ミカン畑の山と山の合間に顔を出して八代海を見る 新幹線開業で南九州の時間距離は劇的に変わり横には南九州西回り自動車道も建設中(新水俣ー出水間、写真:久保田 敦)

鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2022年11月号「150年後の今 新幹線で」を再構成した記事を掲載します。

「つばめ」の800系は今や古参となったが…

7時20分過ぎ、すでに蒸し暑さが支配する鹿児島中央駅のホームに上がると、12番線で待ち受けていたのは800系の「つばめ310号」。九州新幹線「はやっ!便」の積み込みを終えて、カートを引き上げるところだった。新幹線を使った小荷物輸送は、コロナ禍によってもたらされた人の輸送の減退を補うものとして、実証実験から事業化へ、そして議論はより大きな新幹線貨物輸送へと進んでいる。

九州新幹線に乗るからには800系は落としたくない。今や主流はN700系で、グリーン車がない古参の800系は各駅停車の「つばめ」運用に回されているが、個性では新幹線中の白眉だ。乗り込むと、黒に包まれたデッキの先に明るい客室が開けて、木製の背板に草花文様のクッションを組み合わせた特有の座席が目に飛び込む。号車別の色柄によって雰囲気は号車によりガラリと変わる。


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7時32分、発車するとすぐに車掌の肉声で放送が始まり各駅停車である旨と、熊本、博多の到着時刻を告げた。列車はすぐさまトンネルに入り、それから続く放送は「車内における新型コロナウイルス感染症に関するお願い」に移った。マスク着用、会話は控えめに、そして座席の向かい合わせ使用のお断りが内容で、「この列車では常時、空調装置により車内の換気を行っております」と、安心感をフォローする。この案内が列車編成や設備の案内に先んじる点は、まさしく今の時節だ。

このあと定型の放送に移り、そこでも緊急事態に備えるSOSボタンの案内、携帯電話のマナーモード利用の呼び掛けと、やはり“最近”が現れている。それに九州では英語に続いて韓国語と中国語放送もある。

始発駅のていねいな案内が4か国語で重ねられると、もう6分を経過している。やっと一息つくも束の間、駅間が比較的短い九州新幹線のことであるから、わずか2分を空けただけで川内到着の案内が流れてきた。今度は冒頭を九州のオリジナルチャイムが飾っている。トンネルを抜け出ると平野に水田が広がり、川内に到着する。鹿児島中央行きのホームは通勤客が列を成している。

しばし座席に身を預けて見回す。基本構造は今や山陽新幹線でしか見られない700系と同じである。しかし座席は自由席を含めて全車が左右とも2人掛けを配しており、余裕がある。基本はシンプルで、そこに個性的な造作の座席が並ぶ姿は、あれもこれも詰め込んだボリューム感より心地よいように思える。ただ、背板に厚みがないから1人だけで背を倒すと隣席との間に大きく隙間ができ、後方から丸見えになる嫌いはある。コンセントは前後端の妻壁に面した席のみで、それも時代の流れを感じる部分だ。

その一方、背板と同じ圧縮合板の肘掛は木の温もりを保ち続けている。もちろん小さなへこみ傷はあり、インアーム式テーブルも年季が入った感はあるが、心配された故意の傷は今も見ない。簾の日除けも変わらぬ繊細さだ。やはり800系は異色の新幹線電車である。新たに開業する西九州新幹線もJR九州内で完結する路線。N700S「かもめ」でどのような雰囲気を味わえるのか、興味が募る。

新八代からは平野を見渡しながら熊本へ進んだ。指定席は空いていたが、自由席からは大勢が降りた。

山陽・九州新幹線直通の「さくら」にはN700系

城壁の武者返しをモチーフにした高架駅正面玄関の壁に隣接して、新築されたアミュプラザが建っている。駅前広場の熊本市電電停との間に敷き詰めた真っ白なブロック舗装がまぶしく、熊本駅は姿を一新した。


「さくら」「みずほ」として山陽新幹線と九州新幹線を直通運行する8両編成青磁色のN700系 (厚狭ー新下関間、写真:久保田 敦)

熊本から乗った「さくら546号」は、山陽・九州両新幹線直通仕様8両編成のN700系。先頭形状は東海道・山陽新幹線の16両編成仕様と同じだが、有田の磁器をモチーフという青磁色や金帯がローカル色を出している。

放送はやはり車掌の声で始まり、新型コロナに関しては「私たち一人一人ができる対策を心掛け一日でも早く安心して生活できるように、みなさまのご理解とご協力をお願いします」と、語り掛けるような文言だった。九州で耳にする一文である。続く自動放送は熊本民謡「おてもやん」をフィーチャーしたチャイムで始まる。そして中国語まで一連の放送から間髪を入れず新玉名到着の案内に続いた。

山陽―九州新幹線直通用のN700系は、指定席車両が通路の左右とも2人掛けの2&2シートで、800系と対照的に分厚くどっしり感がある。そこにJR西日本ベースを感じるものの、要所要所の木はJR九州テイスト。日除けはカーテンだが柄は和の波模様で、両社の合作を伝えている。

6号車は半室グリーン車で、貫禄や落ち着きとともにコンパクトな空間に特別感がある。ここもカーペットの草花文様がオリエンタルな雰囲気で、「スマートな新幹線」といった通念を覆す。16両編成のN700系(現在はN700A)にはないレッグレストが、こちらにはある。

一方、後部1〜3号車の自由席は片側2人、片側3人掛けの座席で、色柄はともかく、特段のぜいたく感はない。自由席に限定される定期利用でないならば、ここは指定席で寛ぐほうが圧倒的に満足する。

喫煙ルームが設けられたのもN700系からで、800系など以前の形式は喫煙車・禁煙車の区分であったから、それらは今、列車内が完全禁煙となった。コンセントが普通車では窓側席に、グリーン車は全席に拡大した点も、時代の要求の反映である。さらに乗務員や常連客でなければなかなか気付かない点に、空調の効きもあるようだ。

博多で会社をまたぎ放送にも変化が…

博多から山陽新幹線に入る。乗務員はJR西日本に交代したので放送の流儀が変わり、自動放送から始まる。英語放送はあるが韓国語と中国語は消えた。一方、頭のチャイムはJR九州オリジナル曲だったので、改めてJR九州保有の編成と意識した。JR西日本保有の編成ならば九州新幹線内から『いい日旅立ち』が流れるのだ。


ざっと3分の1の乗客が入れ替わり、博多を出たのは10時43分。指定席は窓側が埋まり、通路側がちらほら相席に。車窓には白地に青帯の長編成列車が現れ、速度も九州新幹線の最高である時速260kmから時速300kmに高まる。

小倉から新関門トンネルを介して本州に入り、新山口でも割と多くの乗降を見る。新型コロナは第7波に見舞われることになったが、行動の抑制はかけられていないので人の動きは復している。ただし、それでも7割程度だ。

トンネルの中、どこかの席から小さなアラーム音が聞こえると広島到着を告げる放送が始まった。

(鉄道ジャーナル編集部)