JR奥羽本線が全通した日-1905.9.14 青森への第二の幹線 生まれた難所・難読・新幹線
名物「峠の力餅」食べたことある?
120年以上の歴史がある奥羽本線
1905(明治38)年の9月14日は、JR奥羽本線が全通した日です。最後につながったのは、秋田県内の湯沢〜横手間でした。同線は、東京と青森を結ぶJR東北本線と同じ幹線に位置付けられ、福島駅から分岐し東北地方のほぼ中央部を縦断し青森駅に至ります。
建設は南北の端から進められました。全通の11年前、1894(明治27)年12月に青森〜弘前間が開業。それから5年後の1899(明治32)年には、福島〜米沢間が開業しています。
JR奥羽本線で使われる701系電車(2022年2月、大藤碩哉撮影)。
特に南側最初の開通区間、板谷駅付近は難所として知られる峠越えがあります。かつては付近の4駅にスイッチバック設備があったほか、勾配対策の機関車を連結した列車も運行されたほどです。ただ、同区間にありスイッチバック設備を持っていた赤岩駅(福島県福島市)は、昨2021年3月に廃止されています。
山形・秋田県境に近い場所には、日本屈指の難読駅として知られる及位駅(のぞき:山形県真室川町)があります。駅名の由来は諸説あるものの、険しい断崖で宙づりになって崖の横穴をのぞき込む修行が付近で行われていた、というものが有力とされています。
災害で不通 500人/日未満の利用者数…
さて、そのような奥羽本線ですが、現在は全線を通した列車を運行させることはできません。山形新幹線の開業に伴い、軌間が福島〜新庄間と新庄〜青森間で異なるからです。同線はミニ新幹線が運行される路線でもあり、山形新幹線に加え北側では、大曲〜秋田間で秋田新幹線が運行されています。なお新幹線の開業前は全線を走破する列車として、上野〜青森間を結んだ寝台特急「あけぼの」などがありました。
すでに120年近くの歴史がある奥羽本線。しかし最近は逆境に立たされているともいえそうです。2022年8月初めの大雨では、路盤流出や倒木、土砂流入の影響で、一時は秋田・青森県内で100kmを超える不通区間が生じました。1か月以上が経過した今でも鷹ノ巣〜大館間は復旧の見通しが立っていません。
また、JR東日本が7月末に公表したローカル線の経営状況によると、奥羽本線は県境をまたぐ区間で特に利用者数が少なく、最後に開通した湯沢〜横手間は2000人未満/日、さらにそのすぐ南側、湯沢〜新庄間は500人に満たない状況です。
全長480kmあまりの幹線は、区間によってその様相が大きく変わる路線でもあります。