なぜ国際社会はロシアによるウクライナ侵攻を止められないのか。社会学者の橋爪大三郎さんは「それはロシアが国際連合の安全保障理事会で常任理事国になっているからだ。常任理事国という制度によって、むしろ国際武力紛争が起きやすくなっているのではないか」という――。

※本稿は、橋爪大三郎『核戦争、どうする日本? 「ポスト国連の時代」が始まった』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。

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■常任理事国が対立したらなにも決められない

国連(国際連合)は、国際連盟の失敗を教訓につくられた。

国際連盟(League of Nations)は、第一次世界大戦のあと、アメリカのウィルソン大統領が提唱して、世界平和を目的に設立された。総会と理事会があり、当初の常任理事国はイギリス、フランス、イタリア、日本。第一次世界大戦の戦勝国である。言い出しっぺのアメリカは議会が反対して、加わらなかった。

国際連盟は、イタリアのエチオピア侵略も、スペイン内戦も、支那事変も、第二次世界大戦も防げなかった。総会も理事会も、全員一致で決めるのが基本だった。全員一致は、誰もが拒否権をもっているのと同じである。各国の意見が異なる問題に、有効な意思決定ができるはずがない。

これに対して、国際連合(United Nations)。これは、日本では「国際連合」と訳すことになっているが、すでにのべたように、中国語では「聯合國」。すなわち第二次世界大戦で枢軸側と戦った「連合国」のことだ。その本質は、軍事同盟だということである。だから国連には、国連軍の規定がある。参謀部も置く。敵国条項もある。それを仕切るのが、安全保障理事会の常任理事国である。

アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国の5カ国(第二次世界大戦の戦勝国)だ。このうち、ソ連は解体して、ロシアに交替した。中国の代表権は、中華民国から、中華人民共和国に代わった。

国連も、総会と安全保障理事会の二本立てなっている。総会は、全員一致ではない。多数決が原則だ。重要な議題では、半数よりもっと多くの賛成で決める。けれども、大事な問題は、総会では決められない。安全保障理事会は、常任理事国の5カ国が、拒否権を持っている。5カ国が全員一致でないと、何も決められないということだ。

国連という組織を成り立たせるために、やむをえない仕組みではある。けれども、5カ国のあいだで利害が対立する問題では、手も足も出ないことになる。

■強盗が警察署長を務めているようなもの

朝鮮戦争の時には、ソ連がたまたま安全保障理事会をボイコットしていて、国連は軍事行動ができた。湾岸戦争のときには、ソ連が解体したあとで、安保理は機能を回復したかにみえた。そのあと、安保理は、冷戦時代以来の機能不全の状態に戻ってしまった。

北朝鮮は、核拡散防止条約から脱退すると宣言し、核開発を進めている。安保理の議決によって、国連はいちおうの経済制裁を課している。けれども、それ以上踏み込んだ制裁案になると、中国やロシアが反対する。効果的な手は打てないでいる。クリミア侵攻でも、ウクライナ戦争でも、常任理事国のロシアが当事者だ。制裁を決議できるはずがない。台湾有事は、やはり常任理事国の中国が当事者だ。国連は身動きがとれない。

国連の安保理は、言ってみれば、強盗が警察署長を務めているようなものである。事件を解決できるはずがない。これは、国連の設計思想に問題がある。

国連は、第二次世界大戦を共に戦った、連合国が母体となって創設された。連合国は、共通の敵があった。同盟しなければ負けてしまう。呉越同舟でまとまった。戦争が終わった。共通の敵がいなくなると、各国の利害と言い分はばらけてしまう。相談がまとまらなくなる。国連を仕切っているのは、主要な軍事大国である。いまは、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国だ。

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■常任理事国はやりたい放題になっている

ロシアがウクライナに侵攻した。国際法違反だ。お目付役の常任理事国(ロシア)が、拒否権を持っている。どんな制裁案も通るわけがない。しかもこれら5カ国は、みな核保有国だ。核兵器を取り上げるわけにも行かないし、軍事力で言うことを聞かせるわけにも行かない。核兵器で反撃しますよ、と凄まれれば、それ以上の圧力はかけられない。つまり、常任理事国は、やりたい放題である。

主要な大国を束にすれば、実行力のある国際組織ができる。現実的な判断だ。だが、主要な大国のあいだに矛盾と紛争が生じた場合に、解決の方法がない組織ができあがった。最初から、国連の機能不全は運命づけられていた。

安保理の常任理事国が対立するのには、世界史的な背景がある。20世紀に安保理が機能しなかったのは、冷戦のせい、東西対立のせいである。ソ連は世界革命をめざす共産党に率いられており、自由世界を率いるアメリカと真っ向から対立していた。世界観や信念がまるで違うのだから、協調できるはずがない。というわけで、イデオロギーの対立が、国連を機能不全に陥れていると思われた。

ならば、イデオロギーの対立が過去のものとなれば、国連の機能不全は解消するのではないか。でも、そうではなかった。

■世界のリーダーだったのアメリカの凋落

世界の主要国の対立には、世界史的な背景がある。対立の主な原因は、世界の不均等発展である。アメリカの覇権を考えてみよう。アメリカは、ヨーロッパから距離をとっている。豊かな資源に恵まれ、相対的に人口が少なく、資本や科学技術や政治制度や社会制度や法律や宗教や哲学や労働力や……、ヨーロッパ文明のいいとこ取りができた。

資本主義と民主主義がこの場所で、もっとも豊かに花開いたのは、無理もない。その結果、アメリカは世界を仕切るだけの経済力と軍事力を手に入れ、自由主義世界のリーダーとなった。20世紀は、アメリカの世紀だった。アメリカは、ファシズム、ナチズム、軍国日本の挑戦を斥(しりぞ)け、冷戦を戦い抜いてソ連を解体に追い込んだ。アメリカ抜きに、世界の安全保障は語れない。

そのアメリカが凋落する。その原因は、経済のグローバル化。資本と技術と情報が、すみやかに国境を越えて移動する。先進国はどこでも、製造業が空洞化していく。賃金が高すぎた。中国やインドや東南アジアや……に、同じ製品をずっと安価に製造できる製造拠点をつくれるのだ。

こうして、経済大国の地位が、中国やインドといった、旧大陸のかつての大国に移りつつある。歴史ある文明の中心地。よく教育された10億人以上の人口と、社会のまとまり(インテグリティ)がある。新大陸・アメリカの優位は失われ、旧大陸の文明国が大国の地位を手に入れて行く。

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■大国と大国が衝突すれば国連は機能しない

ロシアも、かつての大国だ。イデオロギーでなく、文明としての誇りをかけて、西側諸国やアメリカと対峙している。中国やインドも、文明としての誇りをかけて、これまでの世界秩序に異を唱えるだろう。これらの国々は、国民国家(ネイション)の流儀に従って国づくりをしている。

しかし、ネイションの範囲と流儀を、実ははみ出している。超ネイションである。凋落する新大陸のアメリカと、旧大陸の復活したいくつもの大国とのあいだの、対立。これが、21世紀のグローバル世界の根底を規定する力学だ。

大国と大国が衝突すると、国連は機能しない。大国と大国がどう戦うかは、大国のやりたい放題である。中国は、台湾を統一したい。なんとしても統一したいと思っている。では、台湾有事の際に、中国は核兵器を使うだろうか。

核兵器を使うしか、台湾を統一する方法がないのなら、使うかもしれない。しかし、核兵器を使わなくても目的が達せられるなら、中国は、核兵器を使いたくないだろう。通常戦力で、台湾やアメリカや日本の抵抗を圧倒する。これがのぞましい。中国は、時間をかけて通常戦力を強化し、台湾侵攻の能力を整えつつある。勝利できるだろう、と思ってもいる。士気も高い。この点が、ロシアの無謀なウクライナ侵攻と異なる。

■ロシアが核兵器を使用する可能性はほとんどない

ウクライナに侵攻したロシア軍は、核を使うかもしれないとほのめかしている。実際に使う可能性もあるかもしれない。戦術核は、「大きい爆弾」だという認識なのだ。

ロシア軍は当初、数日か一週間でウクライナ全土を手中に収め、作戦を完了できると踏んでいたと思われる。ウクライナ軍は、崩壊する。ゼレンスキー政権は、すげ替えてしまえばよい。だが、その通りにならなかった。報道のとおりである。一発逆転で、核兵器を使うか、生物兵器、化学兵器のような大量破壊兵器を使う可能性があったか。結局使わなかったとしたら、その理由は、戦術的に意味がなかったからだと思う。戦術核兵器は、敵の主力部隊など戦術目標が狭い範囲に集中していて、それに打撃を与えると戦況が劇的に改善する場合に、用いるべきものだ。

戦争の初期、ロシア軍は進軍する部隊の周囲から、ゲリラ的に対戦車砲などで狙われた。敵は周辺にまばらに展開していて、そもそも戦術目標がない。戦争の中期は、戦線が膠着し、双方が砲撃やミサイル攻撃を繰り返した。戦術核兵器の出番は、やはりなかった。この先、ロシアの退却と敗北を防ぐ、ロシアにとって理想的な、戦術核兵器を使うドンピシャのタイミングが訪れるとは思わない。

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今回はなんとかなったとしても、今後、どの国も、核兵器を使わないだろうとは楽観できない。中国は、核兵器に頼らないで、アメリカ軍に完勝する作戦を練っているはずである。

■中国は台湾有事で核を使うのか

橋爪大三郎『核戦争、どうする日本? 「ポスト国連の時代」が始まった』(筑摩書房)

中国が台湾に侵攻する場合、戦術核を使うだろうか。戦術核を使わなければならないほどの、目標はない。そもそも、台湾は中国の一部で、同胞の国で、敵国ではない。核兵器を使ったらおかしい。政治的に説明がつかないことになってしまう。それに、中国は通常戦力で台湾を圧倒していると思っている。ふつうに戦闘を続ければ、勝利がえられるはずだ。

航空機の戦闘も、通常戦力(通常弾頭のミサイル)で十分なはずである。しいて言えば、台湾海域に接近するアメリカの原子力空母は、重要な戦術目標になる。核弾頭ミサイルで攻撃すれば、巨大空母と言えども、ひとたまりもないだろう。けれどもその必要はないだろう。

黒海で、ロシアの巡洋艦モスクワが、ミサイル2発で撃沈された。精密誘導のミサイルが目標に命中すれば、大型艦艇であっても戦闘不能になる。空母は、往年の戦艦と違って装甲が厚くない。通常弾頭のミサイルで、それなりの打撃を与えられるはずだ。

■安保理のせいで紛争が起こりやすくなっている

通常戦力で相手を圧倒し、台湾侵攻を成功させることができるなら、わざわざ戦術核兵器を使うメリットは何もない。国際的な非難をあびるうえ、中国本土も同等の核兵器で反撃されても文句が言えないからだ。

国際社会でいま、軍事作戦を実行に移しやすいのは、つぎのような国家だ。

(1)核兵器をもっている。だから、反撃されにくい。
(2)通常戦力がそれなりに充実していて、軍事作戦が実行できる。
(3)国連安保理の常任理事国なので、拒否権があり、国連を足止めにできる。

ロシアも中国も、この条件にあてはまる。そして、実はアメリカも、この条件にあてはまる。だからときどき、軍事作戦に手をそめる。イギリスも、この条件にあてはまる。だから、フォークランド紛争で軍事作戦に踏み切った。

安保理の常任理事国のポストは、自由に勝手に「特別軍事作戦」を起こすための、指定席のようになっている。「安全保障」の看板とはうらはらの、皮肉な現実だ。国連があるおかげで、かえって国際武力紛争が起こりやすくなっていないか。

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橋爪 大三郎(はしづめ・だいさぶろう)
社会学者
1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。77年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。『4行でわかる 世界の文明』(角川新書)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『中国共産党帝国とウイグル』(中田考との共著、集英社新書)など。
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(社会学者 橋爪 大三郎)