武尊が単独インタビューで激白。「天心戦が終わったら燃え尽きると思っていたけど、体さえ治れば1週間後でもやりたい」
記者会見後、単独インタビューに応じた武尊
6月19日、東京ドーム。那須川天心(なすかわ・てんしん)との「世紀の一戦」に敗れた"K−1のカリスマ"武尊(たける)は試合後、関係者やファンへの感謝の思いだけを伝えて、足早に会場を後にした。その去就が注目されるなか、6月27日、記者会見が開かれた。武尊は拳のケガ、膝の靱帯損傷、腰の分離滑り症などを抱えていたことを明かし、さらに数年前から精神科に通い、「パニック障害とうつ病」と診断されていたことを告白した。まさに満身創痍で闘っていたのだ。まずは体調を整えるべく、無期限での休養を宣言。そこで、あらためて武尊に問いたい。あの天心戦とはなんだったのか? 会見後に話を聞いた。
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――会見では「振り返りたくない」と話されていましたけど、まず試合当日の会場の雰囲気はどう感じたんでしょうか?
武尊 初めてあの景色(満員の東京ドーム)を見たのはオープニングセレモニーのときだったんですけど、涙が出てきたんですよ。この景色がこの時代に見られるんだなって。僕がプロになったときは格闘技(の人気)が落ちている時期で、昔みたいに大きい会場でみんなに注目されることができないと思っていたので、あのときのことを考えたら、これだけたくさんの人に試合を見てもらえるんだなっていう喜び、この景色が見られるんだなっていう嬉しさがあって涙が出ました。
――今回の試合は、前日計量(58kgリミット)、当日の試合3時間前計量(62kgリミット)と、計量が2段階で行なわれました。当日計量は初めてと話されていましたが、そのときの心境を教えてください。
武尊 不安はありましたね。(通常の体重は武尊のほうが重いので)ここ1年、いつでもこの試合ができるようにずっと減量していたような感じでしたから、計量後は摂りたいものは摂りたかったんですけど、(規定の62kg以上に増えてしまうのが)怖くて、夜ご飯も摂れなかったんですよ。結局、水分だけで4kg以上の飲み物を飲んでいて。食事を摂ったらオーバーしちゃうなあって考えながら少しだけ食べた感じですね。正直、不安はありました。
――そのせいか、入場してきたときにあまり元気がないように見えました。
武尊 いつもは『やってやろう!』みたいな気持ちはあるんですけど、今回に関しては、実現するまでの時間とかいろんな思いがあって。それをどっかで考えちゃう部分があって。でも、今回はいい意味で落ち着いていられたんですよ。
――落ち着いていた?
武尊 冷静だったんですよ。今までは試合の前日は眠れないんですけど、今回はぐっすり眠れて。試合の当日も、怒りや感情の昂(たかぶ)りもあまりなくて。いい意味で冷静になっていたっていうか。いろんなことを思い返しながら、すごくいい精神状態でした。
――それは試合が終わったら、いろんなことから解放されるぞっていう気持ちがあったからなんでしょうか?
武尊 うーん、もちろん勝ってそうしたいっていう気持ちはあって。そこだけは誤算でしたけど、この試合に勝つことで、今まで苦しんできたことが全部報われるんだなっていう気持ちはありました。
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5万6399人の大観衆を集めた今大会は、RISE・シュートボクシングを含む立ち技格闘技団体とK−1の対抗戦でもあった。大将戦の天心vs武尊の前段階で、K−1はオープニングファイトを含め、全15試合中7勝8敗と負け越していた。否が応にも武尊への期待が高まるなかで迎えた運命のゴング。しかし1ラウンド終了間際、天心の左フックでダウンを奪われた。実に6年半ぶりとなるダウンだった。
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――ダウンを奪われたとき、何を思いましたか?
武尊 焦った部分はありましたけど、すごく冷静で、一瞬のフラッシュみたいな感じだったので、あんまり脳に効いていなくて。久々にダウンしたので、ダウンってこんな感じだったっけなあ......って。もっとフラフラするようなものだと思っていたんですけど、全然、脳に残っていないな、大丈夫だなっていうか。
――自分の試合以外で気になった試合はありましたか?
武尊 同じジム(KREST)のヒデさん(山崎秀晃)とか、(野杁)正明の試合は気になってました(結果は山崎、野杁とも敗戦)。特に正明が(海人に)負けたのはびっくりしたし、KREST所属の3人そろって勝ちたかったけど、あれ(ふたりが負けたこと)で『最後は自分が勝って締めなきゃ』っていう気持ちは強くなりましたね。
――世の中から大きな注目と期待を集める五輪選手のなかには、五輪終了後に「燃え尽き症候群」になる人が多いそうです。今回、武尊さんはどうでした?
武尊 僕もそうなると思っていたんですよ。燃え尽きると思っていたんですけど、なってないんです。
――燃え尽きてない!?
武尊 次を向いているし、今回休養するのも、燃え尽きたから休養するんじゃなくて、次に向かって体をメンテナンスするためですから。だから目標があっての休養であって、燃え尽きていない。むしろ、体さえ治れば1週間後でもやりたいって気持ちがある。こんな燃え尽きないもんなんだなって、自分でもびっくりしています。だからこそ、僕はまだやれるんだなって思いました。燃え尽きたらたぶん引退だなって。
――ちなみに天心選手は試合後に「負けたら死のうと思っていた」とコメントしていました。武尊さんはそれを聞いてどう思いましたか?
武尊 うーん、自殺っていうのは僕は一番したくないし、一番悲しいことだって思っています。だからそういうことをしたいとはまったく思わなかったんですけど、今回の試合に負けたってことは、格闘家としての"死"だと思っています。それと試合が終わったとき、すごい連絡が来たんですよ。『絶対に自殺するなよ』って。
――みんな心配していたんですね。
武尊 ファンの人からも『死なないでください』って。『いやいや死なないわ』って思いましたけど。自殺するくらいなら、キツいことを全部投げ捨てて、楽しいことだけの生活を選んで生きていくし、自殺する勇気があればそのくらいはできると思うんですけど。だから、そういう選択肢はまったくなかったですね。
――今回、天心戦に勝つためには、何が一番足りなかったと思いますか?
武尊 言い訳になっちゃいますけど、コンディションかなって。だからこそ休養して、治したいなって思いましたね。
――天心選手は試合後、半分冗談でしょうけど、「5ヵ月くらい休みたい」と言っていました。武尊選手は?
武尊 僕は1ヵ月くらい。練習はむしろすぐやりたいくらいなので。
――天心vs武尊戦と同じく、「世紀の一戦」と呼ばれたアントニオ猪木vsモハメド・アリ戦(1976年6月26日、日本武道館)の後、猪木さんが「自分のなかにある恐怖と向き合えた」という言葉を残しているんですけど、武尊さんにもそういう気持ちはありました?
武尊 そうですねえ。負ける恐怖はありましたけど、それこそ負けた瞬間の恐怖、すべてが終わると思っていたし、あのときにあれを経験できたっていうのは、人生において大事な経験だったと思うし、それが終わりじゃないってことも知れましたね。
――猪木vsアリ戦のように、この試合は長く語り継がれる伝説になると思います。10年後、20年後の自分にかけてあげる言葉があるとすれば、どんなものでしょう?
武尊 今やっていることは全部無駄じゃないよって言ってあげたいです。
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「(天心戦の)2週間前に歩けない、蹴れない状態になり、格闘家としてだけでなく人として普通の生活を送れなくなると思った」とも会見で明かしていた武尊。心身のリフレッシュ、オーバーホールのための、前向きな休養。具体的には明かさなかったものの、次の目標があることも口にしていた。どんな形になるにせよ、"K−1のカリスマ"の再生をファンは願っているはずだ。
●武尊(Takeru)
1991年生まれ。鳥取県出身。闘争本能むき出しのファイトスタイルでKO勝利を連発し、K−1史上初の3階級制覇を成し遂げた"ナチュラル・ボーン・クラッシャー"。42戦40勝(24KO)2敗
取材・文/“Show”大谷泰顕