「人生を充実させるには”確率”を上げておくのが大事」~レジェンド山本昌が語る野球・趣味・セカンドキャリア… - BLOGOS編集部
※この記事は2018年03月23日にBLOGOSで公開されたものです
元プロ野球選手の山本昌氏(52)は2015年、50歳1カ月26日という日本球界最年長登板記録を樹立した。40歳を超えてなお一線で活躍し続け、プロ32年で一度も肩、肘を故障しなかった「レジェンド」の現役生活は、今もファンの間では語り草となっている。
現役を引退した現在は、プロ野球の解説だけでなく、野球の普及活動やラジコンレースにも携わるなど、多角的なセカンドキャリアを歩んでいる。
40歳前後の「ロスジェネ世代」が、いかに前向きに今後を歩んでいくか。今年1月に発売された著書「笑顔の習慣34 ~仕事と趣味と僕と野球~」にもつづられている人生のヒントを、あらためて語ってもらった。(取材・塩畑大輔 構成・永田 正行)
「周りに大変と思われることは、習慣にしてしまえばいい」
――レジェンドのお話をうかがうということで、緊張しております
山本昌氏(以下敬称略):そんなことないでしょう(笑)。まあ、私も現役のときは緊張するほうで、引退するまで変わりませんでしたね。若い頃は、ベテランになったら緊張しなくなると思っていましたが、そんなことはなかった。「緊張はするんだ、付き合うしかない」と、40歳くらいで割り切りました。
――緊張との付き合い方とは
山本昌:最悪のことを想定してマウンドに上がり、想定した「最悪」にならないようにしていたんです。
結局、緊張感と言うのは、「恥をかきたくない」「がんばったから成功したい」「むくわれたい」といった気持ちだと思うので、勝負している以上はなくならない。だからうまく付き合えるようにと考えていました。
――昌さんの活躍に勇気をもらっていたであろう40代の会社員などは、社内での立場もあって、まさに「恥をかきたくない」と思いながら仕事をしていると思います。
山本昌:僕もベテランになるにつれ、そういう気持ちも芽生えてきました。でも同時に、表向きは偉ぶっている人も、実は失敗できない緊張感の中で、必死にやっているというのも見えてきました。みんな同じなんですよ。それを知ってすごく気楽になりました。
――誰もが弱さはかかえていると
山本昌:ミスしたらいけないんですけど、一方で誰にでもミスはある。だから大事なのは、恥ずかしくないミスの仕方ですかね。失敗したとしても、周囲は過程を見ていますから。
自分はベテランになってからは、すごい成績を上げたわけではないですが、それほど批判の矢面に立つことはなかった。それは、やるべきことをきちんとやっていたからじゃないかと思っています。
――200勝をはじめ、数々の最年長記録。これらは「すごい」と言えるのでは
山本昌:確かに、通算200勝を達成して、みなさんにほめていただけるような成績も残せました。でも、そんな自分は、実際は「こんなもん」。だから、周りも実際にはそんなにすごくないだろうと。そういう風に、気楽に考えることができるようになった部分はありますね。
――割り切れるわけですね
山本昌:それでも絶対に失敗できない部分はあるので、そこはしっかり準備する。そして思い切ってやる。ラジコンのレースでも、日本選手権の決勝まで行くと、失敗はできませんから足も震えるぐらい緊張します。
でも他の人よりも場慣れしているだろうという自信はありました。自分がこうなんだから、みんなもっと緊張しているだろうと。だからとりあえず全力を尽くそう、という風に普段はマイナス志向でも、土壇場でプラス思考になれるんです。
――しっかりとした準備というのは、地道な作業で、根気もいります。長いプロ生活、どうやってモチベーションをつないでいたのでしょうか。
山本昌:周りに大変だねと思われることは、習慣にしちゃえばいい。そうすれば、大変かどうかとか、考える必要すらない。顔洗ったり、歯を磨いたりと同じですから。
確かに50歳になって、18歳と同じ練習をしないといけないというのは、キツいこともありました。でも、死ぬまでやるわけじゃないから、がんばってみようと。
――頭が下がります
山本昌:いやいや、僕からしたら、毎日満員電車で通うのこそすごいですよ。現役時代、ラッシュの時間帯に代々木上原から小田急線に乗ったことがありました。急行に乗ったら、すし詰めの車内で、僕の体が浮いた。もののたとえとかじゃないですよ。本当に浮いたんです。つり革につかまったまま、斜めになった。これを毎日やっている人はすごいなと。
でも、毎日やっている人たちは習慣になっているんだと思うんです。少し空いているとか、珍しく座れたとか、そういう小さなことでも喜びも感じることができるのかなと。置かれた環境の中で、何か楽しみを探す。それは大事だと思います。
社会人の方を対象にした講演でもよく話をさせていただきますが、自分の思っていたような職場に入れなかったとしても、まずはそこで全力を尽くすことが大事です。その中で何かをやれない人は、おそらくどこに行っても何もできない。
ふてくされて、職を変えるよりも、今の環境で必要な人材になる。頼りにされることで、喜びも覚える。もしかしたら、ものすごく楽しいかもしれないし、貴重な出会いがあるかもしれない。
――プロ入り5年目で「望んでいなかった」米国留学も経験されていますが、そのときも前向きに捉えられたのか
山本昌:いえ、その時は前向きにはなれなかったですね。人生の転機だったと気づいたのも、後からでした。でも一生懸命にはやっていた。人生なんて、大半は勝負どころを過ぎてから「あそこが勝負どころだったな」と気づく。だから、常日頃から準備をしていたり、行動していたりすることが大事。その場だけでがんばっても、踏ん張りはきかない。
――やはり、大事なのは準備
山本昌:普段からがんばっている人こそが、いい転機を生かせる。たとえば受験で、一夜漬けみたいな感じでやって、合格する人もいるかもしれない。でも普段から勉強している人のほうが、確率は高いと思うんです。僕は野球という、確率のスポーツをしてきた。だから人生も、良くするには確率を上げておくのが大事だと思っています。
普段だらしなく過ごしている人は、確率が低いと思う。転機が来るのが、40歳なのか50歳なのか分からないけど、確率を上げる努力をしている人には、いつか必ず来る。1%の確率をつかむ人も中にはいるけど、何かやりたいことがあるなら、成し遂げるための確率を普段から上げておくべきだと思います。
「最近の若いもんは」という言葉がきらい
――若い世代とのコミュニケーションは、世の40代、50代がみな悩むところです。高卒ルーキーなどと接するのに、難しさを感じたことはありませんか
山本昌:僕は平気でしたね。野球という共通の価値観があるので。
それに最近の若い子はすごくしっかりしていると思うんですよね。野球に関しては特に。僕の高校時代に比べたら、レベルが高いです。そういう意味でも「最近の若いもんは」という言葉がきらいです。
アマにはすばらしい指導者がたくさんいらっしゃいますし、プロ野球だけでなくサッカー、ラグビーにいたるまで、トップ選手の練習法をスマホひとつで読める時代でもあります。そういう中で指導されてきた選手のレベルはやはり高いし、僕なんかは新入団の選手に練習方法を聞くようにしてましたよ。
――レジェンドに質問されたら、若手の方が驚くと思います
山本昌:そんなことないですよ。僕は精神年齢も低いんで、同じレベルで話せます(笑)。あとは何か聞かれたら答えてあげよう、とは思っていました。そのために、何気なくみんなの投げ方は見ていました。
僕、好きなんですよ。フォーム見て、分析するのが。理屈が好きなんでね。こういうフォームだから、こういうボールになるんだよと。基本的には「ドラゴンズのしきたりには従ったほうがいいよ」ということだけ伝えて、押し付けるようなことはしませんでしたけど。
――ドラゴンズは、投手の育成に定評がある球団ですね
山本昌:投手に関しては、いい畑がある球団だと思います。練習の内容から、普段話す内容にいたるまで、レベルが高い。
他球団でプレーしたことはないし、評論家として、すべての球団を見て回れるようになってまだ2年目ですけど、おそらくそうだなという確信はあります。いい伝統が伝わっている。こういうキャッチボールの方がいいとか、こういう練習が実戦につながるよとか、投球練習はこうした方がいいとか。
毎年ドラフトでいい素質の子たちが入ってくるわけですから、いい練習をさせることさえできれば、自然と伸びてくる。ここも確率の問題ですね。野球って、1人いい選手がいる、いないの差が非常に大きい。強いチームと弱いチームの差は、選手1、2人分の差ですから。
簡単に擬音を使って解説しない
――現役時代、後輩に教えを求められた時、そして今の解説の仕事。人にものを伝えるときに大事にしていることはありますか。
山本昌:僕は簡単に擬音を使って済まさないようにしています。簡単なことこそ、噛み砕いて話せるように、と思っているので。
「それ基本じゃん」というのは簡単だけど、なぜ基本なのかというところをきちんと話せるようになりたいと思いますね。
あるいは、「菅野投手、調子悪いですね」ではなく「普段こうなんですけど、今日はこういう形の投球が多いので、調子がよくないのでは」というところまで、お伝えしたいと思っています。
――もう一歩、踏み込むと
山本昌:具体的には序盤のうちに、恐れずに、先発投手が、今日はいいか悪いかを言うようにしています。そりゃ、調子が悪くても勝ててしまう人もいるので、実際に出る結果とは食い違うこともある。でも、だからこそ逆に、恐れずに感じたことを言おうと思っています。
――リスクもありますね
山本昌:確かに、的外れだとご批判を受けることもあります。たとえば、ある投手が先発した試合で、僕は初回から「今日は球がいってない」と断言したことがあったんですが、それでもその投手は7回まで2安打無失点に抑えました。そのときには、Twitterなどで「見えてない」「わかってない」とかなり批判されました。はては「無能」とか言われて(笑)
――それはきつい(笑)
山本昌:でも、その投手の試合後の談話によれば、初回から指にマメができていたということだったのです。それで一気に見られ方も変わりました。「山本昌、わかってたんかい!」とか(笑)。
こんな風に何にしても、結果だけというよりも、やはり確率論で話をしていきたいなとは思っています。
――Twitterなども見てらっしゃるんですね。年齢を重ねるにつれ、テクノロジーの進歩についていくのがつらいと感じるようになる人も多いと思いますが。
山本昌:僕の場合は、「野球とラジコン」とコアにする部分を決めています。そこでは誰にも負けないように、新しいものにも全力でついていく。
ラジコンで言えば、10年以上競技から離れている間に、バッテリーやモーターなどで長足の進歩がありました。それに伴い、勝つための走らせ方もまったく変わった。そこは今、必死で追いかけています。
15年前は、燃費を考えながら走るのが、巧さでした。フルパワーだと、バッテリーがレース終了まで持たなかったからです。今はバッテリーの持ちが格段に良くなりました。モーター自体も、昔は急ブレーキをするとスパークしてしまっていたけど、今は平気。だから、昔は緩やかなラインをとって、急減速、急加速をしないのが技術の見せ所でしたが、今は最短距離をとって、急減速、急加速を繰り返すのが勝てる走り方になったんです。
――テクノロジーが競技性自体を変えてしまったと
山本昌:僕も昔は全国大会で4位に入ったこともありますけど、復帰してからはビリから数えた方がはるかに早い順位になってしまいました。
でも、やりがいありますけどね。ラジコンに関しては元々、指2本しか使わないのに、人に負けるのが悔しかった。頭で負けている気がしたから。だから、テクノロジーの進歩を一生追いかけていくんだろうなと。
「やりたいことをやるには意外と時間はない」
――コアと位置づける野球で、これから特に大事に取り組みたいことはありますか
山本昌:先日亡くなった星野さんは、野球界の将来を危惧されていました。スポーツが多様化して、高校などでも野球よりサッカーの方が部員数が多かったりする。だから、大恩ある星野さんの遺志を自分も受け継いで、普及にかかわっていきたいと思っています。
具体的には、昨年アマ野球の指導資格回復の講習に参加し、今年からは申請さえすればどこでもアマチュアのみなさんを指導できる立場になりました。
星野さんも常々「われわれもみんな、元々はアマチュアだった。それがなぜプロになった途端に、アマにいろいろなものを伝えられなくなるのか」、とお嘆きになっていましたから。
――少しずつ、壁は取り払われようとしています
山本昌:講習を受けないとアマチュアのみなさんを指導できないという壁も、早くなくなってほしいですね。非常にもったいないですよね。最高峰でやっていた人が、その貴重な知見を野球界全体に還元できない。そして、選手のセカンドキャリアを考えても、アマの世界に帰っていけるのは非常に大きいと思います。
――特にアマチュアのみなさんに教えていきたいことは
山本昌:自分はプロで32年、肩や肘を手術せずに50歳までやれました。それは投げ方が悪くなかったから、身体の使い方が間違っていなかったからだと思うんです。そういう、”正しい”体の使い方を、野球をやり始めた子どもたちに教えてあげたい。個人個人で、投げ方の個性はあるけど、それでも壊れにくい投げ方というのはあると思うんです。
ケガをして、投げられなくなると、途端に野球はつまらなくなります。どんな強打者でも、守るために球を投げられなければ、試合に出られない。DHがあるのは大学生以上ですからね。そう考えると、しっかり投げられる形、楽しくボールを扱える形を伝えていきたいと思います。
――引退から日も浅い中、あらゆることに精力的に取り組んでいます。長い現役を終えて、数年は休もうという考えはなかったのでしょうか。
山本昌:野球が終わった後も野球に携わることができるのは、幸せなことです。それができない人も多いですから。
それに休んでいるのは好きじゃない。いつも野球教室とか、社会人向けの講演とかでも話すんですけど、「意外と時間はない」と思っています。野球も勉強したいし、ラジコンもがんばりたいし、アマチュアのみなさんの指導もしたい。いろいろ経験しようと思ったら、時間はないのかなと。忙しいと思えていたほうが、ヒマよりはいい。
――セカンドキャリアに対する考え方がとても前向きですね。最後に読者にメッセージをお願いします。
山本昌:お仕事柄、もう先々までやることが決まっていて、モチベーションをつくるのが難しいという方もいらっしゃると思います。
そういう方は仕事の他に自分の楽しみ、リフレッシュするところを持つのもいいんじゃないかと思います。自分も現役のうちから、ラジコンや競馬、昆虫を育てることなどを楽しみにしてきました。
40代は子どもも手を離れたりして、時間の余裕、財布の余裕もでてくるころ。若いころにできなかったこともできるんじゃないかと。まさにこれからが、仕事も趣味も前向きにできる時期なんじゃないかと思いますね。
プロフィール
山本昌(やまもと まさ):1965年8月11日生まれ。1984年に日本大学藤沢高校からドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。32年に及ぶ現役生活で3度の最多勝に輝き、1994年には沢村賞を受賞。
2006年には史上最年長でのノーヒットノーランを達成(41歳)。以降も数々の歴代最年長記録を塗り替え、2008年には通算200勝を達成(42歳)。史上初となる50歳での登板を最後に、2015年に現役を引退。セカンドキャリアでは、野球解説者・スポーツコメンテーター、講演会講師として精力的に活動。ラジコン、クワガタのブリーダー、競馬など趣味の分野でも活躍中。
・オフィシャルウェブサイト
・@yamamoto34masa - Twitterアカウント
内外出版社
売り上げランキング: 82,145