サンフレッチェ広島戦でもヴィッセル神戸の攻撃を牽引していた大迫勇也

「首位のチームを相手に互角に戦えたことは、称賛に値します。失点シーンを除けば、魅力的なサッカーができました。最後の精度のところは高めていかなければなりませんが」

 サンフレッチェ広島のミヒャエル・スキッベ監督は、そう言って敵地でヴィッセル神戸に2−0で敗れた首位攻防戦を振り返った。試合は全体的に広島が押していた。若きエースとして台頭した満田誠をケガで欠いた陣容でも、神戸を組織力で上回った。

 しかし、神戸にはひとりで"サッカーを作り出せる"選手がいた。大迫勇也は確実に神戸の「戦術」だった。

 5月13日、神戸。神戸は試合開始直後、いきなり相手に決定機を与えている。浮き球に対する反応が鈍く、中央を破られる。GK前川黛也が1対1を止めきれなかったら、スタートで致命的ハンデを背負っていただろう。

「イレギュラーな形ではありましたが、気の緩みか、フワッと入ってしまって、それで決定機を作られてしまいました」(神戸/前川)

 その後も、神戸はなかなか挽回できない。しかし前半5分、大迫が相手ディフェンスを背負いながらボールを受けると、美しいターンでスルーパスを送る。このワンプレーで敵に戦慄を走らせ、流れを断ち切った。直後、大迫が敵陣でプレスに行くと焦りを誘発し、カウンターで脅かした。

 14分にも、大迫がロングボールをマーカーと競り合う。一度はボールがこぼれるが、回収した味方のパスを受け、力強く抜け出す。左足で鮮やかなラストパスからの流れで、シュートまで結びついた。

 ただ、神戸はチーム全体では流れを作れない。右サイドバックの酒井高徳の欠場が響いていた。ビルドアップのところで、ボールの出口が見つからない。中盤もリズムを作り出せず、劣勢に立っていた。

「ふだんから、サコ(大迫)が(中盤に)下りることはあるんですが、今日は回数がいつもより多かったですね。前半、中盤のバランスが取れていなかったので、空いたスペースに降りてプレーしていました」(神戸/吉田孝行監督)

【その技術は今や無双状態】

 24分、大迫は中盤に下がってボールを受けると、スキルとビジョンの差を見せつける。うまく体を使い、ボールを然るべきところに素早く置くと、右サイドの武藤嘉紀を見つけ、絶妙なミドルパス。武藤は倒されてしまい、PKの笛は鳴っていないが、相手の足を止めるジャブになった。

 バラバラのチームを"ピン留め"するような大迫のプレーは効果的で、戦術を牽引した。彼がボールに触るたび、神戸は息を吹き返す。それによって、広島の一方的な展開を遮っていた。

 42分、大迫はGK前川のパントキックをディフェンスと競り合う。これは収めきれなかったが、こぼれ球を味方陣内からクリアに近いパスで放りこまれると、マーカーに密着させられながら、巧妙なフリックで味方に通し、チャンスに結びつける。ここまでくると、神がかりである。ほとんど何もないところから好機を作ってしまうのだ。

 そして後半開始直後だった。味方のカウンターに対し、大迫はやはり中盤に下がってプレーメイク。右サイドの武藤へパスを通すと、折り返しのクロスは際どかった。相手ディフェンスがクリアしきれず、オウンゴールになっている。

「(先制点を呼び込めたのは)チームとしてゼロで耐えしのげたのが大きいと思います。厳しい試合でしたが、底力を見せることができたかな、と」(神戸/初瀬亮)

 先制点を決めたものの、神戸は優勢に転じたわけではない。守備はチーム全体のデザインが弱いだけに何度も入れ替わられ、危険なエリアに入り込まれる。ラインブレイクされ、際どいクロスも入り、何度かはシュートにもつなげられた。ことごとく決まらなかったのは、追う立場になった広島が勝手に焦ったからだろう。

 そしてアディショナルタイム、右サイドに流れた大迫は三方を敵に囲まれながら、見事なボールキープからパスを通す。武藤の追加点を演出した。長年、ブンデスリーガで研鑽を積み、ワールドカップの舞台でも見せつけた技術は出色だった。一昨シーズン、Jリーグに戻った頃はコンディションが整わず、著しく衰えたように見えたが、今や無双状態である。

「守りきって勝つのではなく、2点目をとれたのは大きい。終盤は両者きついので、そこを上回れるか。(横浜F・)マリノス戦、名古屋(グランパス)戦(はともに終盤の失点で勝ち点を落としたので、その試合)から学べたと思います」(神戸/武藤)

 神戸は貴重な勝利を挙げた。首位攻防戦だけに、6ポイントの価値がある。

 しかし、「戦術・大迫」だけでJリーグを制することができるのか?

 結論から言えば、不可能ではない。今の大迫には、それだけの輝きがある。ただ、シーズンは長い。大迫がずっとトップコンディションでプレーできる保証はないし、不調やケガの場合、分が悪い戦いを強いられるはずだ。

 神戸は、大迫の次に酒井、そして武藤、山口蛍、齊藤未月などと、個人戦術が軸になっている。たしかに錚々たる面子であり、戦力的には上位だが、すべて個人次第のところがあり、勝利には偶然性がつきまとう。チーム戦術が浸透している場合は再現性があり、不振でも戻るべきプレーモデルがあるのだが、神戸にそれは見えない。
 
 30周年のJリーグでどのチームが王者の座に就くか、注目だ。