FRBのパウエル議長は、今後については「あくまでデータ次第」という姿勢を崩していない。だが、今の市場はかなり楽観的になっている(写真:ブルームバーグ)

先週(7月24〜28日)の市場は、日本以外の国も含め、日本銀行のYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)修正の有無をめぐって、大きく振れた。ただ最近は、7月初めあたりまでの日本株の独歩高のような様相から、ここ2週間ほどはむしろ米国株の上昇が目立つ展開となっている。

そこで今回のコラムでは、日銀の金融政策については後で述べることとし、まず米国株の分析から始めよう。

依然「いいとこ取り」が続く米国株

とくに話題となったのは、NY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均が7月26日まで、前日比で13営業日連続の上昇となったことだ。これは1987年1月以来、36年半ぶりのことだとされている。ただ、この年はその後9カ月ほど経って、10月19日の「ブラックマンデー」を迎えることとなる。

これからブラックマンデーの再来があるかどうかはともかく、米国株は足元で楽観に包まれている。「どうせ連銀はこれ以上金利を上げないだろうし、景気は堅調で、企業収益は予想を上回っている」との、いいところ取りが優勢となっているといわれている。

マクロ経済については、確かに一部経済指標に堅調なものもあるが、総じては強弱入り混じったまだら模様のように見受けられる。こうした経済データに基づく景気判断について、また聞きではあるが、エコノミストについての以下の面白いジョークを教えてもらった。

エコノミストは、自身の見通しと逆方向の経済指標の発表がある(例えば景気拡大を予想していて弱い経済指標が出る)と、1カ月分の経済指標の低下は「誤差」、2カ月連続の低下なら「偶然」、3カ月連続して低下した場合に初めて「傾向」といえる、と考えるというのだ。ジョークでも、ある種、的を射たものだ。

これに対して市場参加者の考えは、1カ月分の経済指標の低下は「大恐慌の到来」、次に1カ月分の経済指標が好転すれば「大好況の到来」といったところだろう。

つまり、エコノミスト的な視点で考えれば、景気の転換点をしっかりと見極めてから判断しよう、という姿勢になる。すると、転換点を誤ることにはなりにくいだろうが、転換点の判断はどうしてもかなり遅くなる。エコノミスト的な視点を踏まえての投資行動としては、大底でタイミングよく買う、あるいは大天井でぴったり売るということは難しい。

一方、市場においては「見誤るかもしれない」とのリスクを冒してでも投資家が大胆に先んじて転換点を見出そうとするため、最終的にタイミングよく転換点をとらえる確度は高まるだろう。ただし、転換点を正しく見出す前に、何十回も誤ると思う。

「一長一短」ある、2つの視点

これは、どちらが良いとか悪いとか言っているわけでもなく、どちらかを非難しようというものでもない。一長一短であるわけだ。

筆者を含めた市場の専門家(マーケットアナリスト)は、過去の経験(職歴など)によって、エコノミストないし「実体経済寄り」か「市場寄りか」といった、さまざまな「色合い」がある。前者に後者的な見識を求めたり、その逆を期待したりしても、ないものねだりで、投資家自身の参考にはなりにくいだろう。

やはり投資家にとって大切なのは、ある専門家がどういった思考形態で市況判断を行っているかの「型」を見出し、投資家自身の求めているものと合致する専門家かどうかを、最初に見極めることだろう。

ちなみに、筆者はどちらかといえばエコノミスト的な視点を持って経済などの実態面をとらえている。だが、最終的な成果物は市場見通しなので、市場に先んじて経済の底流に生じ始めている(いずれ大きな潮流となる)変化をとらえようとしている。

そして、明らかな潮流がまだ表立っておらず、足元の表面的なデータが自身の見解と逆行していても、筆者自身の目に映る底流が変わらなければ、表面的な数値を「誤差」「偶然」として自身の見通しを堅持する。そのため、局面によっては、筆者は市場の変化点を唱えるのが早すぎるのかもしれない(2019年後半の局面や、現在における、株価ピークアウトの予想など)。

やや話がそれたが、足元のマクロ経済指標の堅調さをもって、「もう景気後退はない」と断じるのは短慮にすぎると考える。アメリカ経済の底流(さらに将来の潮流)は下向きだ。

アメリカの決算は言われているほど好調ではない

このところ佳境を迎えている、同国企業の4〜6月期の決算発表についても「実績は市場の事前予想よりもおおむねよい」という分析もあるが、これは楽観に走りすぎていると懸念する。

2023年4〜6月期の企業収益予想について、決算発表本格化前(7月13日)のS&P500種指数採用銘柄のアナリスト予想の集計値は前年同期比6.6%減益だった(同国の調査会社であるファクトセット社調べ)

市場が「収益実績が事前予想を上回るものが多い」と喜び騒いでいるので、どれほど収益予想値(実績既発表企業は実績値)全体が上方修正されたのだろうかと思って見ると、7月21日時点では同8.1%減益に下方修正されていた。確かに、その後の予想数値はやや上方修正されたものの、28日時点では同6.2%減益と、前出の13日時点での6.6%減益との差はわずかだ。明らかに市場の「好調な決算期待」は楽観に行きすぎだ。

つまり、アナリストたちが企業取材などを含めてしっかりと作っている企業収益見通しや決算実績と、市場の楽観度合いの差が開いてきているわけで、結果として、S&P500指数の予想PER(株価収益率)は上振れし続けている。

同指数のPERは前回のコラム「日銀会合前後で株価が乱高下したらどうすべきか」でも解説したが、2014年以降で見ると、主として15〜18倍のレンジで推移しており、それを上下にはみ出す場合は行きすぎを示す。最近では5月半ばから18倍を超えてPERが急伸し、28日には19.6倍と株価の高さについて警戒信号が灯っている。

金融面でも、27〜28日のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.25%幅の利上げが決定されたが、ジェローム・パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長が「先行き、追加利上げをするかどうかはデータ次第だ」と述べたにもかかわらず、市場は「もうこれで利上げは終了だろう」などと決め打ちしているように見える。

それ以上に、経済における資金量を示すM2の縮小が気にかかるが、そうしたカネ余りならぬ「カネ足らず」の状況については前回のコラムで詳述したので、そちらを参照されたい。

さて、お待たせしたが、日銀の金融政策について触れよう。28日までは日本の株式・債券市場や円相場のみならず、諸外国市場も含めて短期的な波乱が生じたが、それは「日銀のせい」というよりも、市場が「今回は何らの政策変更もない」「いやYCCを弾力化し、実質的に上限を引き上げる意向だ」といった、逆向きの観測報道に振り回されたためだといえよう。

一部では、YCCの変更が世界的な流動性に大いに変調をもたらす地殻変動だ、という論説も目にする。だがそれは、日銀あるいは日本の資金への過大評価だろう。

日銀のわずかな姿勢の変化が市場に効いてくる可能性

ただ筆者は、決定会合後の植田和男総裁の記者会見の発言内容で、2つの注目すべき点があったと考える。

1つは、物価見通しについて「今回2023年度の物価見通しをかなり大幅に修正した。過小評価していた可能性」があるとしたうえで、その対応について「(物価の)上振れリスクが顕在化してから対応すると後手に回って、混乱したり副作用が大きくなる」と語った点だ。

この対応策については、金融政策全般を指したものではなく、YCCだけについて述べたものだ。とはいえ、この発言は物価上振れリスクが下振れリスクよりも高く、それに対してYCCのみならず、おそらく金融政策全般を含めて、後手に回ることの危うさを指していると解釈できる。ということは、少しだけではあろうが、ハト派からタカ派へ向けて踏み出しつつあるのかもしれない。

もう1つは、「YCCの副作用としては、債券市場の機能低下とほかの金融市場のボラティリティー(変動性)ということだが、為替市場は意識したのか」との質問に対し、為替相場は日銀の金融政策のターゲットではないとの前置きを述べたものの、「為替市場のボラティリティーも含めて考えた」と率直に語ったことだ。

ボラティリティーという言葉自体は、市況が上にも下にも大きく変動する度合いを指すが、この場合は、円安に振れすぎるリスクを抑えるという主旨だと解釈できる。

こうした質疑応答からは、日銀はこれまでの想定より早く金融緩和を縮小し、円安も牽制するという方向性だとうかがえる。日銀のこうした姿勢は、どちらかといえば株安・円高方向に作用するものだ。

だからといって、日銀の金融政策のせいで、ただちに一気に株価が下落し、円が急上昇するとは想定しない。だが、今後ジワジワと市場に効いてくる展開は想定すべきだろう。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(馬渕 治好 : ブーケ・ド・フルーレット代表、米国CFA協会認定証券アナリスト)