電気のロールス・ロイスに「らしさ」はあるのか?
日本での価格は4800万円〜となるスペクター。写真は「シャルトリューズ」というフランスのリキュールと同名のボディカラーの仕様(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
いよいよロールス・ロイスもピュアEV(BEV)になる時代が、やってきた。同社初の量産BEV「スペクター」。一体、どんなクルマなんだろう。
2023年6月30日に日本でお披露目されたこの2ドアクーペに、アメリカ西海岸のナパバレーで、7月初旬に試乗した。
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ロールス・ロイスがユニークなのは、自社のイメージに徹底的にこだわること。製品づくりのポリシーもそうだし、製品のデザインもしかり。
これまでは、低回転域からトルクをたっぷり発生する12気筒のキャラクターを活かした乗り味が特徴といえたけれど、BEVになってもそこはしっかり継承されている。
ロールス・ロイスに乗ったことがある人なら、目をつぶって乗っても(危ないが)、「これ、ロールス・ロイスだよね」と即座に当てられるのではと思う。
私にとっておもしろかったのは、ナパバレーのホテルで行われた重役陣によるプレゼンテーションの内容が、従来のICE(エンジン)のロールス・ロイスのときと、かなり似通っていたこと。
外観は史上もっとも幅が広いというパンテオングリルが特徴。外観から電気自動車らしさは感じられない(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
一時、自動車メーカーはBEVを出すとき、そのクルマが「いかに従来のラインナップと違うか」を、さまざまな形で表現しようとしていた。
だんだんそこから離れて、今の主流はBEVなのかICEなのか、ぱっと判断がつかないような、いってみればナチュラルな操縦性を実現することに重きが置かれるようになってきたように、思える。
「第1にロールス・ロイスであること、第2に電気自動車であること」。ロールス・ロイス・モーターカーズを2010年から率いているトルステン・ミュラー=エトヴェシュCEOは、今回のスペクターのコンセプトを上記のように表現した。
「ロールス・ロイスらしさ」とは何か?
ロールス・ロイス車のヘリテイジとはなんだろう。1つはデザイン、だという。
「(ローマの神殿の正面をモチーフにデザインした)パンテオングリル、バッジ・オブ・オナー(RRのエンブレム)、スピリット・オブ・エクスタシー(ラジエターマスコット)を継承使用することがマストでした」
デザインを統括する、デンマーク人のアンダース・ワーミング氏はそう語る。
神殿のコラム(柱)をもした縦スリットのパンテオングリル、RRのエンブレム、スピリット・オブ・エクスタシーがデザイン上の「トリニティ」(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
「Aピラーからファストバックスタイルのリアエンドまで流れるように続くルーフラインや、大型ヨットからインスピレーションを得た“ワフトライン”など、従来のモデルとつながるポイントは多々あります」
ワーミング氏は、「でも……」と続ける。
「ロールス・ロイスのデザインで大事なのは、一目でロールス・ロイスとわかってもらうこと。いわゆる審美性よりも、ほかに類似のものがない、独自性のほうが大事なのです」
同社初のSUV「カリナン」のときも、北米の試乗会場において同様のことを、私はそこで出会ったロールス・ロイスのデザイナーから聞いていた。
スペクターは、「スプリットヘッドランプ」と呼ばれる前照灯の機能とシグネチャーランプの機能を上下で分けているし、大きく傾斜させたパンテオングリルは、空気の剥離をよくするため空力的処理も施されている。
たしかに新しい。でも、伝統的ともいえる。そのいい例が、ヘッドランプを点灯するとパンテオングリルの縦スリットがLED照明で輝く仕掛けだ。
LEDのポジショニングとともにパンテオングリルの照明がスペクターの顔を印象づける(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
紀元前25年ともいうローマのパンテオン神殿の列柱を模した、ロールス・ロイス伝統のパンテオングリル。それとLEDライトとの組み合せは現代的ともいえるし、古典的ともいえる。でも、今までになかった仕掛けである。
技術的には最新だけれど、コンセプトの根底には「グリルを大切にする」という昔からの考えがあるのだ。
1934年の「30EX EXPERIMENTAL PHANTOM III 'SPECTRE'」(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
ロールス・ロイス車を特徴づけているグリルの輪郭は、20世紀初頭の創業時より採用されていて、1920年代には縦スリットが定着しはじめている。
一方、LED照明を組み合わせた現在のグリルは、2020年の2代目「ゴースト」でデビューし、2022年にマイナーチェンジした「ファントム シリーズ II」にも採用された。
ロールス・ロイスのフラッグシップモデル「ファントム」の名を冠する2022年のシリーズ II(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
創業者の予見「電動車こそ真のラグジュアリー」
もちろん“ロールス・ロイスらしさ”は、デザインの分野にとどまらない。エンジニアリングについても、徹底的に追求されている。
「エフォートレス(楽々)、ワフタビリティ(ふわりと動く)、マジックカーペットライド(空飛ぶじゅうたんのような乗り心地)の3点は、ロールス・ロイスがクルマづくりにおいて常に守っている原則です」
そう言うのは、エンジニアリングを統括するドクター・ミヒア・アヨウビだ。スペクターの開発チームに課せられたタスクは、ロールス・ロイス独自の哲学とフィーリングを技術で表現することだったという。
「(創業者の1人)チャールズ・ロールズは、いつかロールス・ロイスはガソリンエンジンから電気モーターへと移行するだろう。なぜなら静粛性こそ真のラグジュアリーだから、と言っていました」
BEVのスペクターは、BMWが2022年4月に発表した「i7」とバッテリーを含めた共通のパワートレインを持つ。「しかし、i7とはまったく違うクルマです」と、ドクター・アヨウビ。
BMW i7はBEVのほかにICE車もラインナップするまったく別のクルマ(写真:BMW)
「まず、シャシーが違います。スペクターで使うのは、“アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー”と私たちが名づけた、アルミニウムの押出し材を使ったスペースフレーム。サスペンションシステムを含めて、すべて“ロールス・ロイスらしさ”の実現を追求しました」
その1つに「プラナー」サスペンションシステムがある。先に触れた第2世代ゴーストと同様、あたかも宙から吊り下げられたように走行中の振動を抑える、「スカイフック理論」を採用したアクティブサスペンションだ。
加速性もしかり。「スペクターの最大トルクは900Nm(!)です。しかし、大きなトルクで暴れ馬のような加速をさせては、ロールス・ロイスではありません」とドクター・アヨウビ。
空気抵抗値は0.25とかなり低い。0-100km/h加速は4.5秒(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
「思い返すとある晩、午前2時ぐらいだったと思いますが、トルステン(ミュラー=エトヴェシュCEO)から電話をもらいました。そこで、『BEVの開発を本格的に始めることにしたから、よろしく頼むよ』と言われたのです」
ドクター・アヨウビは、2018年にBMWからロールス・ロイスのディレクター・オブ・エンジニアリングに就任し、ICEのロールス・ロイス車を手がけてきた有能なエンジニアだが、BEVの専門家ではない。
スペクターを2022年に発表するなら、開発期間はわずか4年だ。それなのに、なぜドクター・アヨウビを指名したのだろうか。
ミュラー=エトヴェシュCEOに聞くと、「彼は十分に『ロールス・ロイスとはなにか』を理解してくれていたので、信頼して任せることができました」と笑顔で語った。
ピンク系の宝石から命名したという「モーガナイト(モルガナイト)」のボディカラー(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
試乗で感じた“RRらしさ”の根源
果たして、ナパバレー周辺の道路をフリーウェイやワインディングロードを含めて走って感じたのは、まさにミュラー=エトヴェシュCEOとドクター・アヨウビの言うとおりのことだった。
おもしろいことに、走りの印象は12気筒モデルとよく似ている。「粛々と」という感じで大きなトルクでもって走り出し、クルマが“もっとアクセルを踏め”とドライバーに要求するような雰囲気は皆無。
クルマによっては(特にICEのスポーツカー)、エンジン回転数が4000rpmを超えると俄然、活発になり別の顔……というか、素晴らしいドライビングプレジャーを味わわせてくれるモデルがある。
スペクターは、もちろんスポーツカーでなく「ラグジュアリー・エレクトリック・スーパークーペ」(ロールスロイスの資料より)と定義されたモデルだから、“ガンガン走らせる”想定ではないだろうと思っていた。
加速性については、先に述べたようにそのとおりで、静かに走り出し、そのままゆっくりアクセルペダルを踏み込んでいくと、徐々に速度が上がっていく。
ただ静かで速いだけではなく、伝統的なロールス・ロイスの世界観がある(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
「徐々に」とはいっても、空飛ぶじゅうたんが目標なだけに静かで(実物に乗ったことないけど)、気がつくとびっくりするような速度に達している。静かな気持ちで直径が大きめのハンドルに手を添えて走っていると、自分がハイスピードで走っているような自覚すら持てない。
ロールス・ロイスのいう「エフォートレス・ドライビング」が、スペクターで見事に実現しているのに、まず感心した。
加速は「巨人の大きな手で押される」ように
一方、アクセルペダルを強めに踏み込むと、その加速は凄まじく速い。そして、電子制御サスペンションシステムは、高速巡航時の乗り心地だけでなく、カーブの連続する道での車両の挙動も実にうまくコントロールする。
曲率のきついカーブであろうと、スペクターはスイスイと曲がっていく。ハンドルを握りしめる必要はなく、むしろ指でつまむような感じで操作するだけで、思いどおりに走ってくれるのだ。
乗れば乗るのほどに「エフォートレス・ドライビング」を実感できる(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
車重が2890kgと3トン近くあるので、ブレーキングのタイミングは少し早めとなるが、ステアリングホイールのコラムから生えている変速機の操作レバーで「B」を選ぶと、回生ブレーキシステムが作動。
アクセルペダルに載せた足の力を弱めると、ブレーキがかかる。いわゆる“ワンペダル走行”で、ワインディングロードを走っていける。
「スペクターの加速性は、巨人の大きな手で後ろからすーっと押されるようなものを目指した」とドクター・アヨウビが言うように、強い加速でも体感的な加速感は控えめだった。ただし、独特の音がアクセルペダルの踏み込み量に応じて奏でられる。
「音はドライバーの体験として重要だと考えていました」。デザイン統括のワーミング氏は言う。
「ドライバーがどれだけ加速・減速しているかを体感できるようにするか。そのための音を作ろうと、サウンドエンジニアたちと半年以上にわたって協議しました」
疑似エンジン音ではない、新たなサウンドをクリエイト(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
自宅にミキサーまで備えたスタジオを持ち、器楽演奏が趣味だというワーミング氏だけあって、「これぐらい強く踏んだら低音の帯域を強調して、逆にこの速度でアクセルペダルを戻したら中音域で表現して……」と、こだわりを口にする。
エンジン音の再現ではなく、加速と減速のフィーリングを音で表現する。それがロールス・ロイスの手がけたBEVのキャラクターなのだ。もちろん、サイレントモードを選ぶこともできる。
宇宙遊泳している気分に
最後に、大切な“ロールス・ロイスらしさ”の1つであるインテリアについて触れよう。
クラフツマンシップによるビスポーク(特注)を重視し、「2台として同じクルマはない」などと言われてきたロールス・ロイスの特徴は、スペクターでも継承されている。
「シーシェル」と「アイスランドモス(緑の部分)」のシートに「ロイヤルウォールナット」を組み合わせた仕様(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
加えて、デジタライゼーションも、広範囲で行われている。特に「スピリット」なるさまざまなデジタル機能と、スマートデバイスのアプリを連動させた「ウィスパーズ」(ささやき)も、ゴーストに続いて採用された。
さらに、スペクターだけのオプションとして用意されたのが「スターライト・ドア」。これまでロールス・ロイスは、2006年のファントム以来、天井に星空を表現した「スターライト・ヘッドライニング」を採用してきた。
スターライト・ヘッドライニングとスターライト・ドア装着仕様。まるで宇宙にいるようだ(写真:Rolls-Royce Motor Cars)
スペクターでは、ドアの内側と後席の内張りに合わせて4796個の“星”を表現した「スターライト・ドア」も選べる。特に夜間、後席(居心地がよい)に座って走っていると、宇宙遊泳している気分になると私は感じた。
ロールス・ロイスは、2030年までにラインナップのすべてを電動化するとうたっている。このあと出てくる電動車は「既存のモデルの電動化でなく、新開発されたモデルになるでしょう」と、ミュラー=エトヴェシュCEOはナパで語った。
“ロールス・ロイスらしさ”がどのように継承され、そして進化していくのか、おおいに楽しみである。
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)