ネットに話題を提供し続けてきたガチャピン(5歳)に「あっぱれ」~中川淳一郎の今月のあっぱれ - 中川 淳一郎
※この記事は2018年03月14日にBLOGOSで公開されたものです
ブログやSNSの普及に貢献したガチャピン
1973年開始の子供向け番組『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ系)の後継番組である『ポンキッキーズ』(BSフジ)が3月25日の放送回で終了する。子供に様々な知識を与えるほか、『およげ!たいやきくん』『いっぽんでもニンジン』『ホネホネ・ロック』といったヒット曲を輩出した。今回は同番組の“顔”ともいえるガチャピンに「あっぱれ」を入れたい。
それは子供に与えた影響が理由ではない。我々IT業界人の中には、ガチャピンこそ2000年代中盤からのブログやツイッターの普及に大いに影響をしたと考えている者も少なからず存在するのだ。ガチャピンは13日に番組の公式ブログを更新。以下のように感謝した。
ぼくには、宝物がたくさんあります。たくさんのステキな人たちが、番組に出てくれました。おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そして子どもたち・・・たくさんの人たちに番組を見てもらいました。(中略)「抱えきれないぐらいの宝物ですね!」そうだね、ムック。この宝物を、ずっと大事にしていきます。みんな、ありがとう
いやいや、我々こそブログやSNSの普及に一役買ってくれたガチャピンに感謝したいよ、という状況である。今でこそ日本最強クラスのブロガーといえば市川海老蔵であり、辻希美だが、2000年代中盤は「眞鍋かをりか中川翔子かガチャピンか」という状況だった。
また、ツイッターのフォロワー数は今では有吉弘行が700万超、松本人志ときゃりーぱみゅぱみゅが500万超で約155万のガチャピンは国内60位台になっているが、2010年頃は鳩山由紀夫首相(当時)と日本一を争っていた時期もあったのだ。
ネット黎明期を盛り上げたガチャピン「さん」付け論争
さて、私がガチャピンに注目し始めたのは2006年に遡る。私もガチャピンと同様に1973年生まれのため(ただしガチャピンは今でも5歳)、ガチャピンの存在は知っていたが我が家は「目が悪くなる」という理由からテレビが禁止だったため『ひらけ!ポンキッキ』は見たことがなかった。そのため、もちろん存在は知っていたのだが、ガチャピンに注目し始めたのは33歳になってからだった。
この年にニュースポータルのアメーバニュースの編集を始めたのだが、執筆陣は様々な雑誌のライターと一橋大学の学生だった。何しろネットニュースが紙メディアより数段低く見られていたうえにギャラも安いため大っぴらに求人はできなかった。学生ライターにバカな実験をやらせたり、芸能人ブログやネットの流行りものや炎上案件を基にした記事を書かせていた。これは私が指示を出すこともあれば、彼らがやりたいことを好き放題やらせることもあった。それこそ「Tシャツを何枚着ることができるか実験してみた」や「台場・歌舞伎町・浅草にゴキブリホイホイを仕掛けてみた」などとやり、その成果を発表していたりしたのである。
雑誌のライターはプロであるため、私から何か指示をすることはなく好きに書いていいよ、ということを伝えていた。すると彼らは雑誌のプラン会議では落ちたネタや自分の趣味のネタを次々と書いてきたのだ。普段企画が通らないものだからフラストレーションを感じていた彼らからすれば、ネットニュースはギャラは安いものの「書く場所」が与えられるということでそれなりに楽しんでやってくれていたと思う。彼らが書くテーマは田原俊彦、チェッカーズ、大仏、ボートレース、売れないアイドルのインタビュー、芸能界の裏事情、あとは特定地域の珍事などだった。
そんな中、ジミー・ボーダー氏という記者は徹底的にガチャピンの記事ばかりを送ってきた。彼は「ガチャピン研究家」を名乗るほどガチャピンが好きだったのだが、元ネタは当時爆発的なアクセスを稼いでいた「ガチャピン日記」である。ガチャピンが書くブログなのだが、これが力が抜けた感じで当時の言葉でいえば「癒し系」として人気だった。
彼の特徴は「ガチャピンさん(5歳=恐竜のこども)」と記事に必ず書くことだった。彼曰く「ガチャピンさんのことを『ガチャピン』なんて呼び捨てにするのは恐れ多い!」とのことだった。質問サイト・ヤフー知恵袋でもガチャピンに関する質問が出た際に、「ガチャピンに『さん』」付けをしない無礼者にはベストアンサーを与えない」という強硬な人物も登場した。ジミー氏も「ガチャピンに『さん』をつけるべき理由」といった記事を出し、ガチャピンへの敬意を表していた。こうした流れを受けてネットでは「ガチャピン呼称問題」というものが発生。ガチャピンに「さん」をつけるかつけないかで論争が発生したのである。
そんな論争を目にしたJ-CASTニュースはガチャピンに対して、この論争への見解をメールで取材。『ガチャピンからJ-CASTへ「回答」 「日記」1周年「応援のおかげ」』という記事にまとめられた。同記事には当時のガチャピン呼称問題をめぐる空気が以下のように描かれている。
07年5月中旬には、ネットのQ&Aサイト「YAHOO!知恵袋」に「ガチャピンさんを超える超スーパースターは存在するのでしょうか?」という質問が寄せられた。注意書きがついており「回答中にガチャピンさんの名前を記載するにあたっては、必ず『さん』付けでお願いします」「呼び捨てにするような無礼者をベストアンサーに選ぶことなど絶対にありえない」と条件をつけたのだ。6月に入ってネットの「アメーバニュース」や2ちゃんねるで話題になり、「ネットでは、『さん付け』しなければならない雰囲気になっている」「必要ない」などと意見が集まった。
ガチャピンはJ-CASTに対しては、「さん」がつけられていることにはびっくりしたと回答し、スタッフや子供達に会った時は「ガチャピン」と呼び捨てられることを明かしたうえで「たぶん、インターネットだけじゃないかな?みんな、『ガチャピン』って呼び捨てでいいよ」と自身の見解を表したのだ。
昔から2ちゃんねるで人気なのはムック
こうして数少ない「ネット有名人」たるガチャピンは当時少なかったネットオンリー系のメディアにとっては格好のネタ元となり、PVを稼がせてくれた。我々が出した中でこれまででもっとも読まれたガチャピン関連の記事は「ガチャピンとムックがケンカ」というネタである。これがなんとヤフーニュースのトップに行ったのである!
内容はといえば、とある日、フジテレビの屋上でガチャピンとムックが対峙している写真をガチャピンがブログで公開。まるで決闘のようだ、といった記述をガチャピンがしたことだけだ。まさかこれがヤフートップとは! と我々編集部の中では戦慄が走ったが、それほどガチャピンは「数字」を持っていたという証左だろう。
ライターのジミー・ボーダー氏は調子に乗り、「ガチャピンさんは本当に自分でブログを書いているのか?」という記事を書くべく、実際にガチャピンがパソコンのキーボードを叩いている様子を取材したりした。その時ジミー氏は「ガチャピンさんの太い指では打ちづらそうではあったが確かに打っていた!」という真実をスクープ。その後ジミー氏と私は「ガチャピンさんがブログを書きやすくする方法はないかな」ということを話し合った。
その結果、メーカーに「ガチャピン専用キーボード」を開発してもらうよう働きかけることにした。たまたま頭に浮かんだ企業である富士通に問い合わせたところ「開発は難しいですが、大きなキーボードはありますので、それをガチャピンさん用に塗装をし、『ガチャピン専用キーボード』にすることは可能です」と言われた。
その旨をフジテレビに伝えると「あっ、ウチはネットの仕事はしていませんので……」と謎の回答をされ、ガチャピンに専用キーボードを渡すことは叶わなかった。お前、ブログやってるだろうに!とはいっても ガチャピンブログが人気になればなるほどブログというものに注目が集まりブログを開始する人も増える。ツイッターでフォロワーを増やし続ければSNSというものへの関心が高まる。ガチャピンはまさに「(初心者向けの)インターネットの広告塔」としての役割を2006年から2010年あたりに果たしていた。
ここまでガチャピンを全面的にホメる流れで書いてきたが2ちゃんねる(現5ちゃんねる)における主役はムックである。ガチャピンに関するスレッドでは当然のことながら、関係のないスレッドでも突然語尾に「ですぞ」をつける書き込み者が頻繁に登場するのだ。これを皆で「ムック自演乙」や「ムックが現れた」などとツッコむのが定番の流れとなっている。
基本的に2ちゃんねるに登場するムックはガチャピンを罵倒し、ムックを持ち上げる。だが、語尾に「ですぞ」がついているため自作自演であることがバレる、という典型的な2ちゃんねるのお約束芸である。
ここに登場するムックはガチャピンのことを「緑の芋虫野郎」や「緑イボ野郎」などと罵詈雑言を浴びせ、いかにムックが素晴らしい人格者であるかをアピールする。「イボ」の意味はガチャピンの両腕についている「エネルギーボール」と呼ばれる丸いモノを意味する。
最近の5ちゃんねるでは「ガチャピン勤続45年目の非情リストラ ポンキッキーズ3月終了」というスレッドにやはりムックが何度も登場した。
「ガチャピンよりも先にクビにせなあかん奴、いっぱいおるような気がするんやけどな…」という書き込みに対し「ムックさんはみんなに愛されているから違いますぞ!」と書き込む者が出る。これに対しては「黙れ、赤モップ!!」と返答される。「赤モップ」がムックのことである。
さらには「緑獣のギャラが高すぎて制作費を圧迫したのが原因 裏ではスタッフを下僕のようにこきつかってたしギャラもリーズナブルで気遣いもできる相方は救済してあげるべきですぞ」とガチャピンを悪者にする書き込みも登場する。
他にも「今の子供は眠たい目の変なマスコットじゃ喜ばんよ 時代の流れですぞ」「やはりリーダーの色は赤だな! 緑は虫みたいで気持ち悪いですぞw 4月からは赤が主役ですぞ」「ちょっと人気があるからと言ってでかい顔してた緑野郎が無職になってうれしいですぞ!」なども書き込まれた。
他にも「『笑っていいとも!』出演でタモリを困惑させる騒動」やら「お天気番組で透明になる事件」なども起こしてきたガチャピンとムック。長きにわたりネットに話題を提供してきた2人の5歳児に心から「あっぱれ」だ。