートナーとの関係、個人の資金面の話などにも触れられているのも特徴です。

自分のアイデンティティについて考える手助けとして、「あなたは、自分がどういう人間なのか、何を大切にして生きて行きたいか、挙げてみよう」といった問いを章末に入れています。それにより、読者がこれからの人生を自分事として考え、深められる構成となっています。

自由と責任は表裏一体だが可能性は広がる

『16歳からのライフ・シフト』では、20歳の時の自分、30歳の時の自分、それ以降の自分を考えるヒントがいっぱい詰まっています。働き方だけでなく友人関係や家族関係などの展望を含めて自分の人生を考えていくことができます。


『16歳からのライフ・シフト』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

これからは今よりもリベラルな社会になると思いますが、自由と責任は表裏一体ですから自分で責任を取らなければならない。その意味では、厳しい時代となるかもしれません。

ただし可能性はぐんと広がります。学歴や性別、親の社会的地位に縛られず、より自分らしい人生をおくることができるのですから。100歳生きる時代ですから、失敗してもいくらでも取り返せます。自分の人生を、主導権を持って創り上げることができれば、面白い時代になると思います。

「社会」というのはあくまで概念にすぎません。一人一人がより良く生きることがより良い社会創造につながります。本書がそんなことに少しでも貢献できれば幸いです。

(宮田 純也 : 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)