イベントにかかわるすべての皆様に「あっぱれ」~中川淳一郎の今月のあっぱれ~ - 中川 淳一郎
※この記事は2018年01月17日にBLOGOSで公開されたものです
2017年12月12日、東京・阿佐ヶ谷のライブハウス「阿佐ヶ谷ロフトA」で「2017年ネットニュースMVP」を山本一郎氏と一緒に行った。前身の「津田大介と中川淳一郎のオフ会」から数え、20~25回阿佐ヶ谷ロフトには登壇したが、今回が最後となった。阿佐ヶ谷ロフトでは他のイベントにも数多く出させてもらったが、今回は「人前でしゃべる機会」の重要性について書いてみるとともに、こうした場を支える人々、そしてお客さんへの感謝をしてみたい。
集客つきのイベント登壇は「引退」
阿佐ヶ谷ロフトに初めて行ったのは2009年の5月ことだった。韓国からやってきた市民メディアのオーマイニュースが閉鎖したことに伴い、関係者による「オーマイニュース反省会」みたいなイベントがあったので見に行ってきたのだ。
その1年後の2010年、津田氏と一緒にネットについて語り合うような形式で「ネットニュースMVP」の基礎となるようなイベントを開始した。そして12月12日の回をもって、私は人前でしゃべる仕事を自発的にすることは辞めることにした。もちろん誰かが「一人足りないんで出てくれないかなぁ」などと言ってきたら出るが、自分が主導でイベントをすることはもうない。
理由は、「人前でしゃべる機会」というものが、仕事人としては経験しておくべき貴重なものであり、これまでに散々その経験をさせてもらった44歳のオッサンとしては、その枠を若者に譲った方がいいと考えるからである。あとは、正直「告知」がキツい。毎回企画を作ってから、告知をし、当日会場にお客さんが本当に来るのだろうか……という不安が常につきまとう。ここから解放されたい、というのも理由の一つ。
そういった理由もあるため、すでに集客が決まっている案件、かつクローズドな場で話すことはまだ辞める気はない。これからも、自分の専門領域である「編集」「ウェブ」「フリーランスの稼ぎ方」「PR」といったエリアでの講演は継続する。
イベントを経験することで得られる能力
さて、人前で話すことは何がそんなにいいのか。その前に私が初めて人前でしゃべった時のことを紹介する。2008年5月に行われた「日本のニュースサイトはなぜつまらないのか?」というイベントである。登壇者はマイネット・ジャパン(現マイネット)社長の上原仁氏、ライブドア執行役員(当時)の田端信太郎氏、そして私である。この時は上原氏の会社が主催するイベントであったため、上原氏にとってはホーム。田端氏も業界ではそれなりに知られた存在だったため、リラックスしていた。大勢の来客があったが、ほとんどの人は私については「誰?」という状態だったことだろう。
・【トレビアン】日本のニュースサイトはなぜつまらないのか? 『痛いニュース』は素晴らしい!!
そんなアウェイ状態ではあり、緊張はしたのだが、上記リンクにあるように、会自体は盛り上がったし、その後行われた居酒屋「天狗」での大宴会も楽しかった。まだネットメディアの黎明期で数少ない人々が傷をなめ合ったり情報交換をするような牧歌的な時代だったからこそ、かなとも考える。この時、「人前でしゃべる」ことには以下の要素が求められると分かった。
・聞かれた質問に対してグダグダと前置きをせず、端的に答えを言い、「演説」をするのではなく「対話」をすることこそ重要
・場の盛り上がりや空気を読み、適切な話題を話す「ネタの選別力」
・退屈していそうな人をいかに楽しんでもらうか、のターゲット設定と必殺のネタの繰り出し時の見極め
・他の参加者でしゃべり過ぎる人、あまりにしゃべらない人がいる場合の話の振り方や止め時の判断
・寸止めの暴露話と、引かない程度のえげつない話を混ぜながら話すこと
・とにかく笑いが多い方が会全体の満足度が上がる。明るく、楽しいことを話すことを心掛ける
こういったことを考えるようになったが、当然事前の企画も重要である。前出・上原氏の企画では「日本のニュースサイトはなぜつまらないのか?」がテーマだったが、当時は新聞系のサイトが圧倒的に強く、ウェブだけで展開するサイトの質は正直カオス状態だったと思う。私もやっていたのだが、ニュースというよりは「歌舞伎町・お台場・表参道にゴキブリホイホイを仕掛けてみた」や「初詣でどれだけ落し物があるかを明治神宮で集めてみた(後で社務所に届けます)」「すべてのものはカレー味にするとウマくなる」みたいなライターが酔っ払ってノリで「イェーイ」とアホなネタをやるようなものばかりだったのだ。
そういった状況下、ネットメディア関係者は「新聞と渡り合うために我々はどうすればいいのか……」という漠然とした不安を抱いていた。さらにマイネット・ジャパンの取引先等の固定客もいるだけに、来場客の関心にはドンピシャでハマったのだろう。この時、「しゃべりの技術、内容云々以前にテーマ設定と想定来客のプロファイリングが大事」ということも理解した。
9年間支えてくれた観客、共演者、関係者に感謝
その後、津田氏から「一緒に阿佐ヶ谷でなんかやろうよ」と誘ってもらえ、いつしか私は阿佐ヶ谷ロフトの準レギュラーみたいな立ち位置で色々なイベントをやらせてもらった。東日本大震災直後の節電状況の中、電車が動かないかもしれない、という日に行ったイベントは極端に来客が少なく、しかも暗い中でやったこともあった。だが、概ね津田氏や山本氏、小田嶋隆氏、竹田圭吾氏といった集客力のある人々と一緒にやったため、お客さんは大勢来てくれた。
企画について、「これは意外とハマったな」と感じたのが「35歳からのフリーランスの生きる道」(本屋B&B)と「意識の低いクリエイティブ零細企業を運営する方法」(KADOKAWA)、「おっさんライターの逆襲」(阿佐ヶ谷ロフトA)というイベントである。これは満席となった。やはり自分の人生を上向かせるかもしれないヒントとなるような話は聞きたいと思ってくれる人は多いのである。
かくして阿佐ヶ谷ロフト以外でもロフトプラスワン、本屋B&B、東京カルチャーカルチャー、スタンダードブックストア心斎橋など様々な場所で登壇させてもらったが、やはり一義的には足を運んでくれたお客様に感謝をしたい。実際、イベントというものは客席がスカスカだったら登壇者も心が折れて面白い話はできなくなる。そして、客席の笑い、ないしは熱心に見ている空気などがイベント全体の成否を左右するのだ。そういった意味ではお客様も登壇者の一人といって差し支えないのである。そんな人々に恵まれたこの9年間だった。あとは共演してくれた皆様方への感謝もひとしおである。
そして、会場のスタッフだ。この人たちがいなくては告知もできないし、チケットの事前購入もできない。飲食の提供や掃除された快適な空間もスタッフが全部作り上げてくれている。山本氏も、一緒にイベントをやることの多かった編集者・記者の漆原直行氏もそうなのだが、阿佐ヶ谷ロフトのスタッフにはイベント終了後、必ず全員にお礼をするようにしていた。時に彼らは「注文何度も取ろうとするのがうざい!」などとネットに書き込まれてしまうが、売り上げ確保に必死なのは立派な態度だと私は思う。
さて、阿佐ヶ谷ロフトの前川誠店長に「イベントと俺」といった話を聞いた。
――阿佐ヶ谷ロフトで働いて良かったことは何ですか?
前川:いろいろな世界を日替わりで覗き込め、何かひとつの分野を極めた方のお話を無尽蔵に聞けること。ときに人の業まで可視化されたりするので、毎日幸せです。
――なるほど、阿佐ヶ谷ロフトでは、お笑い芸人も出ればアイドルも出れば、サブカルの人も出るし、日々面白い人が出ますよね。一度、杉並区の保健所が立ち入る騒動なんかもありましたもんね、あれはニュースにもなって凄まじかったですよね。そういうのも見られるってのはいい人生ですよね。
前川:あっ、それは言わないで!!!!!
――逆に、阿佐ヶ谷ロフトで働いて良くなかったことは何ですか?
前川:倫理観が麻痺しました。たまに妻と会話をしていて、何気ない一言にドン引きされることがあります。
――ガハハハハ、そりゃ、保健所が来るようなイベントをやってりゃ、一般の人はドン引きしますよね。さて、イベントとしての「ネットニュースMVP」については前川さん含め、どうとらえてくださっていたんですか?
前川:とにかく大好きですし、単純にファンでした。中川さんが紹介して山本さんが切り込んでいくインターネットは、僕の知っているそれより遥かに広大で混乱していて、掛け値無しに面白かったです。欲を言えばこのままずっと続けて頂きたかったのですが、「(阿佐ヶ谷ロフトという空間を)これから栄えある人生ある若者に譲りたい」という中川さんのメッセージは納得いくものでしたし、「いつまでも俺たちに甘えるなよ!」という叱咤激励だとも受け取りましたので、ここからまた次の新しい風を吹かせるべく奮闘したいと思います。でも、また気が向いたらで良いので、お気軽に遊びにいらしてください! ハーフアンドハーフご用意してお待ちしてます!
というわけで、「イベント」とか「講演」「プレゼン」など人前でしゃべることってのは、仕事人としての実力を少し高めてくれると私は感じました。何よりも「何が人々の琴線に触れるか」「何がウケ、何が滑るか」を学べますし、単純に話術が上達するとともに度胸がつくんですよね。
だから、私としては世の中の仕事人がサラリーマンであろうとも人前でガンガンしゃべっては対価をもらうようなことをすればいいな、と思います。イベントにかかわる皆様に僭越ながら「あっぱれ」を入れさせていただくとともに、長年お世話になった阿佐ヶ谷ロフトの皆様、前川店長、そして前店長の奥野テツオさんにも感謝いたします。
そして「ネットニュースMVP」の後継的なイベントについては20代の女性2人に「あとはよろしく」と引き継いでおります。近々告知もあると思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。