「社会保険で子育て世代に負担を課したら、むしろ少子化が進む」という話はどうも矛盾しているようだ(写真:tabiphoto/PIXTA)

岸田文雄政権は6月13日に閣議決定した「こども未来戦略方針」で、子ども・子育て支援策のために社会保険制度の賦課・徴収ルートを活用した「支援金制度」を構築し、その詳細について年末に結論を出すこととした。

こども未来戦略会議の構成員で、既存の社会保険制度を活用する方法を発案したのが慶応大学の権丈善一教授だ。この案に対しては「社会保険の流用」「逆進性がある」「賃金引き上げ機運に水を差す」「五公五民」などの批判が出ている。

そこで上中下3回に分けて、権丈教授になぜ賃金比例・労使折半の社会保険で子育てを支える案を主張してきたのか、その理由と考え方について順を追って解説するべく、緊急寄稿してもらった。

中編の今回は、事業主負担の意味に加え、「社会保険は逆進的だ」「子育て世代に負担を課すと少子化が進む」といった疑問や批判に答えている。

【上編】社会保険が子ども・子育てを支えるのは無理筋か(7月28日公開)

【下編】子育て支援「事業主負担」で賃上げ機運は萎むのか(8月4日配信予定)

意外と知らない社会保険制度の費用負担構造

日本の社会保険制度は、給付のための財源を社会保険料のみで賄っているわけではない(国、地方の費用負担あり)。加えて、日本の社会保険制度は、古くは老人保健拠出金(老人保健制度)、今は後期高齢者支援金などを出している。

つまり、当該社会保険からの直接的な給付を受ける人たちのみが当該給付に要する費用のみを負担するという原型に、すでに社会政策的な変容が加えられているのが、日本の社会保険である。

さらには、失業保険から発展して1974年に名称を変えた今の雇用保険からは、失業給付のほかに、育児休業給付や児童手当などを賄うための社会保険料や子ども・子育てへの拠出金も賄っている。

そうした社会保険制度の主財源を占める被用者保険の社会保険制度の費用負担構造というのは次のような形をしている。


日本の被用者保険では、賃金月額を標準報酬月額と呼ぶ。そして健康保険組合、協会けんぽは、賃金月額が5.8万以上になると加入でき、賃金月額に医療保険料率(例えば協会けんぽの平均保険料率10%)が掛けられ、その額(5800円)を、労働者と使用者が折半して(それぞれ2900円)、医療保険制度に拠出する(ゆえに、労働者の手取り減は2900円)。

そして、保険料率が乗じられる賃金月額には上限があり、医療保険、介護保険の場合には、139万円となる。

被用者保険制度の費用を、なぜ、労働者と使用者の双方が労使折半で負担するのか。「第3回こども未来戦略会議」における私の発言を参照されたい。

周知のように、社会保険はドイツ帝国のビスマルク社会保険から始まります。そこでは労使折半という負担のルールがつくられました。そのときの理由づけは、資本主義から最も利益を得ているのは経済界だろうと。だから、資本主義の存続に不可欠な労働者の生活を守るために、企業も折半で負担するようにというロジックでした。

ビスマルクは、前史にあった共済の仕組みを社会化した側面はあったが、これらを近代化した社会保険に転化した。

もちろん、事業主負担は賃金や消費者に転嫁される。しかし、この転嫁論は、常時、瞬時に100%転嫁されるというのならば政策の世界でも意味があるが、転嫁しきれないところが残っている限り、政策論としてはまったく意味がない。

厚生年金の適用拡大をはじめ事業主負担の拡大策に経済界が強く抵抗したり、厚生年金非適用(つまり事業主負担なし)の非正規雇用を経済界が好んできたりした事実には、やはり彼らにとって労務コストを抑制できるという意識があったのだと考えられる。

もし、いつも事業主負担は賃金や消費者に100%転嫁されていると信じている人たちがいるなら、厚生年金の適用拡大に抵抗するのはナンセンスだと経済界を説得する役目に回っておいてもらえればと思う。と言っても、労使双方から無視されるだろうが。

再分配政策の評価はネットで行うのが当然だ

社会保険と言えば、条件反射的に「逆進的だ」という報道が散見される。しかし、社会保険の費用負担構造は、保険料率が乗じられる賃金月額上限が139万円である医療保険・介護保険の場合は、ほとんど賃金比例の性質であると言える。

そうした、賃金比例、労使折半で、医療、介護、年金保険制度に拠出された財源は、公費(国税、地方税)を加えられて、国民への給付に回されることになる。いわゆる、江戸時代の五公五民でイメージされる年貢の世界とはまったく異なるのが現代社会における所得再分配政策である。その構造は下図のようになっている。


現代の政府は、市場が「貢献原則」に基づいた所得の分配を「必要原則」に基づいて修正している。したがって、これら再分配政策の評価は、給付側面をも見る必要がある。

次の図は、公的医療保険制度を持つ日本と、それを持たない市場依存型福祉国家の代表、アメリカでの、家計所得と、使った医療費の関係を表した図である。公的医療保険制度の目的は、(所得や資産という支払い能力ではなく)医療ニーズに応じて医療を利用できるよう、消費を平準化した社会を構築することである。図をみればわかるように皆保険の日本は、それに近い社会になっており、所得と関係なく医療が利用されている。


このような医療に要する費用を、所得比例、労使折半で賄っているのであるから、所得の再分配構造は、次の図のようになる。


誰がネットの給付を受けるのかを考えよう

上図は、所得に関係なく給付の必要性は一定と考えられる医療の場合だが、子ども・子育て支援ではどうだろうか。そこでもネットの所得移転構造を見る必要があることについて、私は「第1回こども未来戦略会議」で次のように述べている。

再分配政策の政治経済学が私の専門ですけれども、再分配というのは、薄く広く集めて必要な人に集中的に分配する政策です。したがって、この政策は受益から負担を引いたネットで評価しなければなりません。薄く広く集めるのですから、給付を受ける人も負担します。しかし、子育てをしている人たちのネットの受益は大きくプラスになるわけです。

介護保険料を払っている人が介護サービスを利用する場合には、今、介護を必要としていない人たちの支援のおかげで、今の利用者本人やその家族のネットの給付は大きくプラスになる。

そして当然のことであるが、子育ても同じであり、図2「貧困線と貧困のライフサイクル」において支出が膨張している子育て世帯、子育て世代のネットの給付は大きくプラスになる。それが、消費の平準化を行う所得再分配政策というものである。

しばしば、「子育て世帯に負担を課すのはおかしい」「その世代に負担を課すと少子化が進む」という論を見ることもあるが、それは、受益をネットで考えるべき所得の再分配政策というものを理解していないだけの話である。

なお、「こども未来戦略方針」が謳うように「全世代型で子育て世代を支える」ために子育て世帯・世代の受益がネットではプラスになる政策を充実させていくとしても、支援策の中の一部を構成する現金給付については、これをより必要とする子ども、世帯に集中していこうとする動きは、給付の有効性という観点から当然起こる。

社会保障の世界では、1950年代末にティトマスが提示し、1970年代にアトキンソンが強調した「ハーモナイゼーション問題」として位置づけられ、税制を通じた租税支出(tax expenditure)である所得控除と、それとは別ルートで整備されてきた手当の調整問題として意識されていた。

具体的には、公的年金給付や児童手当の拡充の中で起こった問題である。後者については、子ども・子育て支援という同じ目的を果たす児童扶養控除と児童手当との調整問題が起こる。児童扶養控除は高所得者ほど給付(税金支払いの減少)が大きくなるため、これを子ども1人ひとりに等しく給付が行われるように定額の手当へと調整を図り、再分配効果を高めていくことである。

こうした児童手当の拡充とともに児童扶養控除を廃止するという調整は、現物給付の拡充を含めたトータルで考えれば、結果として子育て世帯のネットでの給付はプラスになる。そのような理解の下に、今では政府依存型福祉国家として知られるデンマーク、ノルウェーは1960年代初期に、西ドイツや英国、そしてオーストラリアなどは1970年代に児童扶養控除と児童手当の調整を進めていった。

「ネットの給付」で考えると、物事はクリアになる

また、日本では、しばしば「社会保険料率の抑制は、労使双方にとって所得増をもたらす」という文章をみることがある。しかし、こうした「社会保険料の可処分所得圧迫」論は、現物・現金の形で社会保障の給付を受けることがない使用者にとってはそうであろうが、現物・現金給付を受け、ネットの給付で考えるべき労働者までがこの論を鵜呑みにすると、「上編」で触れた、家族依存型の福祉国家へ日本が戻り、家族が疲弊し所得分配の格差は大きい社会になっていくおそれがある。

欧州の各国では、日本では逆進的であると一方的に批判され否定されてきた消費税(付加価値税)が、社会保障の財源として大いに活用されている。消費税(付加価値税)の納税額は、より多くの消費を行う高所得者ほど多くなり、社会保障の給付は中低所得者のほうが多い。やはり、ここでも負担だけを考えるのではなく、ネットの給付で考えることが重要である。

それゆえに、付加価値税を大いに活用した欧州各国のほうが、日本よりも所得分配の格差が縮小された社会を実現できている。この辺りは『もっと気になる社会保障』第12章「日本人の租税感」および第14章「社会保障の再分配機能」を参照してもらえればと思う。

【上編】「社会保険が子ども・子育てを支えるのは無理筋か」(7月28日公開)

【下編】子育て支援「事業主負担」で賃上げ機運は萎むのか(8月4日配信予定)

(権丈 善一 : 慶應義塾大学商学部教授)