2023年のドラフト候補、立命館大・谷脇弘起は変化量、曲がり幅を自在に操る「稀代のスライダー使い」
スライダーを投げる投手はアマチュア球界に無数にいる。だが、ここまでスライダーを高い次元で使いこなす投手はいないのではないだろうか。
「指先とか手首の角度とか、ボールを離す位置によって曲がる幅や曲げる場所を自分で変えられるんで。バッターを見て、変えています」
立命館大の谷脇弘起(たにわき・こうき)は事もなげに、そう語った。谷脇は2023年ドラフト上位候補に挙がる右腕である。
2023年のドラフト上位候補、立命館大の谷脇弘起
身長180センチを超え、鍛え込まれた厚みのある肉体から最速151キロの快速球を投げ込む。そんな谷脇の最大の特徴は、何種類ものスライダーを投げ分ける点にある。
変化量が大きく、「パワーカーブ」といってもいいようなスライダーに、フォークのようにストンと落ちるスライダー。ストライクカウントを稼げて、ウイニングショットにもなる。スライダーを自在に操り、谷脇は大学トップクラスの存在に君臨している。
昨年12月に愛媛・坊っちゃんスタジアムで実施された、大学日本代表候補合宿の紅白戦で見せたパフォーマンスは鮮烈だった。バッテリーを組んだ有馬諒(関西大)が「谷脇には独特の曲がりをするスライダーがあったので」と立ち上がりからスライダーを立て続けに要求。相手打者はみな谷脇の変化量の大きなスライダーに面食らい、バットが出てこない。谷脇は2イニングを投げ、4三振を奪っている。
大学日本代表の監督を務める大久保哲也監督(九州産業大)は「落ちるボールを投げられる投手、あとはカーブなどで緩急をつけられる投手を重視しています」と語っており、谷脇は大久保監督の求める投手像と合致する。
当然、プロスカウトも谷脇の存在を注視している。4月8日の関西学生リーグ初戦となる近畿大戦、試合会場のマイネットスタジアム皇子山には多くのプロスカウトが視察に訪れた。
ところが、大事なお披露目の機会にもかかわらず、立ち上がりから谷脇の様子はおかしかった。スピードガンの数字は146キロまで表示されたものの、明らかにストレートが走っていない。1番打者の坂下翔馬に四球を与えるなど、不安定な内容だった。
それでも、2回以降は落ち着きを取り戻した。ストレートの球速は140キロ前後ながら、ボールの勢いは明らかによくなっていた。そこへ伝家の宝刀・スライダーが効力を発揮する。終わってみれば7回を投げ、被安打5、奪三振7、与四球1、失点2とゲームメイク。強敵・近畿大から開幕勝利を挙げた。
試合後、報道陣に囲まれた谷脇は、記者から「立ち上がりは......」と切り出されて「そうっす、そうっす」と被せるように語り始めた。
「初回から全開でいこうと思ったら、空回りしました。いい流れをつくりたい気持ちが大きくて、力んでフォアボールを出してしまいました」
不本意な投球だったことを自覚していたのだろう。真一文字の太眉をピクリとも動かさずに、谷脇は反省の弁を口にした。
2回以降は球速こそ出なかったものの、ボールの質はよかったのではないか。そう問うと、谷脇は少し表情をほころばせてこう答えた。
「自分の場合は球速がそんなに出るタイプじゃないんで。ボールの質で勝負したい思いがあって、スピードガンの表示よりも速く見えるのが自分の特徴だと思っています。初回は『力で押したろ』と思いすぎましたけど、2回以降はうまく生かせました」
【高校時代に県大会新記録の66奪三振】今や名門大学のエースとはいえ、谷脇が歩んできた道は雑草が生い茂る畦道のようだった。和歌山ビクトリーズに在籍した中学時代は目立つ存在ではなく、強豪私学から誘いがくるレベルではなかった。公立の那賀高で台頭し、3年夏の和歌山大会では準優勝と躍進。6試合で大会新記録となる66奪三振をマークしている。
当時からストレートの球速は140キロを超えていたものの、相手打者に脅威を与えていたのはスライダーだった。
三振を奪いにいく時のスライダーは、どんな感覚で投げているのか。谷脇に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「バッターからしたら、バットを振ったあとに『スライダーか』と気づくみたいな。そこは意識しています」
一方、おもにカウント球として使う変化量の大きなスライダーは「引っかけて高いところから落とすイメージ」で投げているそうだ。
谷脇は近畿大打線と対峙するなかで、自分が研究されていることを感じたという。「低めのスライダーを振らないよう指示されてるんだろうな」と察した。打者の目線が高めにあることを逆手に取り、バッテリーを組む星子海勢と機転を利かせて高めのボール球を有効に使って対処した。
現時点では絶大な威力を誇る谷脇のスライダーだが、曲がり幅が大きく、プロレベルの強打者相手に慣れられたら通用しないのでは? という見方もできる。だが、前述の通り谷脇はスライダーの変化量を自在に調節できるだけに、心配は無用だろう。試しに谷脇に「変化量を落としつつ、速いスライダーも投げられるんですか?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「カット(ボール)よりは曲がるようなイメージになるんですけど、そういうボールも投げられます」
稀代のスライダー使い・谷脇弘起が秋までにどんな評価を勝ちとっているのか。今から楽しみでならない。