「子ども同士のいたずら」「男の子だから仕方ない」などと片付けていませんか(写真:keyphoto/PIXTA)

幼稚園や保育所で、わが子がほかの子から性的ないじめを受けたと知ったらどう対処するか。子ども同士のスカートめくりや性的なからかいも性被害だ。「子どものいたずらでしょ」と流してしまうのは危険だという。なぜなら被害を受けた側は大人になっても恐怖や羞恥心を忘れられず、トラウマになってしまうケースもあるからだ。

漫画家の“ゆっぺさん”による『5歳の私は、クラスの男子から性被害を受けました。〜なんで言わないの?〜』(扶桑社)は体験記である。長女が受けた被害をきっかけとし、30年以上前に自身が幼稚園で体験したことを描いている。心情を深く掘り下げた内容は反響を呼び、ブログでの連載時には「私も(#me too)」というコメントが相次いだ。子どもが性被害を受けたら、保護者はどのようにそれを察し、対処すればよいのか。

「好きな子には意地悪しちゃうものなんだよ」

漫画のストーリーはこうだ。田舎町で3世代同居家族の「おばあちゃん子」として育ったゆっぺさんは3歳で祖父母と離れ、両親・双子の妹とともに都市部へ引っ越す。5歳から通い始めた幼稚園で、いじめっ子男児から性被害を受けた。最初は弁当にゴミを入れるなどの「嫌がらせ」だったが次第にエスカレートし、お昼寝の時間に下着の中へ手を入れられた。

ゆっぺさんはまず、「恥ずかしいことをされている自分を周りに知られたくない」と思ったそうだ。一方で母親や先生に訴え、男児に加害をやめさせてほしいという気持ちは、ずっとあった。しかし、「自分が言いつけることで加害者が罰を受けるかもしれない」と思い、沈黙を続けた。

ゆっぺさんは漫画を描きながら当時の葛藤を思い出し、涙が止まらなくなったという。幼い頃は「大人の顔色を見てしまう聞き分けの良い子」で、母親とは信頼関係があったものの、心配させたくない気持ちが強かった。「自分が我慢すれば、何ごともなく過ぎていく」と言い聞かせたと話す。

被害に堪えかねて一度は先生に告白を試みたが、「男の子ってね、好きな子には意地悪しちゃうものなんだよ。許してあげてね」と、取り合ってもらえなかった。30年以上前の話ではあるが、当時はゆっぺさんの担任だけでなく、そのような対応をした大人は少なくなかったかもしれない。

その言葉にゆっぺさんは絶望した。お昼寝の時間に下着の中へ手を入れられてから、加害男児が単なる「嫌なやつ」では済ませられず、恐怖を感じる存在になっていたからだ。それゆえに通園を拒否する日もあった。

「加害児童が私のことを好きだったのかどうかはわかりません。ですが、仮に大人に置き換えたとしても、『愛しているのになんで逃げるんだよ。仲良くしてくれ』と迫るDV加害者から、『悪気はないから我慢して』と言われて被害者が我慢するのはおかしいですよね。『子どもだから何をしてもよい』わけではなく、子どもの加害を大人は容認してはいけないと思います」

その後、加害男児はさらに仲間を巻き込み、ゆっぺさんがトイレに入ると、男児3人でその姿をのぞくようになった。しかし、周囲に相談することができない。同じように被害に遭った女児もいたが、彼女は泣くことで被害が周囲に伝わり、ターゲットから外れた。それでもゆっぺさんは「自分が我慢すれば丸く収まる」と沈黙し続けた。

ある日、パンツを下ろすなどのほかの子への加害が見つかり、先生が激高。クラス全員の前で加害男児一派のパンツも下ろすという、かなりショッキングな罰を与えた。「目には目を」との方針からの厳しいお仕置きだった。とはいえ、ゆっぺさんの気持ちが晴れたわけではなく、余計に傷ついた思いがずっと心の底にあった。

「この漫画を描くまで、自分が傷ついていたという自覚がまったくなかったのです。しかし、描きながら何度も涙があふれました。漫画によって当時の被害を知った母は『あの時、気づいてあげられなくてごめんね』と言ってくれました」

長女の被害を知ったとき、どうしたか

漫画を描いたきっかけは、長女が5歳のとき、クラスの男児からパンツを下ろされるといった性被害を受けたことだった。担任の先生に報告し、その際「どうか子どもがやることだからと、軽視しないでほしい」と強く訴えた。

「私に同じような経験がなかったら、娘の言葉を聞き流していたでしょう。先生に話したところ、クラス全員に対して『このようなことをしてはいけません』と言ってくれました」

ゆっぺさんのときは、クラス全員を前に加害者・被害者が明らかにされ、加害男児一派が罰を受けた。一方、娘の担任は人物を特定せずに諭し、これを機に被害はなくなった。

ゆっぺさん自身も被害者だったことを長女に伝えると、娘も涙を流したという。

漫画をブログで公開した際、100件以上のコメントが書き込まれ、「ゆっぺさんだけに打ち明けます」と過去の傷ついた経験をつづったメールも200通以上届いたそうだ。「自分へのメッセージだけでもこれだけ多いのだから、どれほど被害が隠されているのだろう」と胸が痛んだ。

メッセージを読むと、小学生の時に被害に遭ったケースが多い。高学年の男児に強要されて低学年の男児が嫌がらせに加担したり、好奇心に任せて暴走したりするなど、ケースはさまざま。被害者は体験を鮮明に覚えており、文面からは苦しい胸の内が伝わってくる。

「私も性被害に遭った1人で、結婚して子どもを持った今でも忘れることはできません」

「相談したけれど、気にし過ぎと言われました」

「相手はいとこで、親がいとこを信頼しているので、今でも言えません」

ゆっぺさんは、加害者が兄弟や近所に住む年長男児、いとこなどと書いてあったことにショックを受けた。「苦しくて読み進められない」と思うこともあったが、「誰にも言えなかったことを告白できて、よかった」という感謝のコメントも数多く寄せられていたことに安堵した。

加害者からのコメントもあった。「軽々しく(性的な嫌がらせを)やったけれど、この漫画を読んで申し訳なかった。相手がそこまで傷ついているとは思わなかった」とのメッセージに、「この漫画を描いた意味があった」と感じた。

家族、兄弟姉妹でも勝手に体に触らない

ゆっぺさんは自分の経験があったことで、長女のケースに対して適切な対応を取ることができ、解決できた。では実際に同様のことが起こったら、親はどのように対処すべきだろうか。立教大学名誉教授で、“人間と性”教育研究協議会の代表幹事を務める浅井春夫氏は語る。

「未就学児や低学年児童がいろいろな刺激を受け、好奇心に突き動かされて行動している場合、その行為がセクシャルな意味を持った性加害に当たるかどうかの見極めは難しい問題です。考えておきたいのは、大人の目の届かないところで行われていることが多いので、大人が注意をしておくことです。家族、兄弟姉妹でも勝手に体に触らないことは日頃から子どもたちに伝えておく必要があります」

保護者同士の関係性が近いと悩ましい。親同士に近所づきあいがあったり、親戚だったりする場合である。しかし、浅井氏はきっぱりと言った。

「子どもが嫌がっているのだから、大人のメンツや人間関係などは脇に置いて早くやめさせなければいけません。なぜなら性被害は人権侵害です。大人として果たすべき役割を担い、正しい態度を取ることが求められます。大人同士で情報を共有することが大切です」

「うちの子に限って、そんなことはしません」「単なる子ども同士の遊びでしょ」などと、なかなか耳を貸してもらえないこともあるかもしれない。被害現場が幼稚園や保育所ならば教職員を巻き込んで事実を共有し、対話を続けながら解決していくことができるが、そうとは限らない。

浅井氏は「被害現場が保育所・幼稚園以外でも、保護者同士の話し合いができない場合には、信頼に足る専門職に協力を求めていくしかない」と言う。教職員や児童相談所の職員、小児科医など、いろいろと考えられる。第三者に相談することで「うちの子を悪者にした」などと言われるかもしれない。しかし、被害が続いて子どものトラウマになることは避けたい。

また、より厳しいケースについても言及した。年齢が上がり、きょうだい間で性暴力がある場合には、生活空間を分けることが急務だという。しかも、「被害を受けた側でなく、加害したほうを遠ざける対応とともに専門的な医療・教育機関と相談する必要がある」と強調した。

「嫌なことをされたら必ず大人に言いなさい」と伝える

前出のゆっぺさんは原則、子どもの気持ちや自発的な行動による解決を大切にしているが、大人が介入せざるをえない場面もあったと話す。長女のいじめに対しては、ゆっぺさん自ら加害児の保護者に会いに行った。

「『○○さんだからわかってくれると思って話します』と前置きして、娘が受けた被害を打ち明け、『うちの子も同じことをしたら絶対に言ってくださいね』と伝えました。責めると責め返されますから、まずは共感してもらえるように話しました」

幼児期の性被害については、幼いがゆえに本人が「嫌なことをされた」とは思っていてもそれを性被害だとはわからないこともある。また、加害児童にも悪いことをしているという認識はないかもしれない。単なるいじめよりも発見が遅れがちだからこそ、浅井氏は日常から伝えることが重要だと強調する。

「被害経験の有無にかかわらず、子どもには日ごろから『嫌なことをされたら必ず大人に言いなさい』と伝え、最初に言った大人が受け止めてくれなかったら『別の大人に言いなさい』と教えることです。受け止めてくれる大人が見つかるまで言い続けることを強調してください」

ゆっぺさんも長女に「これからも自分が嫌だと感じることをされたら言ってね。ママに言えなくても、信頼できる大人に必ず伝えてね」と言ったそうだ。

好奇心によるいたずらが性加害とならないために、浅井氏は、2、3歳から言葉の発達に合わせて絵本などで性教育を始める必要があると説く。

また、5歳前後では家庭環境による差が大きく、「男の子は多少乱暴でもOK」といったジェンダーの刷り込みも見られるという。ゆっぺさんも「確かに、加害児童は男の子ばかりの3人兄弟の末っ子だった」と振り返る。年長の兄弟が隠し持っていた成人向けの本や映像を見て、好奇心がかき立てられたのかもしれない。

こう考えると、ゆっぺさんに加害を与えた男児は、家庭で何も教えられないまま加害を続けて、多くの女児に嫌われた挙句、最後に罰を受けた「無知ゆえの被害者」とも考えられる。

軽い接触から行為がエスカレートすることも

2023年4月から、本格的に文部科学省の指示で「生命(いのち)の安全教育」が始まる。文科省では子どもたちが性暴力の加害者や被害者、傍観者にならないよう、教育・啓発活動の充実、学校などで相談を受ける体制の強化、わいせつ行為をした教員等の厳正な処分、社会全体への啓発などについて取り組みを強化すると打ち出した。

このような背景から浅井氏は「幼児期から具体的かつ予防的な性教育が求められる」と指摘する。

「大切にしていきたいのは、『からだの権利教育』です。これまでプライベートゾーンを触らせたり見せたりしたらダメだと教えてきましたが、そこだけではありません。肩や手、頭も触られて嫌だと感じたら言えること、そして逃げることが大事です。そういう教え方をしないと“グルーミング”といって、軽い接触から始まり、行為がエスカレートするリスクもあるのです」

浅井氏によると、2018年にユネスコなどが共同で出した『改訂版 国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に「からだの権利」について定義してあり、「誰もが、自分のからだに誰が、どこに、どのようにふれることができるのかを決める権利を持っている」とある。


この「からだの権利」が侵害されそうになったら、異変を感じた時点で逃げる。プライベートゾーンにまで踏み込ませない。また、自分の体をきちんと知って説明できることが大切である。

被害の報告も「〇〇くん、キモい」だけで終わらせず、「自分の体の、この部分にこんなことをされて、とても嫌だった」ときちんと言えるように。そのための「生命の安全教育」であってほしいと考えている。

ゆっぺさんが作品のタイトルに「なんで言わないの?」と入れたのは、「性被害を受けても、言えなかった気持ち」を描きたかったからだった。子どもが言えなかったとしても性被害は身近にあり、大人がSOSを聞き逃がしているかもしれない。

(若林 朋子 : フリーランス記者)