2023年シーズンが開幕して3戦が終わり、F1は中国GPのキャンセルによって生じた1カ月間の"春休み"に入っている。2月下旬の開幕前テストから1カ月間の濃密な戦いのなかで見えてきた2023年の勢力図について、ここで改めて整理しておこう。

 開幕当初はレッドブルのあまりの速さに「今シーズンはレッドブルが全勝するのではないか」と言われた。実際、レッドブルは開幕から3連勝を挙げている。


F1勢力図の変化を感じさせたアロンソ(右)の復活

 今季型RB19は「22戦17勝」を挙げた昨年型RB18の美点であったストレートスピードを踏襲しつつ、さらに弱点を改良してきている。RB18では最高速と引き換えに"ほどほど"であった中高速コーナーでの速さ(ダウンフォース量)を向上させ、ストレートもコーナーも速いマシンへと進化してきた。

 それに加えて、798kgの最低重量を超過していたRB18ではできなかったモノコック設計変更を軸に重量削減を進め、RB19ではしっかりと最低重量以下に収めてきた。これだけでも0.3秒近いゲインがあったと見られる。

 DRS(※)使用時の車速向上幅が大きく「トリプルDRS」というワードも取り沙汰されたが、装着しているリアウイングが大きければ大きいほどDRSオープン時の空気抵抗差が大きくなるため、DRSの効果は大きくなる。逆に言えば、レッドブルはライバルより大きなリアウイングを装着してダウンフォースを確保しても、マシン全体の空力効率が高く最高速が伸びる。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。追い抜きをしやすくなるドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 一方、ホンダ(HRC)が供給するホンダRBPTのパワーユニットは、信頼性対策を施したことで、昨年は抑えていた本来の性能を発揮することができるようになった。結果、さらなるパワーアップを果たしている。

【レッドブルに弱点はない?】

 とはいっても、ICE(内燃機関エンジン)とターボが発するパワーは、4メーカー間でほとんど差がない。5kW程度の僅差にあると言われており、加速や最高速に大きな差を生み出すわけではない。それは、同じパワーユニットを搭載するレッドブルとアルファタウリの速度差を見れば一目瞭然だろう。

 しかしERS(エネルギー回生システム)の分野では、ライバルに対してアドバンテージを誇っている。

 バーレーンやサウジアラビアなど全開率が高いサーキットでは、ライバルが長いストレートエンドでエネルギー切れを起こしていたのに対し、ホンダ勢はそれが一切なかった。それだけ多くのエネルギーをMGU-H(ターボ熱回生)から回収し、高効率バッテリーでロスなくアシストパワーに回生しているというわけだ。

 そして今季の特徴のひとつが、予選と決勝のペース差だ。

 レッドブルとライバル勢との差は、予選では0.2〜0.4秒程度。しかし、これが決勝では1秒程度まで広がる。普通は予選のピークパフォーマンスは差が大きくなり、各車がペースを抑えて走る決勝では差が縮まるのが通例だ。だが、今季のレッドブルは決勝ペースが非常に速い。

 これはレッドブルが予選よりも決勝にかなり比重を置いたセットアップを採っていることが理由になっている。昨年の対フェラーリの戦いにも見えた戦法だが、今年はレースペースの優位性がさらに大きくなっている印象がある。

 つまり総合すれば、RB19はストレート偏重型だった昨年型に比べてオールラウンドに高い性能を発揮するマシンであり、弱点が見当たらないと言っても過言ではない完成度を誇っている。これが、ライバルたちが「23戦全勝」を恐れる理由だ。

 しかし、レッドブルに弱点がないわけではない。

 昨年はレッドブルだけがストレート重視のマシンコンセプトを採り、圧倒的な最高速を誇っていた。だが、今季はライバルたちも同様のコンセプトにシフトしてきている。

 そのため、最高速の優位はまだあるとはいえ、かなり小さくなった。昨年は10km/h以上あった差が、バーレーンやオーストラリアなどリアタイヤを守るためにリアのダウンフォースが必要なサーキットでは、2~3km/h程度にまで縮まっている。

【最高速の差が縮まった理由】

 第3戦オーストラリアGPでは、10周目のリスタート直後にマックス・フェルスタッペンがルイス・ハミルトンを驚異的な速度差で抜いていった。あれはハードタイヤが温まりきる前に抜いておかなければ、その後でのオーバーテイクが難しくなるからだ。

 ハミルトンはタイヤを傷めないようにペースを抑えて走っており、チームからもフェルスタッペンと争わず先行させろとの指示が飛んでいた。だが、フェルスタッペンはタイヤの寿命を縮めるリスク承知で抜き、セクター3だけで2秒も速いペースで走っていた。

 タイヤが同条件になれば、最高速が3km/h程度しか違わないメルセデスAMGを抜くのは容易ではない──。そのことをフェルスタッペンは知っていたからだ。

 レースペースの差についても、オーストラリアGPではタイヤを保たせるために、各車がほぼ同じペースで走るという展開になった。だが、第2戦サウジアラビアGPではレッドブル勢同士の戦いでフルプッシュ合戦となり、本来の速さを見ることができた。

 それに対し、ライバル勢は1.2秒も遅いペースだったが、アストンマーティンのフェルナンド・アロンソはレッドブルと争うことは考えず、表彰台確保の走りに切り替えた。トップとの1.2秒差が本来の実力差だとは言えない。事実、レース序盤のアロンソはセルジオ・ペレスの0.5秒後方で同等のペースを刻み続けている。

 これらの状況を総合すれば、レッドブルがオールラウンダーな速さを持っていることは確かだが、そのアドバンテージは見た目ほど大きくないこともわかる。

 メルセデスAMGは新車W14の開発目標を低く設定してしまったことが発覚し、開幕当初のパフォーマンスは低かった。車高を下げすぎてバウンシング問題に苦しんだ昨年型の反動として、車高を高くしすぎたことが主たる原因だったという。

【頭ひとつ抜け出たアルピーヌ】

 しかし、開幕前テストと実戦のデータからCFD(デジタル風洞)や風洞のデータ誤差確認や修正は進んでおり、実際に開幕3戦でパフォーマンスを伸ばしてきている。今後さらに大きなマシン改修を伴った改善も計画されており、来季に向けたコンセプト変更を待たずとも今季型W14の短期的な改善も見込まれる状況だ。

 そして、今季大躍進を遂げたアストンマーティンもメルセデスAMGと上位を争う位置に常につけている。コーナー偏重型のAMR23は中速コーナーが速くタイヤマネージメントにも強いが、空力抵抗が大きくストレート速度が遅いためにバトル競争力には劣る。そのため、遠くはないものの優勝が見える位置にはいない。

 ただ、こちらも現行パッケージはあくまで空力的マージンを持たせて仕上げた"開幕仕様"でしかない。実走データをもとに、これからさらに攻めたパッケージへと進化させていく計画だ。

 一方、フェラーリは一発の速さにおいてもレースペースにおいても苦戦している。タイヤの性能低下を抑えるには予選パフォーマンスを犠牲にせざるを得ず、つまりは根本的な速さが足りていない。

 対して、中団グループではアルピーヌが頭ひとつ抜け出して単独の5番手。それ以外の5チームは0.3秒ほどの僅差の中にひしめいており、サーキット特性によってどのチームが浮上してくるかが変わる。

 そのなかでもハースはニコ・ヒュルケンベルグが一発の速さを見せ、課題だった決勝での速さもオーストラリアGPでは取り戻した。ただし、メルボルンはリアタイヤに厳しいサーキットではなく路面も粗くないため、ハースの弱点であるタイヤマネージメントは問題にならない。こうした特性を持つサーキットではタイヤマネージメントを改善しなければ、また決勝でズルズルとポジションを落とす展開になりかねない。

【アルファタウリの急務とは?】

 事実、オーストラリアGPでも終盤はマクラーレンのほうが速く、開幕にマシンの熟成が間に合わず低迷した名門も少しずつ改善の兆しを見せ始めている。テクニカルディレクターのジェームズ・キーが解任され、まだ"暫定型"でしかないMCL60はこれから新体制の下で開発が進められ、ヨーロッパラウンドには本来のMCL60が登場する。古くなってしまったファクトリー設備も新型風洞やシミュレーターなどが稼働をはじめ、これからマクラーレンの逆襲が始まる。

 そんななか、完全に出遅れて今や最下位のマシンとなってしまったアルファタウリは、空力面の開発が急務だ。ただ、中団が大接戦であるだけに、小さなゲインでもポジションが大きく上がることになる。0.3秒を稼げれば中団の最上位に浮上することも不可能ではない。

 2023年シーズン序盤の勢力図は、上位は「1強+3強接戦」、中団は「1強+5チーム大接戦」。接戦だけに勢力図は簡単に変わりうる。これからシーズンが本格化して開発スピードが上がれば、この勢力図がどのように塗り替えられていくのか──まだまだ可能性は無限大だ。