●終わりでもあるけど、始まりでもある

 5月11日、福岡。現役引退表明から10日が過ぎ、「かなだい」と呼ばれるふたりは表現者として再スタートを切っている。「アイスエクスプロージョン2023 in福岡」のゲネプロ(リハーサル)、今年1月の同公演から手を加え、最後までつくり込んでいた。


「アイスエクスプロージョン2023 in福岡」のゲネプロに登場した村元哉中と高橋大輔

「初めてのアイスダンスの試合がこの会場だったので、とても縁を感じます。ここに戻ってこられてうれしいなって」

 村元哉中はそう言って、巡り合わせに思いを寄せていた。かなだいのカップル結成、初お披露目もこのアイスエクスプロージョンだった。

「自分が肉体的に限界を感じて、現役を引退したわけですが。(村元)哉中ちゃんと一緒に、こういったショーの世界でも作品を見せていく面白さを感じられています。終わりでもあるけど、始まりでもあるので」

 高橋大輔は長い長い現役生活に終止符を打ち、表現者として羽ばたく境地を語った。

 プロデューサー的立場で、演出にも大いに関わっている。ショーは物語色が強い。特に第2部は切れ目がなく(通常は選手紹介アナウンスがあるが、それを省いている)、演技が続くことで作品感が出る。怒涛の光や音響を駆使し、「氷の世界」を再現しているのだ。

 高橋を慕う選手たちに囲まれたショーで、彼のこだわりを濃厚に感じられるだろう。

●高橋大輔ならではのショー

 ショーの第2部では、村元がイタリア人マッシモ・スカリと組んで『Robin's Cello』を滑っている。高橋と組む時とは、また違った色気がほのかに立ち上る。

 かなだいの色が定着しているだけに、どこか背徳感も浮かぶ。それは彼女の表現者としての幅の広さなのだろう。パートナー次第で、何者にも変身できるのだ。

「(アイスエクスプロージョンは)大ちゃんが理想に描いた、クリエイティブで『高橋大輔ならでは』のショーになっていると思います! 本当に、キャスト一人ひとりの魅力を最大限に引き出してくれていて。スケートのよさ、アイスショーのよさ、をたくさんお届けできればと」

 彼女はいつものように、何より先んじて高橋に敬意を表した。凛とした協調性こそ、彼女の異能なのかもしれない。アイスダンサーとして寄り添ってきたが、付き従うのとは違う。言い方は難しいが、同志、同盟関係のようなものか、強い絆を結べるのだ。

 一方、最後にソロで登場した高橋は、しっとりとした曲調の『Bios, Krone』を滑り、そのステップでスケーターの迫力を感じさせた。ひと蹴りごとに伸びがあって、スケーティングの緩急で物語の起伏をつくった。

 低い重心で滑走し、指先まで神経を通わせ、音を丁寧に拾う。シングルスケーターからアイスダンサーになったが、彼はその枠組みに収まらず、フィギュアスケーターなのだろう。

「今回は再演だったので、同じことをしようかなと思ったんですが」

 高橋はそう言って内情を明かす。

「ふたを開ければ、もっとこうしたい、ああしたい、ということが多くて(笑)。時間的に余裕があるかと思っていましたが、今日(ゲネプロ)も押しちゃいました。

 スケーターとして魅せることに、より一層、こだわりが強くなっているんだな、と感じます。もっといろんな準備をして、こんなのがやりたい、というのがあって。本当、こういうことが好きなんだなと」

 稀代のスケーターは、確実に新たな一歩を踏み出していた。

●エンターテイナーとしても一流

「アスリートは二度死ぬ」

 昨シーズン開幕前、筆者はその概念で、切実に迫る「引退」について聞いたことがあった。

「(引退は)何かが欠けた時じゃないですか。精神的なものか、肉体的なものか、バランスが保てなくなったら。両方、必要かなと思うので」

 高橋は心中を丁寧に説明していた。

「現役ってぎりぎりっていうか、時間も労力もそれだけかかります。でもパフォーマンスというか、表現というところだけだと、自分の得意なものだけでもいける。いろいろ挑戦で評価はされますが、点数がつくものじゃない。現役であり続けるって常にすべてのバランスの上に立っていないといけないところがあるんです」

 そのバランスが崩れた。端的に言えば、膝は限界だった。シングル時代の前十字靭帯断裂は治癒したが、そのあとの人生も痛みや不自由さとともにある。

 例えば正座はできないし、寒い日は膝の力が抜けてしまう。アイスダンスのリフトなどパワーと持久力を必要とするトレーニングでの負担が大きく、肉体的に追い込めないのだ。

 しかし彼が語っていたように、表現に特化した場合、そのセンスはショー全体にまで行き渡る。『氷艶』で証明したように、エンターテイナーとしても一流の作品を生み出せる。可能性の広がりで言えば、無限になるのだ。

 今回のショーでは、第1部にかなだいの演目もある。おなじみの『Love Goes』で息の合ったダンスは必見。わずか3年で世界トップテンに迫った"アイスダンスの残像"を感じられるはずだ。

 ショーはオーヴィジョンアイスアリーナ福岡で、5月12日から14日までの6公演が行なわれる。