なぜ日本でコロナワクチンを開発できなかったのか。世界に逆行する日本の状況とは?
新型コロナウイルスのワクチンを真っ先に開発したモデルナ社、ファイザー社のような製薬企業は、なぜ国内から生まれて来なかったのでしょうか。国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターの保富康宏先生にお話をうかがう中で、新たなワクチンが開発されにくい日本の根本的な原因が見えてきました。
なぜ新薬の開発に「サルの実験」が必要なのか
編集部
どうしてサルを実験動物として使う必要があるのですか?
保富先生
マウスの実験結果というのはヒトとはかなり効果が異なってしまうからです。たとえばエボラ出血熱に対するワクチン開発において、マウスを使った革新的な研究が9つほど出たのですが、そのうちサルでも効果が認められたのは3つだけでそれがヒトの実用化試験に進むことが出来ました。それくらいマウスとヒトを含む霊長類では効果が異なるということです。
編集部
マウスで効果が認められた薬であっても、サルやヒトには効かないということは珍しくないのですね。
保富先生
そうですね。以前、サルで効果を認めなかったワクチンをヒトに試す実験が行われたことがあります。その結果、ワクチンを打った人の方が、打たなかった方より感染率が高いという、期待とは逆の結果になってしまいました。そのようなことがあってから、現在は「サルで効果のないものは、ヒトの試験に進むことができない」という不文律が世界の標準となっています。
編集部
マウスとヒトやサルではそれほど違うのでしょうか?
保富先生
マウスと霊長類(ヒトやマウス)では寿命が異なるだけでなく、目や脳神経系の構造が全く違います。そのほか、生理周期に配慮した不妊の研究などもサルでないと行えません。実験でヒトに近い結果が得られる貴重さから、霊長類研究センターで実験をした研究者の多くが「もうマウスの実験には戻れない」と仰っています。
霊長類研究センターをとりまく、世界と日本の違い
編集部
霊長類研究センターは日本にどれくらいあるのですか?
保富先生
日本では当施設(つくば市の霊長類医科学研究センター)のみです。ですので、もし災害などで当施設の運営が止まると、日本では霊長類の研究ができなくなるという状況にあります。
編集部
他国の状況は違うのでしょうか?
保富先生
例えばアメリカの霊長類センターは7カ所になっています。さらに、アメリカの大学は州ごとに設立されるため国立大学は存在しないのですが、その下部組織である霊長類センターだけは国が運営しており「州立大学国立霊長類センター」という変わった名前になっています。それくらい国が本気になって主導しているということです。
編集部
アメリカ以外の国も霊長類研究センターは増えているのですか?
保富先生
韓国には霊長類研究センターがなかったのですが、2000年代後半に新設され、現在では日本の倍以上の規模となっています。また、タイは10年前に医療特区を作ることになり私もお手伝いしたのですが、既に一部の分野では日本を超えています。
ヒトに役立つ研究を進めていくために必要なこと
編集部
なぜ日本では新型コロナウイルスのワクチンを開発できなかったのでしょうか?
保富先生
日本国内と欧米では製薬会社の思想が根本的に異なります。たとえば、国内の製薬企業では、現在困っている薬剤耐性菌に効く薬を作るような努力をする傾向があるように思います。それに対し、欧米の製薬企業では、ワクチンを作り全員に打つことによって根本的に病気を制御する方針で研究開発を進めています。
編集部
研究開発の環境やコスト面などの影響もあるのでしょうか?
保富先生
モデルナ社やファイザー社による技術革新に注目が集まりがちですが、研究開発環境の基盤が違うことを痛感しています。たとえばアメリカでは、2020年のパンデミックが起きた直後に600億円を7カ所の霊長類研究センターに配りました。また、感染症の影響により中国からサルが入手できなくなると、実験に必要な年間6万頭のサルを全て国産化する方針に舵を切り、毎年何百億もの予算を投入して体制を強化しています。
編集部
ワクチンの開発に必要な霊長類研究センターが1カ所しかない日本は、このままワクチン後進国になっていくのでしょうか?
保富先生
今回の新型コロナウイルスワクチンを開発できなかった反省もありまして、現在、世界トップの研究コンソーシアムを国内で作ろうという動きが出ています。我々の施設もサポート機関として参画する予定ですので、様々な課題もありますが、ぜひ期待していただきたいです。
編集部まとめ
日本で新型コロナウイルスワクチンが開発されなかった一つの理由が、研究方針の違いや霊長類研究センターに対する国の支援環境にあると理解し、大変驚きました。世界基準のワクチンをこれから先、日本から誕生させることができるのか、またそのような研究開発環境を作っていくことができるのか、注目していきたいと思います。
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