Sportiva注目若手アスリート「2023年の顏」
第13回:長粼美柚(卓球)

 日本卓球女子の"未完の大器"、長粼美柚が存在感を増している。

 20歳になった彼女の2022年は飛躍の年だった。自力で出場権を掴み取った世界卓球選手権成都大会で女子団体銀メダル。2024年パリ五輪代表選考レースでも5位につけ、今年5月に開催が予定されている世界卓球選手権ダーバン大会のアジア大陸予選会(2023年1月7〜13日)への出場を決めた。


パリ五輪代表選考レースで5位につける長粼

 個人戦で行なわれる世界選手権ダーバン大会は、パリ五輪代表選考ポイントが大きく加算される重要な大会だ。

 振り返ると、昨年の長粼は年明けから目の色が違っていた。いつもどこか一歩引いた印象のある彼女が珍しく「本気でパリ(五輪)を狙いたい」と口にし、基本から自身の卓球を見つめ直した。その覚悟と成果が今日の飛躍に繋がっている。

【2歳上の黄金世代は「光」、自分は「陰」】

 長粼の成長を語るとき、卓球の技術の前に彼女の内面に触れないわけにはいかない。それは、自身を「光と陰の"陰"」と表現するメンタリティに象徴される。

 世界選手権成都大会の時も口にしていたが、このフレーズを最初に聞いたのは約3年前。2019年のワールドツアー年間チャンピオンを決めるITTF(国際卓球連盟)グランドファイナルだった。

 当時17歳だった長粼は、2歳下の盟友・木原美悠とのペアで女子ダブルス優勝。準決勝では、鉄壁を誇る中国の最強ペア、孫穎莎(スン・イーシャ)/王曼碰(ワン・マンユ)を撃破して中国陣営を震撼させた。

 この時点で長粼と木原の東京五輪出場の芽はなかったため、「2人でパリオリンピックを目指すのか」と試合後に水を向けると、迷わず首を縦に振った木原の横で長粼が言った。

「わかりません。先輩たちが強いので。私たちは太陽の光と陰の"陰"だから」

「先輩たち」とは、黄金世代と称される2000年生まれの伊藤美誠、平野美宇、早田ひなのことだ。

 特に伊藤と平野は幼い頃から数々の金字塔を打ち立て、2020年東京五輪では伊藤が混合ダブルス金メダルをはじめ女子シングルス銅、女子団体銀と3個の五輪メダルを獲得。15歳で出場した2016年リオデジャネイロ五輪でも、女子団体銅メダルに輝いた女子日本のエースだ。

 平野も東京五輪女子団体銀メダル。早田はリザーブだったが、パリ五輪代表選考レースでは首位に立つ代表候補の筆頭である。

 奇跡的に同じ年に生まれ大活躍する綺羅星たち。2歳下の長粼も幼少期から国内の主要大会で優勝し、ジュニアとシニアでも国際大会で実績を挙げてきたが、3人の放つ光は強烈で、自身を「陰」と呼ぶ要因にもなっていた。

【世界選手権代表の座を掴み「自分もやればできる」】

 その長粼が少しずつ変わり始めている。最初のきっかけは、世界選手権成都大会出場の切符を手にした2022年3月のLION CUP TOP32。パリ五輪代表選考会の第1回として開かれ、長粼は準優勝だった。

 その大会の準々決勝で伊藤を下した長粼は、決勝で早田と激突。3ゲームを先取して大量リードを奪いながら、戦術の引き出しが多い早田に追い上げられ、フルゲームで逆転負けを喫した。

 世界ランキング6位(現在5位)の早田が、当時65位(現在39位)だった長粼に底力の違いを見せつけた結果だった。だが、以前は勝負所で攻めきれない、あと1本が取れない詰めの甘さがウィークポイントだった長粼も、見違えるようにアグレッシブなプレーを見せた。

 特にロングサーブからの3球目攻撃は見事で、大きな得点源となった。

 前年の2021年は、トップクラスの仲間入りを果たす成長段階であらゆることを難しく考えすぎてしまい、「自分本来の卓球を忘れることもあった」と言うが、久々に納得のいく試合内容で世界選手権出場を決めたことに「自分もやればできるという自信につながった。もっとできるっていうことを証明できた」と、長粼は大粒の嬉し涙をこぼした。
 
 世界選手権本番ではフォアハンドドライブの強化が実を結んだ。

 身長165cmの恵まれた体格から繰り出すフォアハンドのパワードライブはもともと彼女の大きな武器だが、以前ならバックハンドで返球していたミドルのボールもフォアに回り込んで、得意のパワードライブで得点を奪っていた。

 ツッツキ(下回転をかけて返球されたボール)に対しても攻撃していけるよう、対下回転のドライブも練習。この技術を修得したことで「連続攻撃ができるようになった」と長粼は言う。

 また、強い左手首を生かした威力のあるチキータ(打球に強い横回転をかけたバックハンド)も健在で、自信を持って攻めていけるウイニングボールとなった。

【課題は「格上の選手といかに戦うか」】

 卓球のパリ五輪代表選考ポイントは国内選考会を柱に、全日本選手権大会とTリーグのシングルスおよび個人戦大会、さらに世界選手権、アジア競技大会、アジア選手権といった国際大会のポイントが加算される。

 そのため、選手たちは国内でも海外でもポイントを稼がなければならず、過密スケジュールに追われている。過酷な代表選考レースで長粼がパリ五輪への道を拓くカギ。それは、自分よりも格上の選手といかに戦って白星を奪うかにある。

 手がかりは世界選手権成都大会の決勝で初対戦した、世界ランキング1位の孫穎莎との一戦に見られる。結果は孫のストレート勝ちだったが、長粼にはスコア以上に価値がある気づきがあった。

 まず、サーブからの3球目、5球目攻撃。サーブを起点に仕掛ける長粼に対し、孫はボール1個、時には半個分のレベルで微妙に打球の高さや回転量を変え、長粼のタイミングを崩し、チャンスボールを狙ってきた。

 以前の長粼であれば成す術なく引き離されていたかもしれない。だがこの試合の長粼は、ゲーム序盤の「攻めないと勝てない」という焦りが、「攻めていない時でも得点できている」と気づいたことで消え、第3ゲームは自らテンポを変えて孫のミスを誘うことができた。

 長粼は「相手も人間だな、と思った」と振り返ったが、それは格上の選手と戦う上でとても大事な感覚だ。

 もうひとつ、頭ではわかっていても実感として掴めたというのが、「自分のしたいことや得意なプレーよりも、相手が何をしてきているかを見抜くことが先。相手のやってくることを読んで意外性を出していくことが必要」という点である。

 こうして自信をつけた彼女は、もはや陰の存在などではない。パリ五輪に向け勝負の年となる2023年は、光を放ちながら進んでいくのだ。

【著者プロフィール】

高樹ミナ(たかぎ・みな)

スポーツライター。千葉県出身。競馬、F1、プロ野球などを経て、00年シドニー大会から五輪・パラリンピックを現地取材。主に卓球、トライアスロン、車いすテニス、義足競技等を専門とする。16年東京五輪・パラリンピック招致委員会在籍。執筆活動の他TV、ラジオ、講演等にも出演。自著に『卓球ジャパン女子』(汐文社)。『ポジティブラーニング』(松岡修造/文藝春秋)、『転んでも、大丈夫』(臼井二美男著/ポプラ社)、『美宇は、みう。』(平野真理子/健康ジャーナル社)他で企画・構成。日本スポーツプレス協会(AJPS)、国際スポーツプレス協会(AIPS)会員。猫とお酒をこよなく愛する。