日本のサービスのクオリティが高いことで知られていますが、生産性が下がり続けているのはなぜでしょうか(写真:Fast&Slow/PIXTA)

日本といえば、世界的にもサービスの品質が高いことで知られているが、実は労働生産性という観点ではアメリカの約半分だという。元IMFのエコノミストで、東京都立大学教授の宮本弘曉氏は、日本の労働生産性が低いのは、人的資本・物的資本の枯渇――つまり、「人やモノにお金をかけない」からだと断言する(本記事は宮本氏著『51のデータが明かす日本経済の構造 物価高・低賃金の根本原因』の抜粋記事です)。

改革のカギは「日本型雇用」にあり

日本で賃金が停滞している大きな原因は、生産性が低迷していることと、相対的に賃金が低い非正社員が増加していることです。では、なぜ生産性は低迷しているのでしょうか。

日本で生産性が低迷している大きな理由としては、企業行動が積極姿勢を欠き、守りの経営に入り、企業が人や資本に投資をしなくなったことがあげられます。また、日本的雇用慣行により、労働市場が硬直化してしまい、その結果、経済の新陳代謝が低くなっていることも、生産性の低迷につながっていると考えられます。

非正社員の増加という労働者構成の変化の背後にも、日本の雇用慣行の存在があります。日本では正社員を雇用すると、解雇するのが難しいため、経済が長期にわたり停滞し、将来の見通しが立たないときには、雇用調整のコストが低い非正社員を用いるというのは企業の合理的な判断となりえます。

さらに、日本的雇用慣行は労働者が賃金交渉において声をあげにくい環境を作っており、賃金低迷の原因となっています。ここでは、企業行動と雇用慣行に注目しながら、労働生産性が低迷している理由について考えることにしましょう。

あらためて日本の労働生産性の現状を確認しておきましょう。


上の図は、日本の労働生産性をOECD加盟諸国と比較したものです。2020年の日本の1時間当たりの労働生産性は49.5ドル(5086円)でした。これはOECD加盟国の平均59.4ドルより、2割弱低い数字です。OECD加盟38か国中、日本の順位は23位となっており、データが取得可能な1970年以降、もっとも低い順位となっています。

G7に注目すると、もっとも生産性が高いのがアメリカで80.5ドル、次がフランスの79.2ドル、そして、ドイツの76.0ドルとなっており、日本の順位はもっとも低くなっています。なお、G7における日本の順位は、1970年以降、50年以上にわたって最下位です。日本の1時間当たりの労働生産性は、アメリカの6割程度しかないのが現状です。

1人当たりの労働生産性でも出遅れている

なお、1時間当たりでなく1人当たりでも労働生産性を測ることがあります。付加価値を就業者数で割ることで求められる1人当たりの労働生産性は、2020年に日本では7万8655ドル(809万円)でした。これはOECD加盟38カ国中28位にあたります。

アメリカの就業者1人当たりの労働生産性は14万1370ドルとなっており、日本はその56%しかありません。また、かつては日本のほうが韓国より上位でしたが、2018年に逆転され、2020年の日本の就業者1人当たりの労働生産性は韓国より6%程度低くなっています。

労働生産性は産業ごとにも大きく異なっています。ここでは大きく、製造業とサービス業の2つをみていきましょう。

日本生産性本部によると、2019年における日本の製造業の労働生産性は、1時間当たり5512円、就業者1人当たり1054万円でした。一方、サービス業では1時間当たり91円、就業者1人当たり781万円と、サービス業の労働生産性は、製造業よりも低い水準にあることがわかります。

GDPに占める製造業の割合は約2割で、経済活動の大部分はサービス業で行われていることから、サービス業の労働生産性の低さが、日本全体の労働生産性を押し下げる要因となっていることがわかります。

次に、産業別に日本の労働生産性を他の先進諸国と比べてみましょう。まず、製造業について、2017年時点で、日本の労働生産性はイギリスやイタリアとほとんど同水準にある一方、アメリカより約30%、フランスより約23%、ドイツより約17%低い水準になっています。20年前の1997年の数字と比較すると、日本とこれらの国で労働生産性の格差はほとんど拡大していないことがわかります。

では、サービス業はどうでしょうか? 2017年における日本のサービス業の労働生産性は、アメリカの約半分で、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアより約27〜35%低くなっています。製造業とは異なり、20年前の1997年の数字と比べると、日本と欧米諸国間の労働生産性格差が拡大していることがわかります。例えば、日本のサービス業の労働生産性を100とした場合の1997年におけるアメリカの労働生産性は174.5ですが、2017年は205.4となっています。

日本のサービス業の労働生産性がアメリカよりも低いと聞くと、遠和感を覚える方がいるかもしれません。アメリカのみならず、海外に旅行したり、住んだりしたことがある方は、日本のサービスの質が世界のなかでいかに優れているかを、肌身で感じられているのではないかと思います。

例えば、日本では電車が定刻どおり、寸分の狂いもなく正確に来ますが、そんな国は他にほとんどありません。私がかつて住んでいたアメリカの首都ワシントンD.Cのメトロ(地下鉄)には、そもそも時刻表がありませんでした。

また、日本のレストランやホテルでは、どこでも従業員が笑顔で両手を前に重ねて深々と頭を下げるのは日常風景ですが、海外であんな質の高いサービスを受けたければ、最高級のレストランやホテルに行かなくてはいけません。「日本の常識、世界の非常識」と言われることがありますが、日本と海外のサービスの質をうまく描写していると思われます。

日本とアメリカ、サービス業の差はどれくらい?

実際に、日本とアメリカでサービス業の質はどれくらい違うのでしょうか? 下の図はアメリカ滞在経験のある日本人、また、日本滞在経験のあるアメリカ人を対象に、28の対人サービス業分野について、日米のサービス産業の品質の差に相当する価格比(日米の各サービスへの支払い意思額の比)を質問したアンケート結果を示したものです(出所:深尾京司、池内健太、滝澤美帆(2018)「質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較」日本生産性本部、生産性レポートVol.6)。


ここから、米国滞在経験のある日本人は、宅配便やタクシー、コンビニなどの分野で、日本のサービスを享受するために、アメリカでの同種のサービス価格に比べて15〜20%程度、高い金額を支払ってもいいと回答していることがわかります。さらに、ホテルやレストランでも1割程度、日本はアメリカより品質が高いと認識されています。

このようにアンケート調査からも日本のサービスの品質は、アメリカよりも高くなっていることがわかります。では、サービスの質を考慮した場合、日本とアメリカの労働生産性はどの程度異なるのでしょうか?

サービスの質を考慮して調整した労働生産性の日米比較を行った研究によると、調整後の日本の労働生産性の水準は、調整前のものよりも高くなっています。これは、アメリカよりも日本のほうがサービスの質が高いとするアンケートの回答結果と整合的です。

しかし、質の高さを考慮しても、労働生産性はアメリカのほうが日本よりも依然として高くなっています。その理由は、日本の価格が安いからです。品質に応じた価格がついていれば、「品質が高い=生産性が高い」になるのですが、日本の物価はこの30年間ほとんど上がっていないのに対して、アメリカでは物価が上がり続けたため、このような結果となってしまうのです。

日本の労働生産性が低迷しているワケ

現在まで、日本の労働生産性はどのように変化してきたのでしょうか? 下の表は1970年以降、およそ10年ごとの労働生産性の変化率の動向を示したものです(出所:深尾京司、牧野達治「賃金長期停滞の背景(上) 製造業・公的部門の低迷響く」日本経済新聞、経済教室(2021年12月6日))。日本の労働生産性の上昇率は、長期的に低下傾向にあることがわかります。


1970年代や80年代の労働生産性の上昇率は約45〜51%と非常に高いものでしたが、90年代には約21%、2000年代は約12%に低下しています。こうした労働生産性上昇の減速が賃金成長率の低迷の主要因です。


ではなぜ、日本の労働生産性上昇率は低下したのでしょうか? この問いに答えるためには、労働生産性がどのように決まるのかを考える必要があります。労働生産性は、労働成果の指標である付加価値を労働投入量で割ったものとして定義されます。つまり、次のように表せます。

労働生産性=「付加価値÷労働投入量」

ここから、労働生産性が低くなる理由としては、付加価値が小さいこと、あるいは労働投入量が多い、つまり過剰労働になっていること、あるいはその両方が考えられます。逆に、労働生産性を高めるには付加価値を増やすか、労働投入量を節約するか、あるいはその両方が必要になるということです。

付加価値を生み出すには、機械や設備などの「資本」や、それを使いこなす「労働」といった生産要素が必要となります。また、生産技術や経営効率、組織運営効率なども付加価値に影響すると考えられます。これら生産要素以外で付加価値に寄与するものを「全要素生産性(TFP)」と言います。

生産要素のひとつである「労働」は、単にどれだけ働いたかだけではなく、労働者の持つスキルや経験など「労働の質」にも左右されます。つまり、労働は労働投入量(就業者数×労働時間)と労働の質の2つに分けて考えることができます。労働生産性は付加価値を労働投入量で割ったものですから、労働生産性は、労働の質、資本装備率(労働力当たりの資本)、そしてTFPの3つにより決まることがわかります。

先の表では、労働生産性の上昇率を、労働の質上昇、資本装備率上昇、そしてTFP上昇に要因分解しています。これをみると、1990年までの労働生産性の高い伸びは、資本装備率やTFPの上昇に大きく支えられていたことがわかります。

しかし、その後、1990年代にはTFPが大幅に減速し、それに伴い労働生産性の上昇も減速します。2000年以降、TFPの上昇は若干回復しますが、労働の質の低下と資本蓄積の減速により、労働生産性は停滞しています。ここからわかることは、この20年間の労働生産性の低迷、つまりは賃金の低迷の背景には、物的・人的資本そしてTFPの停滞があるということです。

(宮本 弘曉 : 東京都立大学教授)