※この記事は2018年03月25日にBLOGOSで公開されたものです

中国で作られている人工ダイヤは、専門家でも見分けがつかないほどに精巧になっている。そこで、ダイヤモンド業界の帝王とも呼ばれるデビアス社が、最新の人工ダイヤを判別できる鑑定士を育成するための大学を創設したという話がTwitterで話題になっていた。(*1)

まず最初に記事の危うい部分を指摘しておく。

記事では見出しから「偽ダイヤ」の文字が踊る。「中国」で「偽物」ということで、中国のやらかしが大好きな人たちにとっては魅力的な見出しかもしれない。

しかし「偽ダイヤ」という表記は正しいとはいえない。なぜなら人工ダイヤは天然ダイヤではないが、決して偽物のダイヤでもないからだ。

ダイヤモンドとは無数の炭素原子が共有結合により繋がり、立体網目構造を形成している物質である。

天然ダイヤは炭素が地球内部で何億年もの長い期間、高温と圧力に晒され続けた偶然の産物として産出される。一方で人工ダイヤは同じ炭素を用いて生成のプロセスを人工的に再現して作り出しているにすぎない。つまり、人工ダイヤは天然ではないだけで、れっきとした本物のダイヤモンドである。それは養殖の鯛を「偽物の鯛」と呼ばないのと同じことである。

もし偽ダイヤと呼ばれるものがあるとすれば、有名なのは「キュービックジルコニア」だろう。

ダイヤの代用品として安価なアクセサリーとして売られているキュービックジルコニアは、二酸化ジルコニウムにイットリウム等を添加して作られた物質であり、ダイヤモンドと外見は似ていても中身は完全に異なる。これがダイヤモンドと称して売られていれば、もちろん「偽ダイヤ」である。

今回の記事の件は人工ダイヤであり、偽ダイヤの話でない。

記事の中で「偽物」といえる部分があるとすれば「人工ダイヤが天然ダイヤとして売られている」ことだろう。「偽物」という言葉は「ダイヤ」にかかるのではなく「天然」にかかるのである。そのあたりの表現は、もう少し気を使ってもらいたかった部分である。

要はこの記事で重要なことは、人工ダイヤの技術が天然ダイヤと見分けがつかない程に向上しており、鑑定士には最新の技術に対応できるだけの新しい知識が必要になっているということである。決して中国で粗悪な偽ダイヤが出回っているという話ではなく、それどころか中国で生み出される人工ダイヤの技術が著しく向上しているという話である。

僕は、このような技術による産業の変化は端的に「素晴らしい」と思う。

人工ダイヤの技術が発展したことにより、誰でも安価にダイヤモンドの美しさを利用したアクセサリーを身につけられるということなのだから、まさに「技術の発展が万人を豊かにする」という、業界にとってはどうかと思うが、人類にとっては正しい技術の発展にほかならない。

しかし、これを問題視する人達もいる。それはダイヤを「資産」や「商品」として見ている人たちである。中には自分たちが保有しているダイヤの価値が下がるのではないかと考えている人もいるだろう。

確かに、天然ダイヤの価値が下がるかと言えば、当然全体としては下がるに違いない。しかし、下がるのはグレードの低い、小さかったり、黄ばみや傷が肉眼で見えてしまうようなダイヤモンドであり、デビアス社が主に扱うような、宝飾品として高価な価値を有してきた天然ダイヤの価値が大きく下がるようなことは無いだろう。

なぜなら、ダイヤの天然と人工は、まさに魚における「天然か養殖か」の違いであって、養殖物が普及したからといって、天然物の価値が養殖と同レベルにまで落ちるとは考えられないからである。

むしろこれまで「ダイヤモンドなんて手が出ない」と、最初からダイヤのアクセサリーを買うことを諦めていた人たちが、人工ダイヤの安価なアクセサリーを手にすることによって、天然のダイヤへの興味や関心をもってくれるかもしれない。

普段使いのアクセサリーは安価な人工ダイヤで。結婚指輪などの一生の記念となる大切な指輪には、希少で高価な天然ダイヤを。という意識が形成されれば、ダイヤモンドの市場はむしろ大きくなるのである。

本当に人工ダイヤが安定的に高品質で低価格なダイヤを作り続けられるのであれば、いずれそうした市場は形成されるだろう。 そのために重要なのが「人工ダイヤと天然ダイヤの判別が明確につくこと」である。

人工ダイヤが天然ダイヤに並ぶこの時期に、天然ダイヤと称した人工ダイヤが大量に流通してしまえば、天然ダイヤへの信用は損なわれ、市場は崩壊してしまうかもしれない。

そうならないために必要なのは、決して人工ダイヤを偽物呼ばわりして市場から排除することではなく、天然ダイヤの信用を落とさないように、確実に判別して、人工と天然を別物として流通させ続けることである。

デビアス社が鑑定士の育成に力を注ぐのは、中国を悪者にするためではなく、人工は人工、天然は天然と、ダイヤを扱う人たちが自信を持って流通させられる、健全性のある市場を保つためであると考えられるのである。

金やプラチナといった、元々量の少ない希少な元素そのものならともかく、ダイヤモンドは地球に無尽蔵に存在する炭素から生まれる宝石である。いずれ人工ダイヤが天然ダイヤと変わらなくなることは、はるか昔から予期できたことだ。デビアス社のような大企業であれば当然、その程度のことは理解しているだろうし、人工ダイヤという新たな市場をリードして、天然はもちろん人工でもシェアナンバーワンを得るためのチャンスと見ているかもしれない。

一方で、中国だから偽物で粗悪に違いない、排除するべきだ。と考えるのであれば、そのチャンスに気づくこともなければ、当然成功をつかむこともないのである。

*1:ほとんどの鑑定士が中国の偽ダイヤを見抜けなくなった…危機を感じたデビアス社、ダイヤモンドの大学を創設する(らばQ)http://labaq.com/archives/51894986.html