スポーツ業界のNFT事業。失敗しないための秘策
デジタルデータを替えの効かない唯一無二のものにできる技術として、アートやゲーム、音楽など、さまざまな分野で活用されはじめている「NFT(非代替性トークン)」。その波はスポーツ業界にも押し寄せており、2019年に「Sorare(ソラーレ)」というサッカーのトレーディングカードゲームがいち早く取り入れると、それに続くようにNBAやMLBもNFT市場に参入。なかでも、NBAのスター選手たちのスーパープレーをコレクションカードとしてNFT化した「NBA Top Shot」は、2020年のサービス開始から約1年で8億ドル(約920億円)を超える売上を記録した。日本でもミクシィとDAZNが、メルカリとプロ野球のパ・リーグが「NBA Top Shot」の基盤ブロックチェーン「Flow」を活用したNFT事業を開始するなど、多くの活用事例が生まれているのも事実だ。
そこで今回は、「NFTが切り拓くスポーツ業界の未来」をテーマに、日本ブロックチェーン協会(JBA)の理事で、ファンエコノミー時代の新しいクラウドファンディング2.0サービス「FiNANCiE」を手がける株式会社フィナンシェのCEO・國光宏尚氏と、そのFiNANCiE上で日本ボッチャ協会のトークンを発行した株式会社ワントゥーテンの代表・澤邊芳明氏の対談を実施。NFTの可能性や効果的な活用方法について語っていただいた。
大切なのは、NFTを所有する意味や価値が見出せるコミュニティづくり
スポーツの楽しみ方のひとつとして馴染み深いトレーディングカードは、カードを自慢できるコミュニティがあるからこそ、その価値を発揮できるのだった ©Shutterstock一時はアートやゲームなどの主要カテゴリを抑え、半年間で30万ものコンテンツが販売されるほどのバブル的な盛り上がりを呈したスポーツ関連のNFT。しかし、現在はその火付け役となった「NBA Top Shot」の人気も落ち着きを見せ、業界は次のフェーズへと進む必要性に迫られているという。スポーツ業界の明るい未来を切り拓くために、二人は今後どのようなNFTの活用の仕方が重要だと考えているのだろうか。
國光宏尚(以下、國光) 「NBA Top Shot」は始まったばかりのNFTサービスという物珍しさから最大瞬間風速的に盛り上がり、業界に一時的なバブルをもたらしましたが、現在はその鳴りを潜めています。また、日本でも「NBA Top Shot」の基盤であるブロックチェーン「Flow」を活用したスポーツ関連のNFT事業が開始されましたが、いずれも上手くいっていない印象です。みんなが一つ勘違いしてしまっているのは、ただの静止画や動画をNFTにして、「これは価値があるものです」と謳っても、誰も欲しいとは思わないということ。NFTにしてもFT(代替性トークン)にしても重要なのは、所有することで意味の生まれるコミュニティを創出することなんです。
トレーディングカードの要領でスター選手たちのスーパープレーをNFT化した「NBA Top Shot」。その人気は落ち着いたが、人気の高いレブロン・ジェームズ選手のダンクシーンには2022年11月18日現在でも、3万8000ドルもの値がついている(公式HPより)澤邊芳明(以下、澤邊) なるほど。具体的な事例をあげて、説明してもらえますか。
國光 例えば、子どもたちに人気のポケモンカードってあるじゃないですか。あれはカードそのものに価値があるのではなくて、ポケモンカードを所有する子どもたちによってコミュニティが生み出されていて、その中でレアなカードを持っていると、みんなから「すごいね!」って言われることに価値があるんです。
澤邊 僕らが子どもの頃にもビックリマンシールやプロ野球チップスのカードが流行って、レアなカードを持っていると自慢できましたが(笑)、そんな感じのイメージですか?
國光 そうそう、まさにそれです。現代アートやスポーツカー、スニーカーやワインなんかも同じだと思うんですが、自己満足のために高いお金を払ってコレクションしようという人はほとんどいなくて、大半の人はその所有者たちのコミュニティの中でドヤれたり、注目を浴びたりできるから買い集めようとするわけです。どんなコレクション文化でも市場だけが存在していて、コミュニティが不在という例は存在しないはずなんですよ。「NBA Top Shot」やその事例を活用した日本での取り組みが上手くいかなかったのは、NFTの販売ばかりに力を入れ、コミュニティづくりが疎かになってしまったことが原因だと思っています。
澤邊 でも、それで言うと、NBAはもちろん、どんなプロスポーツリーグにもチームごとにファン・コミュニティというものは存在しているはずなんですが、NFTサービスとは結びつかなかったということなんでしょうか。
國光 NBAファンとNFTコミュニティはまったくの別物ですし、NBAファンとひとくちに言っても、その中にはいろんなコミュニティが存在するはずなんです。ある特定のチームが猛烈に好きという人たちもいれば、選手たちが履いているレアなバスケットシューズが好きという人たちもいる。なので、コミュニティをしっかり細分化して捉えたうえで、そのコミュニティ内の熱量を上げるようなNFTの活用の仕方を考えるのが重要になってきます。
澤邊 そうしたコミュニティづくりに成功しているNFTの活用例には、どんなものがあるんですか?
國光 世界的にも人気が高く、高額で取引されているNFTに「Bored Ape Yacht Club(ボアード・エイプ・ヨット・クラブ)」というコレクションがあるんですが、彼らが最初にやったのはこのNFTを所有している人だけが入れるコミュニティ(Discordのチャンネル)をつくることでした。このコミュニティが掲げる目標は、イケてるNFTを買ってお金持ちになろうというもの(笑)。「これから流行りそうなNFTって何?」とか「どんなNFTを買ったら儲かる?」といったやりとりがされていたので、そうした情報を手に入れたい人たちがこぞってこのNFTコレクションを所有しました。つまり、このNFTはお金儲けを狙う投資クラブの会員券として機能したわけです。あとは、世界的なDJとして知られるスティーブ・アオキさんが発行したNFTには、彼のイベントに優先的に入れる権利が付与されました。ファンの人たちにとってみれば、彼のイベントの前売りチケットを確実に手にすることができるわけですから、ぜひとも所有したいと思いますよね。
猿をモチーフにした絵柄が特徴で、多くの有名人や海外セレブも保有していることで知られるNFTコレクション「Bored Ape Yacht Club(BAYC)」。その人気はうなぎのぼりで、現在では一般の人たちが購入できないほどの値段にまで釣り上がっている(公式HPより)澤邊 たしかにどちらもコミュニティに入りたいと思わせるインセンティブが明確に提示されていますよね。スポーツのカテゴリでも、そうした成功事例はありますか?
國光 今、FiNANCiE上で行っている取り組みですと、スポーツチームやスポーツ選手が発行するNFTを所有すると、限定のグッズがもらえたり、限定イベントに参加できるという特典が人気を集めています。所有者だけの特別待遇を受けることにより、コミュニティの中で一目置かれるのはもちろん、限定グッズやイベントといった特典をもらえるメリットもあるわけですから、ファンにはたまらない見返りですよね。
(左)レバンガ北海道がクラブのマスコットである「レバード」の誕生日を記念して限定発行したNFTでは、レバードの背番号と同じ14番のNFTを保有する人に、レバードの誕生日に手紙が届くという試みも(右)クラブのスター選手だった松崎圭介選手の引退の際に発行された、鹿児島レブナイズ史上初の背番号「41」の永久欠番決定を記念したメモリアルNFTの保有者には、松崎選手のオンラインスペシャルトークショーに限定参加できる権利が与えられ、人気を博した(いずれもFiNANCiE上での取り組み)
澤邊 なるほど。今後のNFT活用のカギは、いかにNFTを所有する意味や価値が見出せるコミュニティを設計できるかにかかっているわけですね。
純粋に応援したいファンと投資家層を共存させるインセンティブ設計がカギ
澤邊氏からの問いかけに洞察力に富んだ回答を続けた國光氏澤邊 一方で、NFTには「購入したら価格が上がって売買益を得られるかもしれない」という投資的な側面もあるわけじゃないですか。今、いろいろなプロジェクトを見ていると、そういった側面ばかりがクローズアップされた“上場ゴール”のようなプロジェクトも多く見受けられるんですが、純粋にそのスポーツやチームを応援したいファンからすると、所有するNFTの価値が自分の意図しないところで下がってしまい、損した気分になると思うんです。コミュニティに参加する権利を得ることが目的なら、いっそうのこと、価格を変動させない方がいいんじゃなかという意見も出てくると思うんですが、國光さんはどのようにお考えですか?
國光氏の考えるNFTの構成バランス國光 価格が変動しないのであれば、これまでのファンクラブやクラウドファンディングでいいじゃないかという話になってしまうと思うんです。やっぱり、NFTやFTが画期的なのは二次流通マーケットで価格が変動し、もしも応援していたチームに人気が出てきたら、そのNFTの価値が上昇してファンの方たちも恩恵を授かれるかもしれないところにあると思うんです。そういった側面があるからこそ、そのスポーツやチームのファン以外の人も巻き込むことができ、マーケット自体を大きくしていけるんじゃないかと。
澤邊 僕も決してその仕組みに反対しているわけではないんです。でも、株式市場のように企業が生み出した利益をもとに利益の分配や株価の変動が行われているなら仕組みとしても明確なんですが、ファンコミュニティの場合は儲けることが第一ではないですよね。ファンの想いが込められたNFTを投資だけが目的の人たちに荒らされてしまう状況を避けられないものかと思いまして。
國光 大切なのは、NFTの設計を二階建てで考えていくことなんだと思いますね。一階は、何があっても絶対にそのNFTを売らないで応援し続けるコアファンが支える層です。その数をしっかりと増やしていくことで、株で言うところの下値抵抗線が形成できるわけです。一方、二階には純粋なファンではないけれど、「儲かりそう」とか「面白そう」といった理由からそのNFTを購入しようとする投資家たちを取り込んでいきます。それにより上値をつくっていくイメージです。この2つのバランスを上手くとっていくことで澤邊さんが危惧する状況を防げるんじゃないですかね。
澤邊 それは上手い考え方ですね。例えば、最初にNFTやFTを売り出すときに、まずは一階のコアファンから売り出していき、投資目的の二階の人たちは後にするというのも有効かもしれませんし。
國光 そうですね。あとはファンと投資家ではそれぞれが価値に感じる特典も違うと思うので、それぞれの目的に合った特典を用意するのも有効だと思います。
澤邊 なるほど。NFTを発行する側がそういったコミュニティをデザインするノウハウを学んでいく必要がありますね。
國光 おっしゃるとおり、まさにそこがすごく大切で。最近、Web3の業界ではDAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれる自立分散型の組織が注目を集めているのですが、この組織の特徴は大きく三つあって、一つはビジョンがあるところ。もう一つがこのビジョンに共感して生まれたコミュニティがあるところ。そして、最後がこのコミュニティが発行する独自のNFTやトークンが存在するところです。メンバーがコミュニティの掲げるビジョンの実現に向けて頑張ると、発行したNFTやトークンの価格が上がり、結果としてメンバーみんなが幸せになれるという組織設計になっているんですが、スポーツチームというのは地元への貢献やリーグでの優勝など、ビジョンが明確なものが多く、このDAOの成功事例に当てはまりやすいんですよね。なので、DAOの仕組みを上手く回していける優秀なDAOマネージャーのような人が現れたら、スポーツ業界のNFTもグッと成功率が高まっていくと思いますね。
従来型の組織では、株やストックオプションを保有する創業メンバーやベンチャーキャピタルばかりに大きな利益が還元され、従業員は給与をインセンティブに働くしかなかったが、DAOでは組織に貢献した参加メンバー全員に利益が還元される仕組みになっているため、それをインセンティブに皆が自立的に組織に貢献しようとする澤邊 将来的にそういった新しい職業が生まれてくるかもしれませんね。
國光 確実に生まれると思います。
ファンしかお客にできなかった従来のスポーツビジネスの問題点を解消
終始、和やかに対談を盛り上げる澤邊氏澤邊 これまで話してきたように特定のスポーツやチームのコミュニティを強化できるのが、スポーツ業界にNFTを取り込む一つのメリットということがわかってきましたが、新しい収益源を確保できるのもNFTのもう一つの魅力ですよね。
國光 これまでのスポーツビジネスの問題点は、ファンしかお客さんにできなかったことにあるんです。チームが根ざす特定の地域に住んでいて、チケットを購入して実際にスタジアムへ足を運んでくれる人たちだけがビジネスの対象だった。でも、NFTやトークンを活用することで、ビジョンに共感してくれる人なら全国どこにいてもターゲットにできるようになった。つまり、客層の幅を格段に広げられるようになったんです。
澤邊 FiNANCiE上でもそういった進歩を実感することはありますか?
國光 僕が特に面白いと感じているのは、すごく有名なスポーツチームだから多くのお金を集めることができるというわけではなくて、無名でもコミュニティを運営する人たちの熱意が伝われば、多くの資金を集められるというところ。事実、鎌倉インテルさんという神奈川県の社会人2部リーグに所属するサッカークラブや2021年に発足したばかりのジャパンサイクルリーグという競技団体は、有名なチームや団体でないにもかかわらず、FiNANCiEでのトークンの販売を通じて数千万円もの資金を集めています。運営側が熱心だと、元々のファンの人たちはもちろん、投資目的の人たちも「これだけ熱意があれば、このチームや団体は今後大きく成長していくんじゃないか」と判断し、じゃあ購入してみようと思ってもらえるんです。
神奈川県1部リーグへの昇格を目指し、チームの強化や成長のためにトークンを発行する鎌倉インテル。FiNANCiEの「鎌倉インテルトークン」には1300名を越えるコミュニティが形成されている澤邊 しかも、そうやってコミュニティが盛り上がり、ファンが増えれば、発行時の販売益に加え、二次流通での販売手数料も収益として入ってきますよね。
國光 そうですね。ファンが増え続けている限りは、絶えず買い需要が高まるので、新しいファンが新たにNFTやトークンを購入しようと思うと、二次流通マーケットで購入することになります。その際の手数料は売っても買っても同じだけ入ってくることになるので、必然的に収益が増えることになりますね。澤邊さんは実際にFiNANCiE上で日本ボッチャ協会のトークン(ボッチャトークン)を発行されましたが、やってみてどのような感想をお持ちになりましたか?
澤邊 調達金額の話で言うと、今回のプロジェクトはテスト的な意味合いが強く、正直そこまで高いハードルを設けていなかったんですが、当初目標としていた資金額はきちんと集めることができました。まず、この点は成功だと思っています。それと國光さんが先ほどからおっしゃっているコミュニティの話で言えば、掲示板を活用したやりとりなどにより、協会とファンの方たちとの双方向のコミュニケーションが生まれ、コミュニティ内の盛り上がりも可視化できるようになりました。これまでは協会側から一方的に情報を発信していただけだったので、受け手側のリアクションを知るすべはなかったんです。今回の取り組みを通じて、我々もボッチャを取り巻く関係人口が増えていっていることを肌で感じています。
日本ボッチャ協会を応援してくれているメンバーで月1回開催している、Finanncie上でのBラボMTG(おしゃべり会)の様子國光 ボッチャトークンの価格変動についてはどうですか?
澤邊 やっぱり購入いただいたからには価値を上げ続けていきたいと思っています。幸いにもボッチャトークンは発行から今まで下がることなく、最近は上昇傾向にあるので、コミュニティの盛り上がりとトークン価格が連動しながらいい循環を生み出していってくれていますね。
國光 課題に感じていることはありますか?
澤邊 今、ファンの方たちとグッズを作ろうということで、投票などをしながらプロジェクトを推進しているんですが、コミュニティの活性化のためにこういったプロジェクトを自発的に生み出す仕組みの必要性を強く感じています。先ほどのDAOマネージャーの話につながると思うんですが、必要とされるテーマをコミュニティメンバーに周知し、推進していく運営者のような存在がやっぱり必要だなと。
國光 グローバルのWeb3のマーケットでは、参加するDAOのトークンをあらかじめもらい、自身がそのコミュニティを盛り上げることでトークンの価格上昇分を報酬として受け取るような人たちも現れているんですよ。その方が頑張れば頑張っただけ報酬が増えることになりますから、請け負う方もやりがいになりますからね。日本でもそんな人たちが増えはじめるといいですね。
澤邊 我々のコミュニティにもぜひ来ていただきたいです。
國光 やっぱり、これまでのようにスポーツの名シーンをただNFTにすれば買ってもらえるというステージは過ぎて、これからはNFTを活用したコミュニティづくりがカギとなると思うんです。それには純粋なスポーツファンと投資を目的とする幅広い層を巻き込めるコミュニティデザインが大切で、その設計を上手くできたチームや団体が明るい未来を切り拓いていけるということになるんじゃないでしょうか。
澤邊 まさにそこですよね。いい感じにまとめていただき、ありがとうございました。
純粋にチームや選手を応援したいという気持ちから生まれる“推し”の力は前々から非常に尊く、偉大なものに感じていたが、二人のやりとりからはNFTはその力をさらに推進、拡張させる技術であることを実感させてくれた。クリアしなければならない課題はあるものの、スポーツ×NFTが切り拓く未来はきっと明るい、そう確信させてくれる興味深い対談となった。
PROFILE 國光宏尚(くにみつ・ひろなお)
1974年生まれ。米国 Santa Monica College 卒業後、2004年に株式会社アットムービーに入社。同年に取締役に就任し、映画・テレビドラマのプロデュースや新規事業の立ち上げを担当。2007年に株式会社gumiを設立し、代表取締役社長に就任。2021年に同社を退任し、同年に株式会社Thirdverseと2019年に共同創業した株式会社フィナンシェの代表取締役CEOに就任。著書に『メタバースとWeb3』(エムディエヌコーポレーション)がある。
PROFILE 澤邊芳明(さわべ・よしあき)
1973年生まれ。1992年に京都工芸繊維大学入学後、18歳の時にバイク事故に遭遇。手足が一切動かない状態となる。復学後、24歳でワントゥーテンを創業。現在はXRとAIを強みに、総勢約120名からなる近未来クリエイティブカンパニー「1→10(ワントゥーテン)」を率いる。パラスポーツとテクノロジーを組み合わせた「CYBER SPORTSプロジェクト」や、日本の伝統文化をアップデートする「ジャパネスクプロジェクト」など、多くのプロジェクトを牽引。著書に『ポジティブスイッチ 絶望からの思考革命』(小学館)
text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
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