Voicy緒方憲太郎社長インタビュー「音質に文句を言ってくるのはプロだけ」 - BLOGOS編集部
※この記事は2018年02月20日にBLOGOSで公開されたものです
渋谷駅前の、とあるビルの一室。注目の音声配信アプリ『Voicy』CEOの緒方憲太郎氏にお話を伺いにやってきました。オフィスには金のバルーンアートで「VOICY」と掲げられています。そんな和やかな室内の雰囲気とは真逆に、緊張の面持ちのBLOGOS田野編集長(以下タノヘン)。実は今回の直撃取材の前に、タノヘンは自らのブログでVoicyに噛み付いていたのです。
「まず音が悪い。このアプリを作ったやつラジオ舐めてるな」
ラジオディレクターの顔ももつ田野編集長。ラジオ局のADとして社会人のスタートを切ったのですが、ADって厳しいんですよ。人の名前を間違ったくらいで腹を切れくらいの勢いで怒られます。家に帰る時間もないほど働いて、ノイズを削り、音を美しく編集してリスナーに届ける。時に殺伐とした収録であっても編集マジックで楽しげなトーク番組に変えてしまう、そういう技術を20代の楽しい盛りと引き換えに身につけました。
そこまでの我慢が出来た者のみ、パッケージをオンエアすることができる。
それを信じて仕事をし、ラジオや音にまつわる業界の斜陽化に心を痛めてきたタノヘン、気づけば老害全開で「聞きやすい放送というものは~」とブログで説教を垂れていました。
そのアップから数日でVoicyのCEO緒方憲太郎氏とのアポイントがとれ、タノヘン一座は渋谷のVoicy本社へお招き頂いた次第です。
にこやかにスリッパを勧めてくださる緒方社長。一同、穏やかに着席して、対談がスタートしました。【取材・文 蓬莱藤乃】
音質に文句を言ってくるのは"プロ"だけ
緒方:今回、実は田野さんに会えるのも楽しみにしていました。「Voicyはラジオを舐めてる」って書かれていたので、これは面白いなと思っていたんです。僕自身、ベンチャー支援をしていたときに何百社も会社を見てきて、何かが盛り上がった時には、「そういうものはおかしい」というメディアが出てくることは必ずあるので、それは全然構わないと思っています。
田野:Voicyで一番気になったのは音質です。収録時にスマホのマイクから口元が遠いからノイズ多いし声小さいし、圧縮率も高くて音が悪い。聞いていて「しんどいな」と正直思いました。
喋り手に対してはすごく親切な設計になっていて、スマホ一台でマイクもいらず、収録した音声にBGMを後から自動で乗せて、ラジオごっこが誰でも簡単にできるというアイディアはすごいと思います。
緒方:音質の話でいうと僕らはやりたいことの5%もまだできていないんです。Voicyはまだβ版なので、それでもプロの方に刺さるんだって逆にびっくりしています。たった4人の会社で、できる範囲のことをやって、一番ニーズがあるところで回している、という事業です。
今は「誰と誰の番組はいいクオリティだ」という評価で構わないと考えています。例えるならば僕たちはテレビであって、音のクオリティは各放送局ごと、パーソナリティが自由にやればいいと思うんです。
田野:家電の「テレビ」自体ってことですね、「テレビ局」ではなく。
緒方:僕らはテレビ網、つまりVoicy網をやっているんです。あと、田野さんと実感値が大きく違うところがあります。このサービスをリリースしてから叩かれまくってきましたけど、これはいけたなと思ったのは逆に「音質」だったんです。
田野:スマホ1台でここまでいけるか、みたいなことでしょうか?
緒方:そうです。プロ以外で音質に文句を言ってきた人は、まだひとりもいないんです。
田野:アハハハハハハ。
緒方:Twitterを見ていると、「音質が良くていいね」っていう人の方が多いくらいなんです。
田野:えー!?(驚)
緒方:動画アプリとかで、みんなすごくうるさいところで撮ったものを見ているので、そういう人たちには「Voicyはちゃんと聞こえる、すげー」ってリアクションになるんです。
僕らはラジオの人たちがやってきた仕事とは別のものをゼロから作っているわけで。だから音のプロたちがVoicyを「違う!」と怒っても、そもそも別なんだから「知らんがなー」と。
実際にVoicyのお客さんにヒアリングしてみると、ほとんどの人から聞きやすいねと言われます。プロと一般の人たちとの間にはものすごい乖離があったわけです。ということは音声産業は1回リセットだなと、産業の発展に音のプロたちが足枷になっているなと気づいてしまいました。
田野:ハハハハハ。
緒方:僕はラジオも好きなんですよ。父がアナウンサーで、MBSヤングタウンの初代パーソナリティをやっていました。YouTuberみたいに、Voicyからテレビやラジオに出演したりする人が出てくるのをすごく楽しみにしているんです。
またラジオ局とも積極的に連携したいと思っていて、文化放送さんにも参入していただいています。
音質に関しては、ユーザーの耳も肥えてきて、Voicyのパーソナリティの中から、何人かが自分で音質を向上させてくる時がいずれ来ると思うんです。みんなの中で音質というものが評価の対象になってきた時に、システムをアップデートしていけばいいのかなと、今は考えています。
「古い人ほど偉い文化」の世界は滅びる
田野:緒方さんが「音声コンテンツ」に未来を見ているところに強い興味を持ちました。ここ10年、ラジオの人と話していても明るい話を聞いたことがなかったので。緒方:僕もラジオの人から明るい未来の話は聞いたことないです。
僕はビジネスモデルデザイナーとしていろんな事業を作っていくことを仕事としてきました。その中で見ている限り、衰退する産業にはルールが何個かあるんです。
その中の一つがクラシックミュージックやラジオ、歌舞伎などで言えることで、「古い人ほど偉い」という文化になっていること。その人たちに気に入られるために作られて、評価者が上の人になっていることが、一番問題になっているのではないかと考えています。ライトなユーザーからの声を反映できない場所や若手にチャンスがない産業は時代の変化への対応力が低いです。
ラジオってもったいないと思うんです。これだけ斜陽だと言われながらも聞く人はまだまだいて、広告費が1200億円もあって、もう少しできることがあるのではないかと。
ラジオ業界はファンビジネスの流れが分析できていない
ラジオが圧倒的に遅れているのは、ファンビジネスの流れの分析ができていないことだと思います。ファンビジネスには3階層あって、1層目はおもしろい、または便利だから聞こうと思うステージ、2層目が毎回聞こうと習慣化するステージ、3層目がファン化するステージ。
朝の帯番組をずっとやっていたら、リスナーがパーソナリティのことを好きになってお中元やお歳暮が送られてきたりする、というのは習慣化からファンのところまでジワジワしみ込んでいった人たちですよね。
でも今のコンテンツのほとんどが、「面白い」「便利」というところだけで作り込もうとされています。それをまた聴きたい、もっと聴きたいから、それのある生活ってイケてる~っていうところまで持っていかなきゃいけないのに、そこまで出来ていないんじゃないだろうかと。
ラジオには20年以上続く番組があったり、ラジオ通販は現物を見ていないのに売れたり、返品率が低かったりしている中で、確実に刺さる要素はどこかにあるはずです。
「声のブログ」は人となりを表現できる
田野:緒方さんが音声、特に「声」に注目したのはなぜでしょう?緒方:音声には画像を超える可能性があるのではないかと感じています。声の素晴らしさには要素が4つあると思うんです。
1つ目はコミュニケーション、2つ目に情報伝達、3つ目が表現、そして4つ目が本人性、その人が出しているからこそという点。そのうちコミュニケーションと情報伝達、正確に伝えたいことは機械ができて無料になります。
でも表現やその人だからこそという要素に関しては、人の生あたたかい声の方が、他者の心にも届いて、より価値があるのではないかと。
僕らVoicyは「人」を届けているメディアなんです。その人の頭の中だったり、その人自体だったり、その人の生活だったり。それを届けるために声を使っている。生々しくその人の体から出てきたものに情報を載せる「声のブログ」として、文字情報よりも濃く、その人となりを表現できるんです。
Voicyは会社全体の事業の2割
田野:Voicyのマネタイズプランはどうなっているのでしょうか。緒方:僕らが作っているVoicyという音声メディアの世界は、会社全体の事業の2割。メインの事業はもっと大きくて、五感のひとつ、耳に関わることは全部取っていくという方針です。
せっかく全力で起業したので、世界を代表するプラットフォームを日本発で作りたいと考えています。
ちょうど2年前に起業するタイミングで、生活の様々なものの中に全部インターネットが組み込まれるIoTの時代が来ることがわかっていました。
全てにネットがつながると、それらはメディア化するんです。そこにスピーカーひとつ積めば、扉や机、あらゆるものから音声情報が出てくる。
これからの世界は音声が中心となるはずです。そのメディアプラットフォームを全部手掛けようというのが僕らの事業。
つまり、僕らはすべてのものに対して声という水を通す土管屋さんなんです。
なので、Voicyのサーバーに音をあげたら、パソコンでもスマホでもスマートスピーカーでもIoTでも音響施設でも、どこからでも好きな時に取り出せて、何時にどこで誰が何を聞いているのか全部分かる。
とすると、この人の朝のコンテンツはこれ、車に乗ったらこれ、電車に乗るとこれ、ご飯を食べている時にはこれ、という風に、生活の中にずっとメディアが流れている世界を、ストレスがない環境まで作り込んでしまおうと考えています。
メディアは可処分時間の取り合いをしています。それは能動的な可処分時間。目で見る、何かをする能動的な時間のことです。
その一方で受動的な可処分時間もあります。何かをしながら、何も意識しない時に得られる時間。そういう時間に合わせてその人にぴったりのものを提供するということが可能ではないかと。
音声の世界がもう一度盛り上がるためには、発信の自由化・民衆化、そして受信する場所の多様化、最後はその人にぴったりなパーソナライズレコメンデーション。この3つが充実できた時に音声マーケットは全部ひっくり返りますね。
企業の音声コンテンツをAIスピーカーへ
田野:音声メディアはAIスピーカーの登場で再び注目されていますが、Voicyさんもいろいろとやられているんですよね。緒方:Googleのスマートスピーカーに野村證券さんのコンテンツを出しています。音声化から放送するまで、企業の音声参入というところでお金を頂いて。
生活の中に自分たちの音声コンテンツを流すということに価値を感じていただける方の導入をサポートする、というのがまずはひとつです。これからの音声産業は間違いなくブルーオーシャンです。
野村證券さんの公式チャンネルも、今のVoicyの音声クオリティで対応できているんです。だから音声屋さんたちがいうところのクオリティじゃないところにベンチマークを作れるかは逆に勝負でした。
ここで音声屋の人たちがOKというレベルをクライアントからも求められていたら、僕らはこの事業を続けることができませんでしたね。
田野:野村証券さんの番組は音が綺麗ですよね。
緒方:あれもスマホで録っているんですよ。やろうと思ったらできるんです。AIスピーカーの音声広告も将来的にやっていきたいなと考えています。
インターネット広告が1兆円から2兆円に到達しようとしているタイミングですが、僕たちなら音声広告のパーソナライズ化も可能です。今後は音声広告がポイントとなることも増えていって、ネット広告費の10~20%くらいが音声広告になりうるんじゃないかなと期待しています。
その時にどういう音声広告がぴったりなのかという情報を持っている人はまだいないんです。だから僕たちは、今マネタイズしなくてもいいから、誰にどういうものが求められるのかというビッグデータを分析したいので、バラエティに富んだコンテンツが欲しいし、Voicyにはいろんな人に参加してもらいたい。
日本全国津々浦々、誰が喋ってもいい
田野:どんな人にVoicyで喋ってもらいたいですか。緒方:プロアマ問いません。音声メディアの世界にはボトルネックが3つあると思っています。
まず1つは発信が難しかったこと。日本にいる1億2~3千万人、寿司屋の大将や漁師のお父さん、誰が喋っていてもいいじゃないですか。それをVoicyではスマートフォン1台で可能にした。
2つ目は発信するコンテンツはスタジオから、しかるべき技術者によって作られたものしかダメだっていう文化が作り上げられてきたこと。これを変えなきゃいけないと思っていたんです。だから田野さんの「ラジオ舐めてる」発言なんて超嬉しくって。
田野:なるほど(苦笑)。
緒方:音質とか関係なく面白いものなら聞きたい、そういう世界を作り込む。内容にこだわらずに内容の装飾にこだわる人が意識を変えないと音の世界は残っていけないだろうなと。
プロのカメラマンが撮った写真より、カメラアプリで加工した写真が多くの人に見られる時代じゃないですか。同じように音声アプリで発信することが大衆化していけばいいなと思っています。
ボトルネックの3つ目はパッケージにする難しさ。
たとえ話になりますが、なぜ歌が流行ったかというと、カラオケがあったことも一つの要因だと思うんです。自分で歌ってみるとプロの上手さに気づいて本物を聞きたくなる。
音声もみんなが発信するようになると、話すことはこんなに難しいものなんだ、こんなに「間」って大事なんだ、様々なことに気づくと思うんです。
Voicyは発信者がとっつきやすいアプリにしてあるので、自分を発信する入り口として「まぁやってみよか」という感じで始められるのが一番いいんだろうなと。誰でも簡単に発信できます。
世の中に新しいワクワクするものを作りたいんですよね。それだけなんです。面白い話をする人が大好きなんですよ。最近は「可愛い」が全てみたいな世界になっているでしょ?「話が面白い」もめちゃくちゃ魅力的なはずなんです。
今は面白い話をすぐ聞きたいときは『アメトーーク』や『すべらない話』を探すくらいしかないんですよ。僕らはここに来ると面白い話が山ほどあるって場所を作りたいんです。
ユーザーからのツイートに感動
そうだ、最近こんな素敵なツイートをもらったんですよ。なんだろこの新しいと言われてるけど新しいとは少し違うと感じるもやもや感。声はいわゆるオタクの世界の話だったがvoicyさんがお洒落にパッケージすることで、表立って声好きを公言できる場を作った。それが著名人パワーによりさらに加速している、そんなイメージでしょうか。すごいなぁ。 #voicy
- あっきー (@akki_web) 2018年2月7日
田野:声優ファンのことですかね?
緒方:かもしれません。そういう風に感じてもらえるのも嬉しいし、あと、もう1個、これも感動しました。
ブログやTwitterを追う通勤からVoicy通勤に変えたら車窓を見るようになった。富士山初めて見えた。
- かつどん (@oomori_1chooooo) 2018年2月4日
田野:確かに通勤中は画面見てますからね。
緒方:Voicyはラジオの人たちにも一緒にやりたいなと思ってもらいたいな。僕らはやりたいことの5%しかできてないのにすぐ粗探しするから~。
田野:音質なんて、音声編集ソフトのプラグインであっという間に直せるんですよ。その一手間をかけないことにイライラしてしまう(笑)。
緒方:今はYouTuberが活躍していて、演者側がディレクターを雇うというモデルに変わってきていています。どんどん演者が自分で考えて主導権を握ってきています。編集者は自分がパフォームして人から評価を受けていないわりに、ディレクションをするという旧来の形は今後変わってくると思うんです。そういう人の仕事がなくなるから反対し続けるんだろうなー。
田野:うわ(苦笑)
緒方:田野さんみたいな人がいるから、いけないんですよ(笑)。
そんなタノヘンのモットーは『迷ったら面白い方を選ぶ』
緒方CEOの座右の銘は『人生、迷ったら面白い方を行く』
あらそっくり。
面白いものが好きという同じ方向を向いている同士、いつか手に手をとって同じ道を歩く日がくるかもしれません。
プロフィール
緒方憲太郎大阪大学基礎工学部卒業。公認会計士。2006年に新日本監査法人に入社し、その後Ernst & Young NewYork、トーマツベンチャーサポートを経てVoicy代表取締役CEO。
・Voicy
・Twitter(@ogatakentaro)
田野幸伸
BLOGOS編集長。1977年東京生まれ。明治大学政治経済学部経済学科卒業。ラジオディレクター・ニコニコ動画運営などを経て2010年に株式会社livedoor入社。2016年10月より現職。
・田野幸伸の記事一覧
・Twitter(@tanocchi)